第30話 奮龍
第一航空艦隊第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「神鶴」からそれぞれ三六機、第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ二四機。
第二航空艦隊第一航空戦隊の「赤城」と「加賀」からそれぞれ三六機、第三航空戦隊の「隼鷹」と「飛鷹」からそれぞれ二四機の合わせて二七六機の一式艦攻が二群に分かれて進撃を続けている。
その周囲には九隻の空母からそれぞれ一個中隊、一〇八機の零戦が護衛として敵戦闘機に目を光らせている。
だが、零戦と一式艦攻合わせて三八四機からなる第二次攻撃隊は途中、まったくと言っていいほどに敵戦闘機の迎撃を受けることもなく太平洋艦隊上空へと到達した。
第一次攻撃隊が敵の迎撃機のそのほとんどをすでに撃破していたからだ。
複数の一式艦偵による敵情報告で、太平洋艦隊の編成はかなり細かいところまで分かっていた。
それぞれ六隻の戦艦を基幹とする艦隊が二個、その後方に二乃至三隻の空母を中心とする艦隊が同じく二個。
戦艦一二隻に空母五隻からなる大艦隊だ。
相手にとって不足は無い。
その大戦力を誇る太平洋艦隊への攻撃に対し、「赤城」から発進した第二次攻撃隊指揮官の淵田中佐は出撃前に意外な目標を指示されていた。
「まずは戦艦部隊を叩いてほしい」
第二航空艦隊を指揮する小沢司令長官直々にそう言われた時、淵田中佐は思わず聞き返していた。
「空母ではなく戦艦、ですか?」
海戦のセオリーで言えば、真っ先に叩くべきは空母のはずだ。
戦艦はせいぜい四〇〇〇〇メートル以内に近づかなければ攻撃される心配はないが、空母は洋上遥か彼方の敵に対して艦上機による空襲を仕掛けることができる。
発達した航空機に搭載される爆弾や魚雷は、装甲の厚い戦艦でさえ容易に葬るし、実際に帝国海軍はマレー沖で英国の新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を撃沈することでそれを証明した。
淵田中佐がこのことを指摘すると、小沢長官自身もまた決して納得しているわけではなく、実際のところは第一航空艦隊で指揮を執る古賀連合艦隊司令長官からの厳命なのだそうだ。
命令にいささかの疑問があるとはいえ、相手は連合艦隊司令長官であり大将だ。
一介の佐官に過ぎない淵田中佐が雲の上の大将の言葉に逆らえるはずもない。
なにより淵田中佐は軍人だ。
命令に不満があったとしても、そこは最善を尽くさなければならない。
だから、淵田中佐はそのことはいったん忘れ、目の前のことに意識を戻す。
目標指示は進撃途中で済ませていた。
淵田中佐が直率する第二航空艦隊の攻撃隊は右翼を、嶋崎少佐が指揮する第一航空艦隊のほうは左翼の戦艦群を攻撃する。
各空母から発進した一式艦攻のうち、一個中隊は奮龍を、残りの機体は魚雷を装備している。
「赤城」艦攻隊の場合だと、淵田中佐の第一中隊が奮龍を、第二中隊と第三中隊が弾頭を強化した九一式航空魚雷を搭載していた。
つまり、第二航空艦隊の場合だと四八機が奮龍で残り七二機が航空魚雷を装備していることになる。
「目標を再度指示する。
奮龍装備の機体については『隼鷹』隊は左翼の駆逐艦、『飛鷹』隊は右翼の駆逐艦を狙え。『加賀』隊は小隊ごとに敵戦艦一、二、三番艦、『赤城』隊は敵戦艦四、五、六番艦を狙う。
雷撃隊は奮龍隊の攻撃終了後に突撃を開始せよ。各中隊の目標については村田少佐の指示に従え」
雷撃隊のほうはその指揮を村田少佐に丸投げしつつ、淵田中佐は指示を続ける。
「攻撃は『隼鷹』、『飛鷹』、それに『加賀』、『赤城』の順とする。落ち着いて訓練通りにやれ」
実を言えば奮龍のような兵器は一斉発射による飽和攻撃が理想だ。
対空砲火が分散されるし、敵に与えるリアクションタイムも最小限で済む。
だが、奮龍は無線誘導ゆえに周波数チャンネルの制約を受けた。
同時だと一八チャンネルが限界だ。
逆に言えば一八発まで同時発射が可能なのだが、冗長性を持たせるために一度に攻撃するのは一個中隊一二機までの運用とされている。
「隼鷹」隊が真っ先に六隻の駆逐艦に対して奮龍を放つ。
一式艦攻の腹の下から一二条の煙が噴き伸びていく。
それぞれ二機一組で一隻の駆逐艦を狙う形だ。
発射されたうち、噴進機構かあるいは無線の送受信装置に問題が生じたのか、途中で二本が脱落する。
だが、残り一〇発はそのまま駆逐艦に向かっていき、そのうち八本が命中する。
急降下爆撃や雷撃ではなかなか望み得ない高い命中率だ。
一方、被弾した側の駆逐艦としてはたまったものでは無かった。
奮龍は貫徹力は低いが、逆に炸薬量は多く、しかも全体の重量は一トン近くになる。
装甲が無きに等しい駆逐艦が一トンもの爆裂する塊を食らえば、当たりどころによっては一撃で行動不能となる。
「隼鷹」隊に狙われた六隻の駆逐艦で無傷だったものは一隻もなく、そのうち二発を食らった二隻の駆逐艦は艦全体から黒煙を吹き出し、その姿が半ば見えなくなってしまっていた。
「隼鷹」隊が攻撃を終了した頃には今度は「飛鷹」隊も同じように攻撃を開始しており、こちらもまた六隻の駆逐艦に対して八発の命中を得、これらの無力化に成功していた。
その頃には一式艦攻の数が少なくて攻撃の手が回らなかった二隻の巡洋艦に対し、敵機の出現が無かったことで手持ち無沙汰だった零戦隊の一部が機銃掃射を仕掛ける。
零戦隊は二隻の巡洋艦に二〇ミリ弾や一二・七ミリ弾をしたたかに撃ち込み、そのほとんどの対空火器を潰すことに成功していた。
艦隊の外郭を守る巡洋艦と駆逐艦が無力化されると同時に今度は「加賀」隊が敵戦艦一、二、三番艦に向けて奮龍をそれぞれ小隊ごとに放つ。
戦艦一隻あたり四条の煙が噴き伸びていき、敵戦艦一、二、三番艦の左舷に相次いで命中する。
途中、奮龍自身のトラブルや敵の対空砲火で撃ち墜とされるものもあったが、それでも少ない艦で二本、なかには全弾命中した艦もあった。
「加賀」隊の攻撃が終わる頃には淵田中佐が直率する「赤城」隊もまた敵戦艦四、五、六番艦に向けて突撃を開始、奮龍を発射している。
一式艦攻に向かってくる対空砲火は思いのほか少ない。
敵の対空火器の多くは真っ先に自分たちに向かってくる奮龍に対して銃口を向けているためだ。
奮龍の母機である一式艦攻を仕留めれば奮龍もまた無力化されるのだが、咄嗟のことでそこまで気が回らないのだろう。
このことで「赤城」隊の一式艦攻の後席で奮龍を操る搭乗員らは初陣にもかかわらず落ち着いて敵戦艦にそれをぶつけることが出来た。
淵田中佐がみたところ、敵戦艦四、五、六番艦に放った一二本の奮龍のうち八乃至九本が命中したようだ。
あれだけ激しく撃ちかけてきた敵戦艦の対空砲火も、左舷側に関して言えばほとんど沈黙している。
大量の炸薬による爆風、それに鋭い鉄片ややっかい極まりない残燃料が飛び散ったであろう左舷の甲板は煙に包まれている。
その中で、対空火器にとりついていた生身の将兵らがどうなったのかは淵田中佐は正直考えたくない。
米軍将兵に対して若干の憐憫の情を覚える一方で淵田中佐は海面上を這うように進む複数の機体を見つける。
敵戦艦にとどめを刺すべく進撃を開始した村田少佐率いる雷撃隊だった。
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