29 拡張された自分、理想の自分

体が重い。


 小型機を得意とするトヨトミ系の機体ながら他勢力の機体と同等以上のサイズ感だけあって、ケーニヒスの体は重い。


 だが、その代わりにニムロッドとは比較にならないほど力強かった。


 ライフルの連射はしっかりと反動を抑え込まれて集団性は良好。

 大地を駆ける足腰の瞬発力もある。

 格闘戦用の機体だけあって前へ前へと詰めていっても当たり負けしないだろうという安心感も良い。


「ちょっと、お姉さん! 僕もそろそろ弾切れなんですけど!?」

「おっと、忘れてたわ!」


 マモル君の言葉で私はバックステップとサイドステップを駆使してすぐ後ろにいたニムロッドの周囲を回り、自分の膝サイドに取り付けていた弾倉を叩きつけるように取り付けてやった。


「うっわ! 何すんですか!? ハードポイント、今ので壊れましたよ!!」

「ガレージ戻るまで我慢しなさい!」


 無理くりに押し込んだせいか武装取付用のハードポイントが壊れたとマモル君は不平を言うが、マガジン3つを取り付けたアタッチメント自体はくっついているので問題はないだろう。


 後はニムロッド本体の方でマガジンがそこにあると認識してくれるハズ。

 別にミサイルポッドやガンポッドやらの武装類、あるいは増加スラスターや増加センサーポッドのような機体本体と情報伝達が必要な機材というわけではないので少々手荒なやり方でも大丈夫なのだ。


 ケーニヒスとニムロッド、開発元が違うとはいえ余裕があるのならゆっくりと取り付け作業を行なえばハードポイントを壊す事もないのだろうが、生憎とそんな余裕はない。


 ニムロッドの周囲を回るのに私がかけたタイムは1秒程度。

 だというのに敵機は隙と見たか、体勢を少しでも立て直そうという動きを見せて再び攻勢に転じようとしていた。


「……震電? 聞いた事ないけどそれなりにやるじゃない?」

「ランク10の機体よ! それにパイロットもハイエナじゃない。他の敵が寄ってくる前に退くべきよ!!」


 マモル君と一緒にいた白いニムロッドU2型のパイロットが忠告を入れてくるが、正直、敵じゃないのなら興味はない。


 とりあえずウチのニムロッドと同型のライフルを装備しているみたいなのでマモル君用に持ってきていた予備弾倉を地面に投棄して、マップ画面にピンを打っておいて後は放置でいいだろう。


「マモル君は! どうする!?」

「はぁ!? 敵がまだ残っているでしょうが!? 散々、コケにされたんだ。皆殺しに決まってんでしょ!!」

「ですってよ! 分かったら弾ぁ拾って独りで帰りなさい!」

「アンタ、マモル君にどういう教育してんのよ!?」


 ぶつくさ言いながらもU2型のパイロットの女性は私が落とした弾倉を拾って援護に回るようだ。


 だが、そんな事を気にしている余裕などない。


 前から火球と化した砲弾にビームの火線とともに2機の震電が突っ込んでくる。


 敵が突っ込んでくるなら、こちらも突っ込むまで。


「ふんッッッ!!!!」


 敵がビームソードを振り上げた時、すでに私の両足はその敵の胸部を撃ち抜いていた。


「たまんないわねぇ! マトモな体格で戦えるって!!」


 ただのドロップキック。

 それも助走も何も付いていない、ただ技の速さだけを重視したドロップキックで敵が吹き飛んでいく。


 それは何とも甘美で、この瞬間を切り取って、ずっとその中に浸っていたくなるような瞬間であった。


 ゲーテなら「時よ止まれ、そなたは美しい」とでも書くのだろうか?


 だが生憎と私は止まってはいられない。

 何せまだ敵はまだ残っている。

 それも有象無象の雑魚ではない強敵。

 スイーツバイキングに来ておいて一品の余韻に浸っている暇などないのだ。


 私はドロップキックの反動とスラスターの推力を合わせて、もう1機の震電のナイフを躱して難なく着地。


 敵は私の起き上がりに合わせてもう1度ナイフを振るってくるつもりらしいが問題ない。

 私は肩部装甲内蔵のスラスターを使いながら半歩的の脇へと回りこんでいた。


 ケーニヒス、というか竜波もだろうが、格闘戦機というだけあって前後方向への運動性と同様に左右方向への機動性も重視されているようで近距離での回避能力は目を見張るものがあるようだ。


 だが、敵のナイフを躱しながら敵と肉薄してしまった結果、拳を振るうには近すぎる。


「まっ、関係ないわね! ……ふんッ!!」


 上半身を後ろに一度後ろへ回した後で振り抜いた腕は見事に震電の頭部を刈り取っていた。


 嬉しい誤算が2つ。


 ケーニヒスの類稀なる格闘性能は別に蹴りや拳でなくとも、敵に二の腕をぶつけるラリアットであっても充分な威力を持つという事。


 そして、もう1つ。


 私のラリアットで頭部を失った震電はもう動かない。


 マモル君のニムロッドがビームソードでコックピットを貫いていたのだ。


「マモル君、貴方、狙撃意外もイケるのね?」

「コイツら蒸発させられるってんなら何だってやってやりますよ」


 ビームソードを引き抜いてから動かなくなった震電を蹴り飛ばすニムロッド。


 何か日頃から鬱屈していたものを抱えていたのだろうかと思うような戦意であった。


 まあ、それは私も同じ。


 トヨトミ系の小型機でもなく、ニムロッドの細身の体躯でもなく、ケーニヒスは私に敵と互角以上の体格を与えてくれていたのだ。


 たとえば同級生の山口さんのような、あるいは昔観た試合中の姉さんのような。


 恵まれた長身から思うがままに戦う事ができる体に憧れて。

 でも無い物ねだりだと諦めていたものが今の私にはある。


 今の私は焦がれるように憧れて、諦めていた戦い方ができるのだ。

 敵が私に付いていけたら、の話だが。


 ふとまだ戦いの渦中にあるというのに私の脳裏に白い機体が思い浮ぶ。

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