3 再会

 戦って、ぶつかり合わねば真に理解わかり合えぬ者たちがいる。


 プレイヤー「総理」と彼の補助AI「マサムネ」もその類の人物であった。


 かといって2人は互いに憎み合っていたというわけでもない。


 むしろ逆。

 総理は現実世界の時間でいうと1年ほどの付き合いしかない上に孫といってもいいほど歳の離れた青年を間違いなく友人であると思っていたし、マサムネもまたユーザー補助AIの職務を超えて己の担当プレイヤーに友情を感じていた。


 故に2人は全身全霊、己の全存在を賭けて戦い合う。


「どうしたんですか!? 武装を捨てたなら近づかなれば私には勝てませんよ!!」

「ハッ!! そっちこそ、さっきから弾が当たっておらんぞ!!」


 砂嵐は通り過ぎたというのに両者の間には盛大に砂が飛び散っては舞っていた。


 距離を詰めて殴りかかろうとする総理の竜波に対して、マサムネの建御名方も動き回って付かず離れずの距離を維持。


 本来ならば武装を捨てた竜波に対してならば有効射程の長い76mmバトルライフルを有する建御名方は距離を取れば取るだけ有利に戦えるのだが、それを良しとはしないのがマサムネというAIが持つ矜持であった。


 だが、増加スラスターの大推力を活かして動き回りながらも距離を詰めてくる竜波にやっと命中弾が出たかと思えば籠手のように装甲が厚くなっている前腕に弾かれて微々たるダメージに終わる。


「57mmの方が良かったんじゃあないかぁッ!?」

「貴方の使っている武装で貴方に勝つのも一興でしょうよ!!」


 確かにマサムネが今回の対決にもってきた76mmバトルライフルよりも57mmアサルトライフルの方が連射レートが高く、また近距離での貫通力も高い。

 しかし76mm弾の方が単発火力が大きいし、何より機体機能に対しての加害力も高いのだ。


 ちょこまかと動き回る敵機に対してレートの低い76mmライフルでも対応できる自負がマサムネにはあったし、何よりも自身の担当が駆る竜波の爆発力をもっとも知るのがいつも供に戦っていた彼である。


 完全にアウトレンジの距離で戦うのは逃げているようで許せなかったが、かといって総理の駆る竜波はマサムネにとっても並々ならぬ敵である事は否定しようがない事実であった。


「天才」というスキルを持たされたマサムネでさえも時折、舌を巻くほどの神がかった戦闘センス。

 機体特性を生かすためとはいえ、一切の武装を投棄してのける思い切りの良さ。


 それほどのパイロット能力を持つ総理が駆る機体は竜波。

 ランク6といえどもその格闘能力は侮り難く、その頑健な機体フレームはちょっとやそっとのダメージで機能不全を起こすという事はない。


 現実世界の時間で半年ほど前であったか。

 動画配信サービスの運営チーム公式チャンネルにおいて実装前の竜波が中立都市の絶対的守護神であるホワイトナイトを撃破するという珍事があった。


 しかも、その際に竜波を駆っていたのが視聴者に「へっぽこ」「下手糞」「Noob」だの好き勝手言われていた虎Dであったのがその衝撃に拍車をかけた。

 虎Dは以前の企画においていつものアバターを封印され、盛りに盛ったHuMoの操縦に支障が出るほどに巨大な胸が無くなっていた状態とはいえ、やはり「虎Dがホワイトナイトを撃破した」という事実は変わらない。


 結果として、竜波は実装前に弱体化ナーフされるという憂き目にあっていたとはいえ、依然として上手く扱えば格上にも対抗できる格闘機という立ち位置の機体となっていた。


「かかった! そこは私の……、うおっ!?」

「足元がお留守じゃぞい!!」


 標的から外れて砂漠に着弾した徹甲弾が上げる砂の柱を掻い潜ってさらに距離を詰めようとする竜波。

 だが、そこはマサムネが総理を誘い込むためにわざと間隔を空けていた場所であった。


 砂柱と砂柱の間に照準を置いていたマサムネがレティクルに入ってきた竜波にトリガーを引いた瞬間、足元の砂が深く沈み込んで建御名方は足を取られた形となって砲口から放たれた火線は天へと伸びていく。


 当然、好機を見逃す総理ではない。

 スラスターを全開。一直線に距離を詰めた格闘機が拳を奮う。


「ぐぅぅぅ!? か、躱せたッ!!」

「甘い!!」


 高い操縦技能を持つマサムネである。

 足を取られたのも一瞬、すぐに体勢を立て直して頭部に飛んでくる拳をスウェーで躱す。

 反撃のために最小限の動作で鉄拳を回避したと思ったのも束の間、メインディスプレーの視界にノイズが走って映像が僅かに荒くなる。


「掠っていた!? いや……」

「指剣じゃよ!!」

「この程度で勝ち誇るなど!!」

「片眼だけでもステレオ測距器としての機能は落ちたじゃろ!?」


 竜波が右手の人差し指と中指を立てて見せつける。


 格闘機として竜波には拳で殴りつける動作の他にも、敵機を掴む動作や手刀に貫手、また今総理が行ったように指剣などの動作パターンがプリセットされているのだ。


 マサムネは建御名方の固定装備である腕部ビームソードで竜波の胸部装甲を斬りつけながら下がり、距離が空いたところでライフルを連射するも、やはり左のアイカメラが潰された事でステレオレンジファインダーの機能が低下して照準が甘くなっていた。


 建御名方はさすがランク10の機体だけあって、この程度の損傷では照準の狂いは僅かなものである。


 だが、そのほんの僅かな照準の狂いこそ総理が狙っていたものであった。


 マサムネのような精密精緻を突き詰めるような操縦技能の持ち主にとって僅かな照準の狂いこそ致命的。


 リストを弾くピアニストのように緻密な操縦をするマサムネが、接近戦を挑んでくる総理に対して本来ならば必要の無い安全マージンを確保せねばならなくなるのである。


 もちろん、これは砂漠を戦場に選んだ総理の作戦勝ちである。


 マサムネの脱走イベントは発生後、プレイヤーが赴いたミッション先にマサムネが現れて戦いを挑んでくるという都合上、マサムネにとって不利でプレイヤーにとっては得意な戦場を選ぶ事が可能なのだ。


 マサムネが友である総理を完膚無き状態で撃破するために付かず離れずの距離で戦っていたのと同様、総理は友人に髪の毛1本分すら手を抜かないという意思を込めて砂漠という戦場を選んでいたのだ。


「どうした? 今回のミッションは失敗しても依頼人はそんなに困らないようなのを選んできたんじゃ。遠慮無くブチかましてきてくれてかまわんのじゃよ?」

「いえいえ。いつになったら例の特殊コードを使ってくれるのかと退屈して気が緩んでいたみたいです……」


 両機は互いに睨み合うように立ち止まっていた。


 距離はそれぞれ10歩か、11歩か。

 指呼の距離というには少し離れているが、スラスターを使えば一気に詰められる距離である。


 建御名方はライフルを敵に向け、右腕のビームソードを下段の構え。

 竜波は右手を前に、左手を胸の前にというプリセットされた中段の構え。このゲームで総理だけが使える特殊コードはまだ使っていない。


「いや、お前ら、何やってんだ……?」


 いつぶつかり合うか分からない、そんな張りつめた空気の中でオープンチャンネルの電波帯でなんとも間の抜けた声が飛んでくる。


 2人とも1機のHuMoが近づいてきている事には気付いていたが互いに雌雄を決する事のみを優先して無視していたのだが、向こうから話しかけてきたのだ。


「どっか行きなさい。ブチ殺しますよ……?」

「すっこんでろ」

「ひぇ……、って、その声、もしかして総理さんとマサムネ君か?」


 攻撃してくるならば先に始末してしまえばいいぐらいの気持ちで話しかけてきた者を見ようともしなかったが、2人の知り合いだったら話は別である。


 かといってまだ若い少女といってもいいような女の声に覚えは無く、さりとてどこかで聞いた事があるようなないような感覚に気を悩まされて声の主の方へと視線を向けると、そこにいたのは大型タイプのHuMo「陽炎」に良く似た機体であった。


「うん? 確かに儂らは総理とマサムネじゃが……」

「ひっさしぶりだな~!! 10年、いや9年振りぐらいか? ってかさ、なんで2人がバトってんの?」

「9年振り……? で、陽炎に似た機体……」

「も、もしかしてヨーコちゃんか!?」


 それは2人にとって苦い思い出であった。


 いや、「苦い思い出」と言う事すらあの日、炎で照らされながら泣いていた幼子を思えば躊躇われるような。

 そんな胸の内に刺さったままの棘であったといえよう。

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