25 2人のエース
砲弾のように空を駆け抜けて。
蝶のようにふわりと舞う。
青い尾を引く純白の機体はそれが兵器である事を忘れてしまうほどに優雅であった。
「艦長、カメラでカモR-1の動きを追えるか?」
「すでに先ほどの採掘場よりもだいぶ遠いので超長距離望遠レンズに補正をかけたものになりますが」
「かまわないよ」
一体、何をするつもりなのかと艦載カメラにカーチャ隊長の動きを追わせる。
それから10分もしない内に彼女の機体は傭兵組合の輸送機群と接触、ちょうどミサイル攻撃の対処に追われて回避運動を取っていた輸送機たちには迎撃する余裕はない。
そしてほとんど減速もしないまま手近な輸送機をすれ違い様にビームソードで斬りつける。
輸送機の胴体や翼を切ったのではない。
ミサイルを回避するためにフレアーを撒きながら旋回する輸送機に対して高速で突っ込み、左翼に取り付けられていたエンジンだけを破壊していたのだ。
急旋回中にジェットエンジンの推力を喪失。
当然ながら輸送機は失速して高度を落としていく。
「上手いな。さすがというか、なんというか……」
「だろ?」
「なんでお前が得意になってんだか」
輸送機にはそれぞれの型式しだいだが4基から6基のエンジンが搭載されている。
1基や2基のエンジンを失ったくらいでは即墜落という事にはならないし、上手く斬りつける場所を加減したという事なのか破損したエンジンは一瞬だけ炎を吹いたもののすぐに自動消火装置の作動によってすぐに白い煙を上げるだけとなっていた。
さらにカーチャ隊長の機体は反転して今度は後ろから右主翼に取り付けられているエンジンにビームソードを突き立てる。
「これで輸送機のパイロットが上手く着陸さえしてくれりゃあ人死には出ないってわけか」
2基目のエンジンの喪失によりさらに速度と高度を落とした輸送機はもはや荒野に強行着陸せざるをえない状況においこまれていた。
これでこの輸送機はもはや追撃に参加する事はできないというわけだ。
だが単純の事のように見えて、この芸当が誰にでもできる事ではないのは私にだって理解できる。
まさに神業といってもいいような技量だ。
エンジンを破壊するまではできたとして、上手く破壊する場所を加減しなければエンジンは爆発。当然ながらそれはエンジンが取り付けられている主翼自体を損壊しかねない。
つまりカーチャ隊長は飛行にはあまりにも適さない形状のカモR-1を駆り、HuMoという兵器としては異様なほどの高速で輸送機に接近し、ミサイルの回避で旋回中の輸送機のエンジンを必要なぶんだけ破壊してのけたのだ。
私には無理。
仮にそんな技量があったとしてもやろうとは思えない。
でもカーチャ隊長はやってのけた。
それはあえて困難な道を征く者のみに許された神の祝福か。
次の獲物を決めて空中で四肢を振って姿勢を制御して飛んでいく純白の機体はまるで無人の荒野を行くが如くに堂々としたものであった。
「おい! 今やられた機に乗ってたのは誰だ!?」
「畜生! 迎撃に出るぞ! 何人か続け!」
「だ、駄目だ! 機体が水平飛行に移るまでは機体のロックが外れねぇ!」
「輸送機の速度を上げさせろ!! 戦力の集結待ちとか言ってる場合じゃねぇ!」
オープンチャンネルの通信からは混乱をきたした傭兵たちの怒号が重なって聞こえてくる。
カーチャ隊長が先ほどと同じように2機目、3機目と潰していく頃になると輸送機の腹の格納庫ハッチから何機かのHuMoが出てきてスラスターを吹かしカモR-1へと挑んでいくが、それは飛行というよりもすぐに降下へと移る一時的な飛翔でしかない。
当然、そんな制限の大きい敵機の攻撃でカーチャ隊長が止まるわけもなく容易く砲火を潜り抜け、近接信管が作動して炸裂したミサイルの破片も虚しく大気を切り裂くのみである。
「お、俺を踏み台にしたぁッ!?」
さらに自由落下にスラスターで抗っていた1機の頭を踏んづけて足場にするようにしてさらにジャンプ。
踏み台にした敵機を嘲笑うようにその機体が出てきた輸送機へと向かってエンジンを破壊。
さすがに敵もすぐにカーチャ隊長を落とすことは難しいと判断したのか、それまで速度を上げずにいた輸送機群も一斉に増速。
さらに間隔を広げてヨーコたちの船団を覆い尽くすように包囲しようとしてくる。
だが、そうするにはいささかまだ距離が遠すぎる。
「カミュ! そっちに行ったのは任せるぞ!」
「分かってますって!」
敵の陣形が広がったのに対して3隻のコルベットも間隔を広げて迎撃の構え。
各コルベットは艦首の単装ビーム砲での対空射撃を開始。
カミュの零式もミサイルやビームライフルで次から次へと速度を上げて接近してくる輸送機や、その腹から出てきたHuMoを撃ち落としていく。
「各艦長、せめて着陸できるチャンスは残してやれ! コックピットには当てるなよ!」
「了解です。いや、こうも単調なカモ撃ちですとそれすらも簡単なものですなぁ」
「サブリナちゃんはそんな事は考えなくて良い。君と君のコルベットが俺たちの最終防衛戦だ。遠慮無く撃ち殺せ!」
「あいよ!」
カミュに言われるまでもなく私には躊躇するつもりはない。
甲板上に出たパイドパイパーの背部武装コンテナから投下したパンジャンドラムは高速回転しながら不規則な軌道を取った後に砲火を掻い潜って接近してきた輸送機のコックピットを潰して爆発。
もはや不時着も不可能であろうと分かるような急角度で地表へと向かっていく。
マーカスの野郎は調子良く「殺した奴の御仲間さんに恨みを持たれないようにあまり殺すな」だなんて言ってはいたのだが、実の所、先ほどから私の機体のサブディスプレーにはいちいち読み切れないほどの撃破ログが流れては消えていくというのを続けていたのだ。
すでに陽炎は距離が離れすぎてレーダー画面からは消えている。
だが今も高速で流れ続けている私の担当の撃破ログはいくらなんでも陽炎によるものではないというのだけは分かった。
いったいどんな手品を使ったものか、あの野郎は戦闘中の陽炎からその背部格納スペースへと移ってノーブルで戦闘を始めていたのだ。
そのせいか私たちの戦っていた敵部隊は速度を上げて距離を詰めてこようとしているのに対して、後方から迫ってきていたハズの輸送機群はいつの間にかその姿を消していた。
不殺を言い出した本人がこれほどに遠慮なく撃破ログを流しているのだ。
向こうがどうなっているかは分からないが、こっちも不殺とか気にするのもアホらしいというもの。
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