58 再会

「ここにはいないか……?」


 頭上を数発の銃弾が背筋が縮み上がるような甲高い風切り音を立てて通り抜けていく。


 ヨーコと総理はアイゼンブルクの管制室に飛び込んだはいいものの、そこにアグの姿はなく、代わりに室内にいたABSOLUTE構成員たちの銃弾が彼女たちを盛大に歓迎していた。


 虎Dの話では、アグが囚われている可能性がある場所は2つ。


 1つ目がこの管制室。


 アグはABSOLUTEの首領の娘という事もあり、要塞内でもVIPとして扱われるのであれば周囲の戦況を確認でき、かつ要塞の責任者も詰めているであろう管制室にアグもいる可能性は高いのだという。


 だがハズレ。


「となれば例の特別房ってとこかぁ?」

「そうじゃろうなぁ……」


 ヨーコと総理は身を隠したデスクから拳銃を握る手だけを出してメクラ撃ちの牽制射撃をしながら2つ目の可能性について話していた。


 機動要塞アイゼンブルクが運営の本来の思惑通りに使われていた場合、すなわち大規模レイドイベントの舞台として使われていた場合の話。


 山脈のような巨大な要塞の火力と尽きぬかのような搭載HuMoとの戦闘の連続の後にプレイヤーたちが要塞制圧のために内部に侵入した場合、運営チームでは緊張状態の連続で展開がダレるのではないかと予想されていた。


 そのために一種の清涼剤として要塞内に囚われている虎Dを救出するというサブシナリオが想定されていたのだ。


 ハッキリ言ってABSOLUTEの要塞に虎Dが囚われているシナリオ的な必然性などない。

「なんで、こんなトコおんねん?」というツッコミ待ちが見え見え。

 当然、救出に失敗して虎Dが死亡判定を食らっても本筋には問題が無いわけでプレイヤーたちの張りつめた緊張も解れるだろうというわけだ。


 そのサブシナリオ案で虎Dが囚われているハズであった場所が件の「特別房」である。


 虎Dが自分自身が入るハズであったその場所は房とはいえ、それなりに快適に過ごせるようになっており、要塞内に敵の侵入を許した状況ともなれば首領の娘であるアグの身の安全を確保するために一時的に入れられる可能性があるという話であった。


 とはいえヨーコたちは管制室に勇んで飛び込んでしまい、そこで銃弾の雨に釘付けとなってしまい動くに動けない状況。


 適当に銃声が聞こえる方への牽制射撃もとても効果があるものとは思えない。


「ふぅむ。しょうがない……。ヨーコちゃん、ここから先は1人で行きなさい」

「はぁ? 何を言ってんだよ!?」


 やがて覚悟を決めたように鋭い目つきとなった総理が残りの拳銃の弾倉をヨーコに押し付けて言った。


 ヨーコもいきなりわけの分からない事を言われて面食らうが、総理の眼差しはあくまで真剣そのもの。


 だが、どうやって?

 今だって2人して敵の銃撃から身を隠しているデスクから頭を出す事すらできないというのに。


 ヨーコがそう問うよりも前に総理は匍匐前進で壁へと行って、拳でガラスのカバーを叩き割って防火用の斧と消火器を取り出す。


「困った時は煙幕を張って突撃。この手に限る!」

「だったら私も……」

「馬鹿を言え。消火器を噴霧した後は儂だって視界はゼロじゃ。ヨーコちゃんに儂の斧が避けられるとでも?」


 つまり総理は残された銃弾をヨーコに預け、自分はただ斧1振りのみで管制室内の数十人の敵を相手すると言っていたのだ。


「覚悟は……。もう決まっておろう?」


 それだけ言うと細い身体の老人は気が触れたかのように消火器のピンを抜いて辺り一面に白い消火剤を噴射する。


「行けッ!!」

「畜生! 死んだら承知しないぞ!? 私とアグと、それからマサムネ君も一緒に墓の前で恨み言を三交代で並べ立ててやる!!」


 2人は同時に駆け出していた。

 ヨーコは出口へと、総理は白い消火剤で視界の利かなくなった敵中へと。

 それぞれ正反対の方向へと駆けだしながら、それでもヨーコにはそれが今生の別れだとは到底思えなかった。

 故にその足に迷いは無い。






「はぁ……。はぁ……。はぁ……」


 駆ける。

 走る。

 出会った敵の顔面に鉄パイプを振り下ろし。

 出あい頭で少女の顔を見て一瞬の躊躇いを見せた兵に鉛玉を叩き込み。


 記憶を頼りに最低限の照明だけの暗い通路を走り、ついにヨーコは辿り着いた。


「アグっっっ!!」

「ヨーコさんっっ!!」


 辿りついた部屋のドアの横のタッチパネルを操作すると扉はスムーズに開き、そこに探し求めていた親友の姿があった。


「無事だったか……、って、おい、随分と快適そうな牢屋だな、おい!」


 アグの囚われていた部屋は鉄格子で閉ざされていたものの、それ以外は見るからにクッションの効いていそうなベッドやら備え付けの小型の冷蔵庫やらマンガの単行本がズラリと並んだ本棚やら、とても牢屋にあるべき物とは思えない物ばかりが並んでいた。


 本来ならばイベント時に虎Dがいつ来るか分からない救出を待つための牢であるので暇潰しの道具が揃っているのは当然と言えば当然なのだが、それをヨーコが理解する事はできないが故に珍妙に見えるのだろう。


「ヨーコさん、言いたい事はいっぱいありますが、取り合えずこれをどうぞ」

「おう。サンキュ! こっちも言いたい事は山ほどあるが、お返しにこれ食えよ!」


 たった1人で、ロクな武器も持たずにやってきたヨーコを見てアグは心配半分、呆れ半分。

 それでもヨーコが大きく肩を上下させているのを見て、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して鉄格子の隙間から差し出してくる。


 ヨーコも牢に入れられているアグが怪我1つ無い五体満足であるのを確認して急に疲労が出てきたように足がふらついて鉄格子に掴まり、アグが差し出してきたペットボトルを受け取る前にポケットから取り出したキャンディーの封を切って親友の口の中に放り込んでやった。


「ごほっ!? なんですのコレ? あまり美味しい飴ちゃんではありませんわね?」

「おう、我慢して舐めてろ。放射能物質除去キャンディーだ。味は駄菓子レベルだが効果は折り紙付き」


 眉間に皺を寄せて怪訝な目を向けてくる有人の姿にヨーコの顔には自然を笑みが浮かんでいた。

 それを見てアグの顔には逆に深い後悔が現れる。


「ごめんなさい。私……」

「そんなこたぁ分かってるよ。街を焼かれるのが絶えられなかったんだろ……」


 ヨーコにはアグが自分に何も言わずに消えた事を馬鹿な事をすると思っていた。今でもそう思っている。


 それでも、そうせざるをえないほど追い込まれていたのも分かっている。


 自分のせいで巨大な移動要塞が中立都市に迫り、そこから発進した爆撃機が街を焼く。


 そのような状況下でどうしてのほほんと黙っていられよう。


 自分たちに言ってくれればと思うが、仮に言ってくれていたとしても自分たちは何とかなだめすかしていただけだろう。

 それでアグの気が晴れるわけもない事をヨーコも重々理解していた。


 だからヨーコは努めて明るい笑顔で返していた。


「きっと私たちは立場は違えどよく似ているんだろうよ。だから、すぐに友達になれたんじゃねぇかって私はそう思う」


 今のアグは10年前の自分と同じなのだ。


 少女1人の肩には重すぎるほどの重圧。とんでもないほどの人の命が掛かっていて、何が正解だなんて分からなくて。

 それでも何かを選択せざるをえなくて……。


 10年前。ヨーコは失敗した。

 だが総理やカトーたちはヨーコを責めたりしなかった。


 だからアグには失敗してほしくなくて、責めたりする気なんて微塵も起きなくて。


「だから帰ろう。あの街へ。きっとカミュとかいうアホもすぐに帰ってくるさ!」

「はい!!」


 上手く伝えられたかは分からない。

 それでもやっとアグの顔に浮かんだ涙混じりの笑みにヨーコは安堵し、そして背後でした足音に咄嗟に自分をアグの盾にするような形にして振り返った。


 だが……


「残念でしたね。所詮は子供ってところですか?」

「チッ……」


 いつの間にか背後から近づいてきた初老の男に拳銃を向けたはいいものの、銃のスライドが後退している。

 弾切れであった。


 対する初老の男は性格の悪そうな笑みを浮かべながら自身の手の拳銃を見せびらかすように掲げて見せた。


「……セーフティがかかったままだぜ?」

「随分とまた古風なハッタリを。ですが生体認証式のスマート・ガンにはその心配はありませんよ?」


 男が口角と片眉を上げて会釈する。

 随分と芝居がかった真似をする。ヨーコは心の中で悪態を付きながら、この場を切り抜ける方法を探す。


 だが答えが出る前に銃声が鳴る。

 室内で反響する銃声に思わずヨーコは目を瞑り、せめてもの抵抗に全身の筋肉を硬直させるが、心の中では自身の痩せた身体では弾が貫通して後ろのアグを傷付けるのではないかという心配が湧き上がってきてグルグルと渦巻いていた。


 だが、いつまでたっても予想していた痛みがこない。

 すでに痛みを知覚できるほどの猶予すらないのかと観念して目を開ける。


 だが意外にも目の前にいた禿げ頭の老人こそ目を丸くひんむいて、胸を手で抑えていたのだった。


「お……、お嬢様…………?」

「ヨーコさんを傷付ける事は許しませんよ。私を誰の娘だとお思いですか!?」


 銃声の主はアグであった。

 再び銃声。


「悪党の娘に銃を持たせたまま安穏としているだなんて、貴方は戦いの場に出てくる器ではなかったようですね。菜園技師」


 ヨーコも初めて聞くアグの毅然とした声。

 その言葉に何か言い返す前にどさりと老人の身体は床へと崩れ落ちた。


「そっか……。VIPの身の安全を図るためって理由で牢に入れても、武器を取り上げる理由にはならねぇか……」

「何を1人で納得してますの!! その人の腰にカードキーがありますから、とっととここから出してくださいませ! こんなとこ、とっととスタコラサッサですわ!!」






(あとがき)

もし、仮にアグちゃんがパパにおねだりしてヨーコに武器やら人員やら支援してたらこの惑星はどうなってたんやろな……?

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