6 突然の来訪者

 それから2時間ほど、ヨーコは2人に挟まれたまま寝入っていた。


 ママの好意に甘えている都合、酒を頼んで売り上げに貢献するべきかとも思ったが、さりとてヨーコが眠れているのが自分たちの傍ならば安心できるからと思えば深酒をする気にもなれず、2人はただのんびりと話をしながらヨーコが目覚めるのを待つ事となっていた。


「そういや貴様、再就職とか言ってたけど、あれはどうなったんじゃ?」

「ええ。正式サービス版じゃちょっと特殊な施設で喫茶店を任せられる事になりましてね。もっとも、いざという時のための荒事担当なんでしょうけど」

「そりゃあ良い。そういやアイツもコーヒーには一家言ある男じゃったな」

「ま、コーヒーよりもジュースばかり注文されそうな職場ですけどね」

「そりゃどういう喫茶店なんじゃ?」


 マサムネがいう再就職とはβテスト終了後にしばらくしてオープンするこのゲームの正式サービス版での話である。


 正式サービス版ではβテストからの引き継ぎ要素はプレイヤー自身の経験以外には無く、β版で各プレイヤーを支えたユーザー補助AIのデータはそのほとんどがメインサーバーとは切り離されたサブサーバーに圧縮保存される予定なのだという。


 だが、マサムネのように一部のAIは再利用される事となったのだという。

 それを2人は「再就職」という言葉で呼んでいたのだ。


「それじゃ、また会えるのかの?」

「分かりませんね。ま、可能性はゼロではないでしょうけど」


「ゼロではない」という言葉は言外にゼロに近しいという意味であろう事を老人は察する。

 だが、その可能性がある以上はきっと正式サービス版もプレイするのだろうと思ってもいた。


 話も落ち着いてきた頃、総理が時刻を確認してみると現実世界では13時になったばかり。


 現実世界でこの日の24時となったその瞬間、この仮初の世界は終わりを迎える。


 現実世界で11時間足らず、ゲーム内時間では4日半で終末を迎えるこの世界で、友と語らいながら少女の安眠を守るこの2時間は無為のものでありながら、この1年間でもっとも価値のある2時間であったといえよう。


 少なくとも総理というプレイヤーにとってはロボットアクションシューティングゲームの世界にいながらHuMoに触れてすらいないこの2時間がもっとも幸福な時間であったのだ。


「それじゃ寂しくなるわね。爺さんはジャッカル引退で、マサムネ君は再就職でどこか行っちゃうんでしょう?」


 一般NPCであるママとチーママはこの世界が作り物である事を知る事ができず、2人の会話を聞いてこの街から離れるのだと解釈していた。


「またどこかで会えたらいいですね、とは良いませんよ。でも私は再就職先じゃ飲食業なんです。お二人が作ったこの店みたいな落ち着いて安らげるような店にしてみますよ」

「あら、貴方のそのキザな言い回し、嫌いじゃないわ」


 まだ40そこそこのチーママはともかく、酸いも甘いも嚙み分けたママが客に寂しそうな顔を見せるのも初めての事であった。

 だが、それは照れ隠しの笑顔にほとんど隠されたもの。


「寂しくなるけど、傭兵みたいなヤクザな商売、長く続けるもんじゃないんだからしょうがないわよね。それじゃこれからの予定は?」

「特には無いな」

「良いんじゃない? HuMoなんか乗り回して金を稼いで、それで良い生活するわけじゃなく良い機体に武器を買ってまた戦場って暮らしだったんでしょ? それなら最後くらいのんびりしたらいいじゃない?」


 総理はそれもいいかもな、とママの話を聞きながら考えていた。


 老人の脳裏に思い起こされていたのは彼がまだ子供であった頃の事。

 遊び疲れた夕暮れ時、近くの民家から夕餉の匂いが漂ってくるのを嗅いだりしながら自宅への帰路をのんびりと歩いていたあの頃である。


 このゲームの終わりもそれでいいのではないか?


 友と酒を傾けながら眠るヨーコの横顔を眺める。

 これ以上の終わり方があるのだろうか?


 敵を殺し、幾度も死に、時に友とあらん限りの力で戦い合い、もう十分にドンパチはやったのだ。


 どうせ、その内に穏やかな現実世界に飽いてきた頃にはまた正式サービス版が開始されるだろう。


 ならβテストの終わりはのんびりと穏やかに締めるというのも悪くない。


「誰にだって黄昏時は訪れる。そうでしょう?」

「ジャッカルの黄昏か……」


 だが、ちょうどその時、落ち着いた店内の静寂を冒涜するかのように男たちの荒々しい怒声がぶしつけに飛び込んできた。


「た、助けて……」


 狩りの興奮を隠そうともしない下卑た男たちの声にまだ若い女の声が混じったのを聞きつけてマサムネが立ち上がるのとほぼ同時に音も無くヨーコも起き上がっていた。


「助けてください!!」


 その直後、バン! と大きな音を扉の立てて店内に1人の少女が飛び込んできたと思うと、続いていかにもな風貌の無法者が押し入ってきてそのまま倒れる。


「殺しますよ?」

「そういうのはヘッドショットの前に言うたれ……」


 総理も面倒臭そうに立ち上がりながらいきなり暴漢を射殺したマサムネを責めるような口ぶりであるが、そのくせホルスターから抜いた自身の拳銃を相棒に手渡していた。


「え、あ、えと……」

「お嬢ちゃん、後は儂らに任せて下がっとれ」

「あん!? あんだテメェら!! 邪魔すっと……」

「凄んでんじゃねぇよ! このタコ!!」


 仲間がいきなり射殺されたというのに暴漢たちは次々と店内に押し入ってきて血走った視線を少女と店内の者たちへと向ける。


 数の上では優勢である男たちは集団心理というやつだろうか、手にした凶器を見せつけるようにしながらイキりたって見せるが、その先頭の男がいきなりヨーコのスパナに脳天を砕かれて倒れた。


「このガキ!?」

「クソが! やっちまえ!!」


 倒れた男の近くにいた者たちがヨーコに掴みかからんとするも揃いも揃って総理の鉄拳の前に沈む。

 総理に襲いかからんとするものはマサムネの射撃の的である。


「ヨーコちゃん! ここは儂らに任せてその子を連れて裏口から逃げろッ!!」

「おう! 済まねぇ!!」


 視界の端でヨーコが少女の腕を引いていくのを見て総理はニヤリと笑う。

 自分たちに対して絶対的な信頼を寄せている事が感じられる言葉であった。


 湿っぽい裏路地には似つかわしくない白いドレスの少女は走り難そうではあったが、総理とマサムネの援護もあって2人は店の奥へと消えていく。


「やれやれ。昔はHuMoの整備員になりたいとか言ってたあの子が工具で人を傷つけるのを見るのはしんどいな……」

「だったら私たちがやってしまえばいいだけでしょう」

「違いない」


 もうすでに10人以上の仲間が殺られたというのに暴漢たちは次から次へと新手が店内へと姿を現していた。


 だが2人にとっては何も問題はない。


「ママさん、済まんの」

「いいわよ、別に。店の中はちょっと散らかるけど、その分、街は綺麗になるでしょうよ」

「いんや、さっきの話じゃよ。どうやらジャッカルの黄昏は穏やかに済みそうにないみたいじゃ……」


 なんとも残念そうに見える総理の表情とは裏腹。

 その拳は万力のような力で強く硬く握りしめられて、暴漢たちが手にする得物と同等かそれ以上に危険な凶器と化していた。




(あとがき)

今回からパソコンのキーボード替えたのよ。

エレコムのメカニカルゲーミングキーボードなんだけど、ノーパソのキーボードみたいに浅いタイプのヤツなの

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