第3章 『先輩後輩』
第1話 幼馴染み
インターフォンが鳴ったが、部屋の電気を点けているのに堂々と居留守を決め込んでいると、カチャリと玄関から鍵の開く音がした。お邪魔します、と廊下に響く声。程なくして、その人物が目の前に現れた。
「居るんだろ? 対応くらいしろよ」
「お前さ、いつまでウチの合鍵持ってんの?」
鬱陶しさを隠さずに其方に目をやれば、人様の家にも関わらず、堂々とリビングへと立ち入り、腕を組んで仁王立ちに俺を見詰める幼馴染みが居た。
「しょーがないじゃん。お前、そんなだし。おばさんから信用されてないんじゃん。面倒を任されたあたしの身にもなれよ」
「うっせ。ウザいんだよ。面倒だったらほっとけよ」
「ほっとけるんなら、もうずっと昔にほっといてるわ! ウザいんならちゃんとしろよ、ばぁーか!」
彼女は毛量の多いポニーテールを揺らしながら、キッチンへと移動する。ウチに何故、彼女のエプロンがあるのか。制服のシャツの上からエプロンを着て、冷蔵庫を漁り始める。「そんなんじゃ、どうせ今日もロクなもの食べてないんだろ」いつもの小言。無視しても、注意してこない。気にも止めず、野菜を洗い、包丁で切り始めた。
トン、トントン、トンと不規則な音。ああ…。
「お前が、先輩だったら良かったのに……」
「煩いわっ! こっちこそ、そっくりそのままその言葉返すしっ」
「……先輩さ、元気……?」
両手で顔を隠して天井を仰ぐ俺には、幼馴染みー
「………気になるんなら、学校来れば?」
「……行けるわけ無いじゃん……」
「学年違うんだし、通学とかずらしたら? 先輩と直接会ったりしないでしょ。遠目に見るだけでいいじゃん」
「ついこの間まで隣を歩いていたのに…?」
律は押し黙り、暫くの間、何かを炒めている音だけがした。そもそもさ、と彼女が口を開いた時には、既に肉と野菜の香りがした。また野菜炒めか、彼女は得意でもないくせにこうしていつも、晩御飯を作りにやって来た。
「お前、先輩にフラれたわけ?別れたの?」
「…………」
「…………」
「……『朝、迎えに来ないで』って…」
フライパンのまま料理を持ってきて、鍋敷きを目の前のローテーブルに起きながら彼女は憐れんだ視線を送ってきた。
ゴトン、と音を立ててフライパンが置かれる。目線を寄越しただけで、結局、彼女は何も言わずにキッチンに戻ると、トレイにお米を盛ったお茶碗二つと味噌汁のお椀も二つ乗せて再びこちらへやってくる。目の前に置かれた箸の柄が不揃いだった。
「……おい。お前、箸ぐらい揃えろよ」
「うっさいわ。お前、それで死ぬのかよ。てか、そう思うなら、それくらい手伝えよ」
「ああ……くそ、此処に居るのがほんと、先輩だったら……」
「だから。そっくりそのまま、お前に返すわ。その言葉」
エプロンを脱いでまた、見慣れた女子の制服姿になる。学年によって色の違うリボン。先輩は赤だったけど、こいつのは渋い緑色で、先輩は上手に左右均等に結んでいるが、こいつはやっぱり、歪な形になっていた。
ああほんと、此処に居るのが先輩だったら、と。その姿をすり替えて想像したくても、まるで似ても似つかない。
「明日は学校行くぞ」
「………やだよ、」
「駄々捏ねる子供かよ? お前、先輩が居なきゃなんも出来ないの?」
「そうだよ。おれの全ては、先輩なんだよ」
少しの間を置いて、彼女は「きしょ」と短く毒づいた。そのまま、話はこれきりになった。
律が帰った後、家には静けさだけが残る。外は既に真っ暗だったが、家が隣なので送らなかった。流石に不要だろう。
不意に聞き慣れたメロディが鳴り、風呂が沸けたことを電子音声が報せた。
はぁ、と息が溢れる。不器用なくせ、洗い物まで終わらせて帰った律は風呂炊きをしてくれていた。昔から、律は何かにつけてよく、世話を焼く。
よく食って、よく寝て、規則正しく過ごせ。風呂には浸かれ。ーーー律の、俺に対する口癖はいつもこれ。
風呂の湯を無駄にするわけにも行かないので、のろのろとソファーから腰を浮かし、洗面所へ向かう。のろのろと服を脱ぎ、風呂に浸かる。
寝ても覚めても、想うのは先輩の事。
風呂の水面にまでその顔が浮かんできては、幻覚だと自覚する。…ああ、このまま、湯船に溶けてしまいたい…。
俺には、本当に、先輩が全てなのだーーーー…。
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