38 再会

 カーチャ隊長とカミュは高所作業車を使ってコックピットから降りると殺到していた子供たちに囲まれてサインをせがまれていた。

 誰の指図によるものか、子供たちは手に手にサイン色紙をサインペンを用意していて、中にはサッカーやら野球のボールやらを持っている子もいる。


 私はそこんとこ詳しくは知らないのだが、隊長もカミュもスポーツ選手じゃないのにボールにサインしてもらって嬉しいものなのだろうか?


 そんなわけで2人はしばらく身動きが取れず、そうこうしている内にマーカスの乗る大型輸送機も着陸して陽炎とHuMo用トレーラーが格納庫へと入ってくる。


「うん? アレは……」


 トレーラーの荷台には大破といっていいようなレベルと損壊したHuMoが1機。


 これまた見覚えの無い機体に私はタブレット端末をスキャンモードにしてトレーラーへと向けると、なんとランク10の建御名方なる機体であった。


「はぁ、ランク10の機体でもああなっちまうほどに激戦だったというわけか……」


 建御名方は四肢が切断され、自力で格納庫へ入ってこれないほどの損傷を負っていたためにトレーラーに乗せられてきたということか。


 陽炎にも数多の徹甲弾やら成形炸薬弾やらの特徴的な被弾痕が刻みつけられて、やはりこちらも激戦を経験してきた事が窺える。

 マーカスほどのパイロットがこれほどまでの敵弾を受けざるをえなかったのだろうかとも思ったが、どちらかというとカーチャ隊長に彼の隠し玉がバレないよう距離が離れてレーダーの探知外になるまでノーブルを出せなかったという方が正しいのだろう。


 そして建御名方のコックピットから降りてきたのは想像していたよりかは若い老人であった。


 いや、別に年齢は予想通りに80とか90とかその辺なのだろうが腰が曲がっているわけではなく、むしろ背筋はピンと伸びているし、それどころか機体から降りる時に軽く跳んでみせたところを見るに加齢によってそれほど運動能力が落ちているようには思えない。


 というか現実世界ではどうだか分からないがゲーム内世界ではしゃんと動けるようになっているというパターンもあるか。


「う~す、サブちゃんお疲れ~! ヨーコ君も元気かい?」

「うん! おじさんのおかげでやっと一息付けたよ!」

「おう、マーカスもお疲れさん。あの爺さんがお前のリアルの知り合いって奴か?」

「そういう事。ちょっと挨拶してくるわ~」


 陽炎のコックピットから降りてきたマーカスは私とヨーコの無事を確認するように声をかけてきて、私たちに怪我の1つも無い事を見て安心したかのように笑顔を作って3人は療養所の職員から手渡されたスポーツドリンクのボトルを乾杯のように軽くぶつけてみせる。


 それからマーカスは私たちから離れてヘラヘラした笑顔のまま老人へと近づいていく。


 老人もマーカスに気付いたのか歩調を合わせるように2人は徐々に接近していき、次の瞬間に周囲の人間が一斉にそちらを振り向くほどの大きな音が格納庫内に鳴り響いた。


 その音はまるでHuMo整備用の大型車両が何かに衝突したかのように大きなもので、それでいて硬く、軽い音であった。


「Hey,Yo!! 爺さん、腑抜けちゃいねぇか少し確認させてくれや!?」

「抜かせ! 貴様にあの子が守れるのか、儂も確認させてもらうぞ!!」


 マーカスと老人は互いの首を刈り取るかのようなハイキックを同時に放っていたのだ。

 しかし両者ともにわずかに間合いを下げていたために互いの鋭い蹴りは首には届かずに脚同士がぶつかりあっていたのだ。


 それからしばらく、両者は互いの拳と拳を、脚と脚をぶつけ合わせる。


「お、おい……?」

「ひぃ……」


 周囲の者たちは突如として殴り合いを始めた2人に呆気に取られ、ヨーコを含め子供たちの中には目に見えて怯えている者もいる。


 両者はほぼ互角といってもいいだろうか?


 パワーと格闘技の技量はマーカスの方が優れているだろうか?

 だが老人の負けん気は体格差と技量差を押し返すほどの熱意に満ちていた。

 どっしりと構えて長い手足を風切り音が聞こえてくるほどに振り回すマーカスを相手に老人は前へ、前へと押していくのだ。


 そしてマーカスの右ストレートに合わせて老人が再び前へ出る。

 さらにマーカスの右に合わせるように左の拳を繰り出す。


「ク、クロスカウンター……!?」


 互いに互いの顎先へと叩き込まれた拳。


 決着は付いたかに思われた。


 だが、マーカスの拳は老人が前へと出ていた事で腕が伸びきる前にヒットした事で威力を殺され、老人の拳はマーカスの拳がヒットしていた事で振り抜く事を許されていなかった。


 両者は一瞬だけ動きを止めたようにも思われたが、結局また2人は動き出し……。


「はい、ド~ン!!!!」


 そこにマサムネさんの乗った軽トラが突っ込んできて2人は撥ね飛ばされてしまう。


 さすがにこれにはマーカスも老人も対応できずに固いコンクリートの床を転がって悶絶する事になってしまった。


「何やってんですか2人とも。子供たちが怯えているでしょう」

「お、おう……」

「う、うむ……」


 マーカスと老人の非常識を責めるにはマサムネさんのツッコミも随分と非常識なものだったと思うのだけど、2人は意外と憤慨したりせずに周囲の目に気付いて気恥ずかしそうな顔をしていた。


 マサムネさん凄ぇな……。

 ていうかアレか!?

 私も今までマーカスの奇行に色々とツッコミ入れてきたけど、あんくらいやんないとアイツは止まんないのか?


 えぇ……。

 ってことは私もマーカスに軽トラで突っ込んだりしないといけないのか?


「ほら、2人ともこれから色々と準備しないといけない事も多いでしょう? とっととメディカルポッドに入って戦闘の疲れを癒してきてください」


 マサムネさんはさらに続けるが、そこにはまるで自分が軽トラで2人を撥ね飛ばした事は頭から抜け落ちているかのようだ。


「大体、お爺さん、建御名方は敵の攻撃を回避できないNoob下手クソには荷が重いって言いましたよね?」

「あ、おま……」


 軽トラの撥ねられたダメージがまだ癒えていない2人はメディカルポッド目指してよろよろと歩き出すが、マサムネさんは老人の背に向けて話しかける。


 その言葉はまるで2人が以前からの知り合いであるかのようで、という事は老人もVR療養所に来た事があるのか?


 いや、違う。

 その言葉に驚いて後ろを振り返った老人の表情は震えていて、その目は大きく見開かれていた。


「お前、βテストの時の儂の担当だったマサムネか!?」

「ええ。たった数人であの子たちを守ろうとして失敗し、おめおめと逃げ帰ったマサムネでございますよ!!」

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