9 自由度の高いゲーム

 ヤマガタさんに続いて思い出したように山瀬さんは小走りで机の上においてあった名刺入れを取ってくるとやや過剰なくらいに腰を曲げてプラスチック片を差し出してくる。


「申し遅れました。私、第2営業部催事係整備担当の山瀬と申します」

「これはわざわざご丁寧にありがとうございます。申し訳ないのですが私は名刺を用意してなくて、個人傭兵のライオネスと申します」


 大仰な仕草の山瀬さんに私も襟を正そうとも思ったが、そもそもロボゲーのパイロット役に名刺とかビジネスツールが用意されているわけもなく、おまけに服装もいつものツナギ服。

 まあ、服装で言えば向こうも水着の上からアメフトの防具という礼儀なんかあったもんじゃないのだからこれはおあいこだと思っておこう。


「山瀬さんは整備の人だったんですね」

「はい。今回は営業の現場を知っておいた方が良いとヤマガタさんのご配慮もありまして試乗会に参加させてもらう事になりました」


 ここで私の中で小さな違和感が鎌首をもたげてきた。


 山瀬さんはしっかりと腰を曲げて礼を取り両手で名刺を差し出してきたというのに部外者の私相手に自分の上司の事を「ヤマガタさん」と呼んでいる。

 ここは本来ならば客にへりくだって「ヤマガタ」と呼び捨てにするか、職位である「主任」と呼ぶべきではないだろうか?


 そう思えば他にも不可解な点が出てくる。


 ヤマガタさんと山瀬さん。

 2人から貰った名刺にはそれぞれ「ヤマガタ アキオ」に「山瀬」と書かれている。


 ヤマガタさんの方はフルネームでカタカナ表記で、山瀬さんの方は性のみで漢字表記だ。


 この違いはいったいどういう事なのだろうか?


「ところで主任。こちらのライオネスさん、竜波に興味があるようなんですが……」

「おお! それはありがたい!」

「それで蹴りはできないのかと……」

「蹴り? キックですか? 竜波で?」


 私が2枚の名刺の差異について考え込んでいると、山瀬さんとヤマガタさんは竜波での蹴り技の可能性について考え込んでいた。


 ヤマガタさんのきょとんとした顔を見るに竜波では蹴り技はあまり考慮されていないという山瀬さんの言葉は別に彼女の知識不足とかそういうわけでもなく、主任格のヤマガタさんからしてみても意外なものであったことが窺える。


「メーカー推奨の脚部増加スラスターは外すとして、代わりにバックパック換装と腰部の増加スラスターだと……」

「それだとトップヘビーになる上に重量バランスが機体中心に寄り過ぎませんかね?」

「蹴りでバランスを崩した後の復帰が遅くなりますか?」

「どういうキックを使うのかにもよると思いますが、恐らくは……」


 互いにタブレットで資料を参考にしながら話し込む2人の表情は真剣そのもの。


 顧客が望む物、顧客が満足できる物を届けようという意気が伝わってくるようでこの2人が提案してくる物ならば十分に信頼できるのではという気になっていたほどだ。


 まっ! そもそも私は竜波の交換に使用するチケットとか持ってないんだけどね!


「肩部装甲取付の増加スラスターや延長ブーム式の可変ベクトルスラスターなら……」

「なるほど。となるとサスは標準よりも硬めの方が良いのでしょうね」

「……あの~」

「それだと乗り心地が悪くなりませんか?」

「ええ。そうなればコックピット内のショックアブソーバーも売るチャンスなんじゃないかと」

「……あの~~~!」


 さすがに竜波を入手する事ができないのに2人を煩わせているのが申し訳なくてチケットが無い事を打ち明けようとするも熱くなった2人は止まらない。


 というか、なんか色々と売りつけようって算段を始めてないか?


 トヨトミ製のHuMoは小型の割に拡張性が高いという触れ込みだが、裏を返せばオプション装備を色々と売りつけようとしてくるって事なのか。

 普通にゲーム内のネットショップを使っている分にはそんな心配はいらないのだろうが、今回に限っては目の前にメーカーの営業がいるのだ。


「この提案の場合は射撃兵装にライフルは必要ですね。こっちで本体側の見積もりをしますから山瀬君は武装の見積もりをお願いできますか?」

「了解です。57mm、76mm、それと76SMGの3パターンを用意します」

「それで良いでしょう」


 私の意思は置いてけぼりで2人は見積もりの作成作業に入ってしまった。


 山瀬さんなんかはアメフトの防具を脱いで机の脇に置いてただの水着姿でノートパソコンに向かっているくらいだ。


 なんというか仕事熱心なのは疑う余地もないのだが、それでも顧客候補を放っておくのもどうなのかと思わざるをえない。


「……暇になったわねぇ。そうだ、マモル君、これ着てみる?」

「嫌ですよ。そんなほとんど素肌の上に着ていたようなもの」

「そう? 意外と潔癖なのね」


 手持ち無沙汰となった私は山瀬さんの足元のアメフトの防具を手に取ってマモル君に着てみないか提案してみたところけんもほろろの返答が返ってくる。


 彼のような子供ならどんなおかしい恰好をしていても微笑ましいものだろうと思ったのだが、本人が嫌なら仕方がない。


 私は代わりに自分で着てみる事にする。


 胸部と肩を守る鎧状の防具を着てからヘルメットのようなヘッドギアを被ると直前までこれを着ていた山瀬さんの物と思われる華やかなフレグランスの香りを感じた。


「どうかしら?」

「よくお似合いですよ」

「……それ、どういう意味かしら?」

「ふぁっ!? 自分でどうかと聞いておいて機嫌を悪くするのは違うと思います!!」


 相変わらずのナマを言うマモル君に私は山瀬さんがそうしていたように両手を振り上げて脅かす。

 すると近くを通りがかった一般客と思わしき男女がこちらを見ながら話しを始める。


「あら? アメリカンフットボールの選手?」

「ハハッ! 違うよ、ハニー! あのHuMoのプロモーションだろ!?」

「まあ、確かにそっくりね、ダーリン! 脚が短いとことか本当にそっくりよ!」


 展示されている3機の竜波とプロテクターを着込んだ私を見比べて男女は愉快そうに笑う。


 私の名誉のために誓っていうが、私の背が低いのは紛れもない事実であろうと断じて私の脚は短くない。


 肩までしっかりと守る防具のせいで横幅が広がって見え、ヘルメットのせいで頭が大きく見えて、結果的に脚が短く見えるだけなのだ。


「お、お姉さん……?」

「…………戦争だろうが」


 うら若き花の女子高生を「脚が短い」だなんてまどろっこしい事を言ってくれる。


 自殺願望があるのならばハッキリと「僕たちは死にたいです!!」と言ってくれればいいのだ。


「それを言ったら戦争だろうがッ!!」

「きゃっ!! 怖いわ、ダーリン!!」

「落ち着けハニー!! た、ただのアトラクションだよ!!」


 これは聖戦である。


 うん。きっとそうだ。


 山瀬さんもインパクト勝負だからと客を威嚇していたではないか。


 その山瀬さんは私のために見積もりの作成作業中。


 ならば私が代わりに客にけして忘れられないような衝撃インパクトを残してやるのも人の道だろう。


「ア゛ア゛あア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア……」

「きゃあッ!!」

「は、ハニー!?」

「ア゛イ゛ム゛獅子吼!! ガッチ゛ャメ゛ラ゛エ゛~!!!!」


 会場にごった返す客の喧騒にも負けない咆哮。

 どうせ嗄れてもメディカルポッドに入れば一発で元通りと張り上げるうがいのようなダミ声とともに自殺志願者たちににじり寄っていくと2人はそろって後退りを始めていた。


「ッゾ! ゴラァァァ!! エエ!? オラァァァン!!!!」

「ひぃぃぃ……」


 ついに2人組は踵を返して駆けだしていってしまい、私は彼らの後ろ姿に両の親指で首をかっ切るジェスチャーととともに勝利の雄叫びで見送ってやる。


 本来ならばどうせゲームの中だからとフランケンシュタイナーでも冥土の土産にしてやりたかったのだが、さすがにそれではヤマガタさんたちに迷惑がかかるかと自重しておいたのだ。


「……なにしてんスか?」

「あ、山瀬さん……。お、終わったの?」

「ええ。事前にある程度のテンプレは用意しておいたので」


 さて後ろから冷めた声が飛んでくると私も一気にテンションが下がってしまう。


「そう、ありがと!」

「わっ、ちょ、ちょっと!!」


 口をあんぐりと半開きにして怪訝な視線を向けてくる山瀬さんに耐えられなくて、私はヘルメットを脱ぐとわざと逆向きにして山瀬さんの頭に被せてやった。


「ところで相談なのだけれど……」

「はい?」


 そのまま意を決してヤマガタさんの元まで歩み寄り、考えていた断り文句を並べ立てる。


「竜波をクレジットで購入したいの」

「え? それはちょっと……」

「あら? 聞いた事があるわ。中立都市じゃ機体や武装のカスタマイズに使う強化ポイントが足りない時は割高になるけどクレジットを使う事もできるって。なら機体自体をクレジットで購入できない道理も無いんじゃない?」


 私がHuMo交換チケットが無いにも関わらずに見積もりの手間をかけさせてしまった申し訳なさを上手く誤魔化すために思いついていたのが「買いたいのに売ってくれないんですか!?」作戦である。


 機体や武装の強化にポイントを使わなければならないのを裏ワザ的にクレジットを使う事もできるというのは事実であるらしい。


 だが、さすがに竜波はイベントの上位入賞景品。


 間違いなくこの提案は断られるだろうという確信がある。

 どこのゲームにイベント景品をすぐにゲーム内通貨で売ろうというNPCがいるというのだろうか。


 事実、ヤマガタさんは私の提案に対して言葉を濁らせていた。


 後はしばらく竜波を購入したい意思を示しながら問答を続けてから切り上げればOKというわけだ。


「クレジットなら問題はないわ。前回のバトルアリーナイベントで上位入賞こそ逃しちゃったけど、それなりに勝ち星を重ねてクレジットには余裕があるの」

「ええ。それは存じております」

「そうでしょう。……え?」


 だが、ヤマガタさんの想定外の言葉に私の作戦は崩れつつあった。


「注目株の新人傭兵という触れ込みでライオネス様の事は話に聞いておりました」

「え? そうなの?」


 その言葉で私の背にヒヤリとしたものが流れていく。


「ライオネス様はニムロッド・カスタムでハイエナの月光を撃破された事もあるのだとか。他にもまあ色々と……」

「…………」


 そういえば、以前にトクシカさんの護衛任務を難民キャンプで受けた時の敵。

 雑魚は雑多な機種群ではあったものの、BOSS格の2機は陽炎に月光。いずれもトヨトミ製の機体であった。


 あの時はハイエナはトヨトミの依頼と援助を受けていたのではないかと想定していたっけ。


 それにもしかしたら私がサブリナちゃんと一緒に受けた中立都市支配領域へトヨトミ側部隊が越境してきたのを迎撃したミッション。

 その時の事も知られているのではないかという気すらしてくる。


 そんな含みを持たせた笑みをヤマガタさんは浮かべていた。


「そういうわけでクレジットで竜波を売る事はできませんが、貴女様ならすぐにまた竜波を入手する機会に恵まれると思いますよ?」


 私は茫然としたままクリアファイルに入れられた見積もりの書類を受け取っていた。


 弾丸が装填された拳銃や鋭く研ぎ澄まされた刃物のような危険を感じさせる笑みは一転、私がファイルを受け取ると急に息を潜めて元通りの温和な笑顔へと変わる。


「さて! 私も戻ってきましたし、ライオネスさんに見積もりもお渡ししましたし、山瀬君も休憩に入ってください」

「了解で~す!」


 私に逆向きに被せられたヘルメットのせいで今のヤマガタさんの表情を見る事がなかった山瀬さんはのんびりとした声でヤマガタさんに返事をしてブースの隅に置いていたボストンバッグに手を伸ばす。


「あ、ライオネスさん! 暇なら隣の博物館ミュージアムでも見に行きませんか?」

「おお! それは良い。山瀬君、将来有望な傭兵さんとは仲良くなっておくんですよ!?」

「え? あ、えと……」

「ほら、ヤマガタさんもこう言っているんですから私を助けると思って是非!!」

「そ、そうね……。マモル君はどう思う? ……って、いない!?」


 そう言った山瀬さんがボストンバッグから取り出して着込んでいたのはツナギ服。

 私も着ているこのゲームのプレイヤーの初期装備であった。


「あ、貴女、プレイヤーだったの!?」

「ええ、そうですけど。気付きませんでした? あ、お連れのお子さんならライオネスさんが叫び始めた頃に走って逃げてきましたよ?」


 このゲームの自由度の高さは知っていたものの、傭兵であるハズのプレイヤーが企業に就職する事もできるとは……。


 いや、それよりも担当プレイヤーから逃げ出すユーザー補助AIと、ロボゲーの世界で整備やら営業とかやりたがるプレイヤーとどちらに驚くべきか私は選びかねていた。

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