第4話 『僕(おれ)が咲桜(あなた)を愛すよ』


 ピンポーン。


 次の日も学校を休んでしまった。

 真昼間にインターフォンがなる。こんな時間なので、外回りの突発営業かなと、無視を決め込む。


「咲桜? 居る? 僕だけど、出られる?」


 え?吃驚して、その声は殆ど音もなく口から零れた。

 思わずリビングのカレンダーを見る。今日は間違えなく平日で、今は昼の十二時十三分だった。本当に?学校は?ーーー玄関を映すモニターを見ても、玄関の覗き窓から覗いてみても、やっぱり、そこに居たのは朝陽だった。


「………朝陽?」

「あ、開いた。なぁ咲桜、昼食べた?」

「ま、まだ…」

「良かった。イチオシの弁当買ってきたんだ。一緒に食お」


 そういって、右手に持ったコンビニの袋を掲げた。

 中に上がって、テレビの前のテーブルの上にコンビニの弁当を広げても、遂には食べ始めても、朝陽は何も言わなかった。

ーーー『何も言わなかった』は、ふさわしい表現では無いのかもしれない。厳密には、昨日のドラマは観たかとか私の弁当に卵とじロースカツ丼か明太子パスタか悩んで、結局、鮭ハラミ弁当にしたのだとか、そんな他愛もない話をした。


「普通、どっちかに悩んだら、どっちかを買って来ない?」

「そう? だって、それも旨そうだったから。卵とじロースカツ丼が良かった?明太子の方?」

「……いや、鮭好き。ありがとう」


「学校は?」或いは、そんなことを聞くべきだったのかもしれない。否、だったのだと思う。だけどそれは、ブーメランになって自分に返ってくるので、遂に口から出てくることはなかった。

「DVD借りてきたんだ。観よう。超笑えるヤツと超泣けるヤツ。どっちからがいい?」訊いてきたくせに、私が答えるよりも早く『超笑えるDVD』をデッキに入れた。

 彼の見立て通り、たらふく笑った後、たらふく泣いた。泣いた顔はお互い隠しこそしなかったが、気を遣って見ないようにして、テーブルの上の丁度二人の真ん中にティッシュ箱を置き、順番にティッシュを取ってはテレビ画面を観ながら鼻をかんだ。


「良゛がっ、た、なぁ…」


 エンドロールが終わると、朝陽が徐に口を開いた。けれどやっぱり視線はテレビの方を向いていて、こちらを見ない。自分の泣いている顔を見られるのが嫌なのかもしれない。ずびずびと鼻水を啜る音と隠しきれない涙声は、朝陽の人柄を表しているようで優しい気持ちにさせる。


「う゛ん。おも、じろ、がっだ…」

「ははっ! な゛みだごえ!」

「朝陽こそっ…!」


 つい顔を見合わせてしまうと、どちらも目が真っ赤でまだ拭いきれない涙が目元に光っていて、照れ隠しに笑い合った。

 一頻ひとしきりり笑うと、朝陽が急に、息を溢すように言う。


「世界中が敵に回っても、僕は咲桜の味方だから。咲桜が哀しい時は、いつでも駆け付けるからな」

「………別に。いじめられたり、してないよ」


 嬉しかったけれど。その言葉を素直に受け取るのは照れ臭くて、つい、そんなことを言ってしまう。「いじめに限らない」と朝陽は始めて見るような真剣な顔をした。


「もし、咲桜を追い込んでいるのが咲桜自身なら、僕はそれからも咲桜を守りたい。……なんて、言葉でいうのは簡単だけどな」

「ううん。ありがとう。嬉しいよ」


 心配かけてごめんね、と自分でも驚く程弱々しい声が出て、「ああ、逆効果だ!」と焦った時には涙がぼろぼろと零れてきた。あれ、もうさっきのDVDの余韻なんて無くなってたのに……。


「要は。咲桜は、一人じゃない。そう言いたかった。咲桜はいつまでも、僕の大事なーーーー…」


 席を立った朝陽が、私の頭を抱き締める。









「誰も愛してくれないなんて思ってるのなら、おれ咲桜あなたを愛すよ」









 ーーーー…あれ?

 違う。朝陽はそんなことを言っただろうか?これは、いつの記憶だろうか。






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