20 救出部隊
サンタモニカたちの一行は試験場の中央施設群を目指して南下していたが、敵の包囲網は密で一筋縄とはいかなかった。
包囲の薄い箇所を求めて動いた頃に敵部隊の移動が確認されて一時後退。
再び別の方向へ舵を切ってしばらくすれば敵が包囲を狭めようと部隊を進めてきて、また後退。
手近な味方部隊と合流しようと近づいていけば、その味方が敵の襲撃を受けて全滅したために接敵を避けるため退避。
2手も3手も敵に先手を打たれてしまうのはやはりコアリツィアの移動速度の低さゆえだろうか。
「…………くそぅ……」
数度目の転進の時、緊張に耐えかねたマモルが悪態を吐いた。
いつもライオネスの後席にいる時のものとは違う、力無い呟きに似た苛立ちの吐露は自身が操縦桿を握り、いつ敵と出会うか分からない張りつめた緊張に押し潰されそうになっていたからだろう。
「マモル君、もう少し辛抱して」
「…………はい」
前方を走るゴロツキ乙女からレーザー回線を用いた通信が入るも、彼女の鼓舞も微塵も胸に響いていないのはその声の調子を聞けば明らかであった。
それよりも気になったのは通信の形式が電波を用いた部隊間暗号通信やスクランブルのかけられていないオープンチャンネルのものではなく、わざわざレーザー通信を使ったものである事であった。
直進するレーザー光線の都合上、レーザー通信は中継する機がいなければ多人数での通信には使えず、1対1での通信に限定される。
その分、秘匿性には優れているのだが、それでもなんでわざわざと思わざるをえない。
「言い忘れてたらレーザー通信を使わせてもらったんだけど、アナタ、通信で自分の機体にトクシカさんが乗っている事はよっぽどの事があるまでは黙っていた方が良いわよ?」
「はあ……、そりゃ、どういう事です?」
ゴロツキ乙女の言葉はこれ以上ないほどに心外なものであった。
マモルとしてはわざわざ自身の乗機にトクシカ氏を乗せておけば、重要人物として設定されている氏であるから他のプレイヤーやその補助AIたちから守ってもらえるだろうと踏んでの事である。
それを通信で公表できないのでは守ってもらう事ができないではないか。
だがゴロツキ乙女は続ける。
「まず間違いなく敵のお目当てはトクシカさんだと思うのよね」
「嘘でしょ……!?」
「まず1つ、敵は第3休憩所を包囲しながら休憩所の物資が狙いならこの敵の数はありえないくらいに多すぎるわ」
敵の編成は雑多でその数を推測する事すら困難ではあったが、それでも直径120kmほどの円形の包囲網を敷く事ができるだけの数を揃えてきているのである。
対して第3休憩所にある物資といえば食料品やらHuMo用の整備資材に推進剤やら冷却材やら。それも実弾すら置いていないほどの小規模の整備拠点であった。
大部隊を用いて第3休憩所の物資を得たとしても赤字も赤字の大赤字であろう。
「さらに言うなら休憩所の物資が欲しいだけなら包囲を突破して逃げようって奴は道を開けて逃がしてやればいいじゃない? そりゃ演習中の傭兵たちは演習弾を多く持ってきているんだけど、それでも少しは実弾を持っているわけじゃない?」
「って事はつまり……?」
「それじゃ他に狙うべきモノって何かってなるとトクシカさんくらいしかいないじゃない?」
「…………」
「あ、もしかして気付いていなかった? まあ、そんなわけでマモル君が自分とこにトクシカさんがいますよ~って言ったらどうなると思う?」
ゴロツキ乙女の理屈はいちいちもって正しいものだと言わざるをえない。
マモルも反論したいがその理屈の正しさを認めてしまっているがために何も言えなかった。
「あ! そうだ!! で、でも部隊間通信なら暗号化されているから……」
「ヒュ~! 敵の電子戦機の暗号解読能力の程度が低い事に賭けてみるって?」
咄嗟に浮かんだマモルの案を茶化すようにゴロツキ乙女は口笛を吹いてマップ上の一点にピンを打つ。
「あ……、双月……。背負っているのは……」
敵包囲網の中、数は少ないが数機の飛行型HuMo双月が飛んでいた。
双月はランク2の機体ながら極めて低い機体性能と引き換えに長時間の対空を可能とする大型のターボシャフト・エンジンを搭載している。
さらに味方機が揚げたドローンから得られた画像データによると双月は火器を装備しておらず、代わりにその機体各所からアンテナを伸ばしており背には巨大なポッドを背負っている。
「や、止めておいた方がいいぞな。あのポッドはトヨトミの偵察航空隊の飛燕も装備している現役バリバリの装備ぞな。双月だからと侮ってはいかんぞな!」
「…………」
後ろから忠告してくるトクシカ氏の言葉にもマモルは応えない。唇を真一文字に結んで奥歯を噛みしめるのみである。
もしトクシカ氏がジーナのような体の小さな子供であったならばマモルは今すぐにでもトクシカ氏をコックピットから放り出していたであろう。
一重にトクシカ氏が肥満体で老いているとはいえ大人であるから腕力で敵わないと悟っているためにそうしないだけなのだ。
マモルはユーザー補助AI故に死亡判定をもらってもライオネスのガレージで蘇生するとはいっても死や苦痛に対する恐怖心は人一倍なのである。
以前のミッションで担当ユーザーであるライオネスが彼の好感度を稼いでいるとはいっても、そんなものは恐怖に駆られたマモルの思考パターンには関係無い。
だが、力無き故にトクシカ氏を機外に追いやる事ができずに、ならば次善策としてトクシカ氏に別の機体に移ってもらう事を考えていた時の事。
ゴロツキ乙女とのレーザー通信回線とは別に彼らの元に部隊間暗号通信が入ってきたのだった。
「こちら救出部隊。これより敵南方集団に砲撃を仕掛ける。傭兵諸氏は敵の混乱を突いて離脱されたし!!」
それはドローンへのレーザー通信をタンタルが中継して部隊に参加している各プレイヤーへと届けたものであった。
「聞いたか!? 俺たちもこれから全速力で南に向かう!! 燃費がどうだの言いっこなしだ!! 全力でブン回せ!!」
マモルたちの後方のコアリツィア隊は一斉にスラスターを最大限に吹かし青白い噴炎を盛大に上げるが、それでも速度の増加は微々たるもの。
救出部隊の砲撃にタイミングを合わせるという目的が無ければ推進剤の消費と速度が見合っていないために行わない全力運転である。
部隊はゴロツキ乙女のニムロッドU2を先頭にそのすぐ後ろにマモルのニムロッド・カスタム、それから1kmほど間を置いてタンタルやジーナのコアリツィア隊。サンタモニカの紫電改はコアリツィア隊と同行していた。
コアリツィアに速度を合わせていたために身軽なニムロッドに乗るマモルからすればせっかくの包囲網を脱するチャンスだというのに速度を上げられないためにやきもきさせられていたが、次第にそんな事も言っていられなくなってくる。
「各機、砲撃予定地点を確認されたし!」
マモルがマップを広域表示にすると包囲網の外、南の方角に中央施設群から出撃してきた部隊が展開してきていた。
「おお! スターリン君がコアリツィアの指揮を執ってくれているのか!」
「……この声、あの飲んだくれのコアリツィアのセールスマン!? だ、大丈夫?」
通信から聞こえてくる声は溌剌としたもので、とても同一人物とは思えなかったが、その特徴的なウライコフ訛りの声はマモルも知る人物のものであった。
だが、マモルが不安に思ったのは展示場で話をした時のあの赤ら顔の男の様子を思い出したからだけではない。
救出部隊の中で動きを止めて砲撃準備に入っているコアリツィアの機数の少なさが問題なのである。
包囲網の外で砲撃体勢に入っているコアリツィア隊は僅か24機。大隊規模の部隊ではあった。
先にタンタルの指揮するコアリツィア隊はたった4機でと突出してきた敵部隊をあっという間に全滅に近い状態にまで追いやっていたが、それはあくまで敵の数が少なく、かつ密集していたがために火力を集中できていたがためである。
対して救出部隊のコアリツィアは24機で猫の子1匹逃さぬような濃密な包囲網を破る事ができるのだろうか?
正直、マモルとしてはここで機体を停止させ、砲撃の成果を確認してから脱出に移りたいところであった。
「そう不安がるな。スターリン君はMRSI砲撃を行うつもりぞな!」
マモルの不安を敏感に感じ取ったトクシカ氏が後ろから努めて穏やかな声で語りかけるもそれでも臆病な少年の心から今すぐにでもブレーキをかけたいという欲求が消える事はなかった。
「……そんな小細工で」
トクシカ氏が言うMRSI砲撃とは多数砲弾同時着弾(Multiple Rounds Simultaneous Impact)の事で、連続して発射した砲弾をほとんど同時に着弾させる事で高い面制圧能力を発揮させる技術である。
なるほど、コアリツィアの分離装薬式を採用した事により得た高い連射レートならばMRSI砲撃も可能なのかもしれなかったが、それでもマモルには彼我の数の差が大きすぎるように思われてならないのだ。
そんな彼の心中も知らずに部隊は砲撃予定地点に向けて前進を続け、さらに近隣にいたプレイヤーたちも合流してきていた。
これまでバラバラに応戦なり後退をしていた包囲網の中の傭兵たちが一挙に南の一点を目指して移動を開始したとなれば敵もその意図は丸わかりであろう。
「敵の動きも活発になってきてる……」
「西の方に所属不明の大型艦が接近してきているって情報もあるぞ!」
「つまり、これが最初で最後のチャンスって事かい!?」
「遅れるなよッ!!」
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