第12話 君と信頼
そこから少しして。わたし達は修学旅行に回る場所を決めるために、図書室に来ていた。提案したのは椎崎君。
「折角だから、京都の観光地とかきちんとみんなで調べてみようよ」
その提案には誰も反対しなかった。そういうわけで、わたし達は司書の先生に許可をもらって、放課後の図書室で調べ物をしている。
「やっぱり清水寺は外せないでしょ」
「でもそれだとこっちへ行くのに不便じゃ…」
「嵐山の方にも…」
わたしを除いた三人は、ガイドブックを覗き込みながら、熱心に話し合っていた。
「君はどう思う?」
真太郎がわたしに訊いてきた。残念だけど、わたしは旅行の予定なんてロクに立てられない。適当にお茶を濁すしかなかった。
「もうちょっと資料が欲しいわね」
「じゃ、取ってこようか」
加々美さんと真太郎が席を立って、向こうの本棚の方へ二人で行ってしまう。席には、わたしと椎崎君の二人だけになった。
「ねえ津深さん」
「ん?」
出し抜けに彼が口を開く。
「実は、一度津深さんとは二人きりで正面から話してみたかったんだ」
「……」
「一応俺は、彼とは小学校からの付き合いで、よく知ってるんだ。少なくとも津深さんよりはね」
彼は本を一旦閉じて、わたしの正面に座り直した。
「それで、あなたはわたしと何を話したいの?」
「そうだねぇ…どっちかと言えば、津深さんの方が気になってるんじゃないかな。彼が学校でどう言う人間なのかって」
それはその通りだ。元より、真太郎がわたしに見せていたのはその一面だけで、当然わたしの知らない彼は存在している。だけど、わたしだって彼に全てをさらけ出せている訳でもないし、それに相手の全てを知りたいという感情はどこか気持ち悪い様に感じていたから、口に出して認めるわけにはいかなかった。
「……ふーん。ま、いいや。勝手に話させてもらうね」
黙っているわたしの顔から、内心を察したのだろうか。椎崎君は話し始めた。
「意外かもしれないけど、アイツは良くも悪くも普通の男子だぜ。好き嫌いが激しくて、好きな奴には本当に甘いけど、嫌いな奴にはとことん辛口だ」
「と言うと?」
「例えば、津深さんの事。本当にファイル届ける様になってから、ずっと話を聞かされた。どれだけ頭が良いとか、教えるのがこんなに上手いとかね。後は…まあ誰かしら聞けばわかると思うけど、評判の悪い教師がこの学校にも何人かいる。そう言う奴に対しては本当に悪口のオンパレードだ」
「…別に特別な事じゃないでしょ?その、わたしのことは別にして」
「まあね」
そういえば、わたしは真太郎がわたしの前で、誰かの悪口を言うのを聞いたことがない。
「でも、真太郎はわたしの前で人の悪口は言ってなかった」
「ふぅん。俺達とはよく盛り上がってたけどね」
その言葉が、ほんの少しの寂しさを呼び起こす。何と言えばいいのかわからないけど、彼がどこかわたしに取りつくろった態度をとっていた様に感じてしまうのだ。
或いは、わたしは信頼されていないのだろうか。そんな考えがよぎる。人の陰口を漏らしたりする様な人間とは思われたくない。
相手は何年間も付き合っている友達で、わたしに比べればずっと信頼されていて当然だ。実際わたしは会ってからまだ数ヶ月しか経ってないしー
「別にそう言うわけじゃないと思うよ」
「えっ!?」
「いや、何か『わたしって真太郎に信頼されてないのかな』って考えてる顔してたから」
図星を突かれた。奥の奥まで見透かされた感覚。衝撃と羞恥心で顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「……っ」
「さっきも言ったけど、真太郎とにかく好きな人というか、好意を持ってる人にはとことん甘いし、それに気を遣うんだ」
「……」
「だから、人の悪口を聞いて君が不快にならない様にしてるんだろうし、後は『人の陰口を言う様な奴だ』って嫌われたくないんだと思うよ」
「そんな…」
「別に君を信頼してないんじゃなくて、まあ何と言うか、君をすごく大切に思ってるからじゃないかな」
「…でも、なんでそれをわざわざ?」
「ま、気まぐれみたいなものだよ。ああ見えてアイツ繊細だから言えないこともあると思うし、何より津深さんと溝が出来て欲しくないからね」
「……」
「それにさ、アイツ津深さんの事いつも俺に話してくれて、熱っぽく良いところを語ってた。それだけ深い思いがあるのに、伝わらないのがもどかしくてね」
「あ…」
「ただいま」
わたしが答えようとした時、二人が帰ってきた。
「いやぁ、大変だった。資料って案外見つからないもんだね」
「お疲れ様」
椎崎君はついと視線を外して、真太郎と加々美さんの方へ話を振ってしまう。だけど、わたしの方は平静を失った心の調子が戻りそうになくて、真太郎の顔をまともに見れなかった。
どうやら、わたしの心はひどく振れやすいものらしい。彼と並んで帰りながら、わたしはそう考えた。
前にも同じ様なことがあった。その時とっくに不安は解けたはずなのに、今ではまたこのザマだ。つとめて平静を装おうとしても難しくて、ざわざわと波立つ心は抑えきれなかった。
「…どうかした?」
君の事で悩んでるんだよ、とは言えない。かといって、適当に濁すこともできない。
「ちょっと、考え事」
「そっか」
彼は簡単に引き下がった。追求されないのは良いかもしれないけど、それも気を遣ってなのかと思い込んでしまうわたしがいる。どれだけの安心を積み上げても、どれだけ君への感謝を思っても、敏感で外に不慣れな心は、わたしの手を離れてゆらゆらとあらぬ方向に揺れ動く。
「…君さ、もしかして…」
「ん?」
「もしかして、わたしに気を遣ってくれてる?」
つい出てしまった言葉。
「別に、そう言うわけじゃないよ」
「そっか。でも、君はわたしに何かの悪口だとか、辛い事とか。そう言うことはあんまり言わないよね」
「それは…」
ここまで来たのなら、もう言ってしまおう。
「…もし、君がわたしに気を遣ってくれてるなら、それは要らないものだよ。君が思ってるほど、わたしは簡単に君から離れていかないし、すぐに人を嫌いになったりしない。それだけは、信じて欲しい」
「…わかった。ありがとう、信じるよ」
君は笑ってくれた。よかった。
「そういえば、前にもこんなことを君に言った事があったね」
「ああ、確かに…」
「きっと、これからもちょっとしたことでこんな話をすると思う。思ったよりも、わたしは未熟で、上手いこと割り切れないから。でも、離れていかないで欲しい。面倒くさい奴だなんて思わないで欲しい。…お願い」
「別に、今更じゃない。だって、俺達はまだ十五歳そこそこだもん。まだ子供なんだし、仕方ないよ」
そう言ってまたわたしの背中を軽く叩いてくれる。それがどれだけわたしを安心させてくれるか、きっと彼にはわからないと思う。
「…ところで、よく分かったね」
「え?」
「いや、確かに俺は君に少し気を遣ってたところがあるから。でも、自然なつもりだったのになぁ…見抜かれちゃったよ。やっぱり、君に隠し事はできないね」
「そ、そうだね。うん、分かりやすかったから」
流石に椎崎君に聞いたなんて言えない。まあ、このくらいの嘘なら許されるかな。二人で笑い合いながら、その日は帰り着いた。
部屋に戻って、部屋着に着替えた後わたしはまた少し考えた。
随分と、脆いな。そう心の中でつぶやく。どうやら、感情だとか、とにかくそう言うものは頭の良さに比例して成長してくれるものでは無いらしい。
「これじゃ、前とおんなじ…ううん、前よりももっと…」
この部屋から真太郎が連れ出してくれる前にも、同じ様に心を揺さぶられた。だけど、今はもっと頻繁に、ごく短い間に何度もこうして心は揺れ動いている。
自分の心が動きやすくなるのが良い事なのか悪い事なのか。どうにも判断はつかなかった。
結局、わたしは変われたのか、それとも同じままなのか。
「どうしたものかしら…」
どの本を読んでも、きっと答えは書いていない。わたし自身で、見つけるしかなかった。
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