ハワイ覆滅
第36話 次なる目標
マーシャル沖海戦が終わり、大本営から戦果が発表された。
戦艦一二隻に空母二隻、それに巡洋艦一四隻に駆逐艦四四隻を撃沈、さらに空母三隻を鹵獲。
日本海海戦を遥かに上回る未曾有の大戦果だった。
だが、その割には日本国民は意外な冷静さをもってそれを受け止めていた。
その大きな理由の一つとして、戦果発表とともに戦死した搭乗員らの人となりが大きく新聞で取り上げられたからだ。
提供したのは人事を司る海軍省、その黒幕は海軍大臣の山本大将だった。
山本大臣としては太平洋艦隊を撃滅したことによって国民の士気が上がることについては問題としていなかったものの、それが行き過ぎて米国を侮る風潮が生まれることを懸念していた。
実際、前世では初戦からあまりにも事がうまく運びすぎたことで油断が生じ、それがミッドウェー海戦惨敗の遠因にもなった。
それに、勝利を誇張したことで停戦講和のためのハードルが上がることも避けておきたい。
勝っているのになぜ賠償金を取ることが出来ないのかと言い出す輩は必ず出てくるが、その数は少ないにこしたことはないのだ。
だから、戦死した将兵には悪いが、その人となりをマスコミに提供させてもらった。
捨て犬を拾いそれを育てた心優しい搭乗員、貧しい家庭を助けるために海軍を志した若者、あるいは美しい婚約者を残しついに帰らなかった青年。
山本大臣はこれら悲劇や美談になるネタをマスコミに提供し、大戦果とともにその陰にはこれら将兵の献身と尊い犠牲があったことを必ず書き添えてほしいと要望した。
もちろん、マスコミもそこらへんは心得たもので、戦果とともに戦死した将兵のことについても大きく紙面を割いた。
なにせ、日本人は他人の苦労や犠牲をネタに感動を消費するのが大好きな国民だ。
山本大臣の意図はあたり、大戦果を喜ぶよりも国を守るために散った若き搭乗員らの死を悼む空気が民衆の間では支配的となりつつあった。
その最中、山本大臣は凱旋した古賀連合艦隊司令長官の戦勝祝賀会と称して宇垣次長とともに一席を設けた。
昭和一七年一月
海軍御用達某料亭
「戦艦一二隻に空母二隻、それに巡洋艦一四隻に駆逐艦四四隻を撃沈、さらに空母三隻を鹵獲か。
さすがは古賀さんだ。完璧な仕事をやってくれた。おかげで我々も仕事がしやすくなる」
昭和一六年一二月二三日に生起したマーシャル沖海戦で第一機動艦隊が挙げた戦果に山本大臣が相好を崩す。
「山本さんの戦力整備に宇垣君の戦術指南、それに現場の将兵の努力と献身があったればこそです。私はただ現場で突っ立っていたにすぎません」
古賀長官はそう言って謙遜するが、実際のところは気苦労の連続であった。
まあ、だからこその地位と権限、それに庶民からみれば破格の俸給をもらっているのだが。
「そんなことはありません。
古賀さんの采配は完璧でまったく文句のつけようがなかったと二航艦の小沢長官もおっしゃっていました。洋上航空戦の第一人者がそう言っているくらいですから、古賀さんの貢献は極めて大きかったと私は思っています」
「宇垣君にそう言ってもらえると、私としても少しばかり自信がつくというものだ」
珍しく褒め言葉を発する宇垣軍令部次長に古賀長官は微苦笑する。
戦果については山本大臣が語ったことは少しばかり正確ではない。
巡洋艦については撃沈は一四隻ではなく二隻にとどまり、残りの一二隻は実際には鹵獲したものだ。
一二隻の米巡洋艦は海戦終了当時、いずれも複数の奮龍を被弾しており航行不能でこそ無かったものの、大きくその戦闘力を減殺していたことから空母とともに降伏した。
その一二隻の巡洋艦については、宇垣次長の進言もあり、本土に回航したうえで解体し、金属資源として再利用する。
宇垣次長によれば、前世の日本では戦争後半、鉄をはじめとした金属資源不足を補うために各家庭で古くなった鍋や、場合によっては寺から鐘さえ供出させていたのだという。
そのうえ、戦争末期には木造の輸送船まで建造されていたらしい。
文字通り、末期症状もいいところだ。
鹵獲した一二隻の巡洋艦からどれほどの金属資源が取れるのかは分からないが、それでも鍋や鐘よりはよっぽど足しにはなるはずだ。
さらに、米巡洋艦は暗号に関わる機材や重要文書こそ処分されていたものの、通信機器や応急指揮装置、それに医療機器や調理機材、什器といったものはそのほとんどが無傷で残っており、特に応急指揮装置は帝国海軍のそれよりも遥かに進んでいることからすでに調査が開始されている。
だが、なにより大きな戦果は米海軍に与えた人的ダメージだった。
マーシャル沖海戦では参加した米海軍将兵のうち、三万人近くが戦死、二万人あまりを捕虜とした。
一方で日本側は数十人の搭乗員を失っただけだから、単純な数の比較であれば損害比は一〇〇〇対一となる。
五万人という人的損耗は米海軍にとっては決定的ダメージとなったはずだった。
過酷な洋上勤務に耐え、そのうえ複雑な戦闘機械を扱える貴重な人材を一挙に失ったのだ。
ただ命令通りに動けばいい末端の兵士ですら、入隊から半年や一年そこらで実戦投入出来るまでに育て上げることなどいくら教育訓練制度が洗練された米海軍であったとしても無理があるだろう。
経験を積んだ将兵が乗り組んだはずの新造艦の完熟訓練ですら月単位の時日を要するのが現実なのだ。
まして、部下を管理教育して組織を回す立場の士官や下士官であれば、その養成は気の遠くなるような年月を必要とするのは自明の理だ。
兵器と違って将校は工場で量産できないのだから。
「マーシャル沖海戦の大敗、その中でも人的損害については米海軍とともにルーズベルト自身にもまた多大な悪影響を与えているはずです。
なので、我々はそこを突きます。
古賀さんと第一機動艦隊の将兵にはご苦労ですが、遅くなった正月休みが終われば再度遠征の途についてもらいます」
古賀長官に対して山本大臣は申し訳無さそうに頭を下げるが、その目にはいささか意地の悪い光が宿っている。
それは、古賀長官に向けられたものではなく、日本を戦争の惨禍に引きずり込んだルーズベルト大統領に向けられたものだった。
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