17 カモR-1
「落ちろよォォォォォっ!! ゼロっっっ! タイフゥゥゥンっ!!!!」
通信機越しにカミュの叫び声が聞こえてくる。
どうやら例のマンガ版での必殺技とやらを使っているらしいが、つい先ほどまで彼の圧倒的な技量とそれを可能とする身体能力に瞬きすら忘れてディスプレーから目を離す事ができなかったというのに、今はチラリとも視線を向けようとは思わなかった。
正直、リアリティ重視のロボットバトルの世界に必殺技なんて持ち込むような非常識に食傷気味というのもある。
HuMoで格闘技の技を繰り広げる奴もいれば、空戦技なんて使う奴すらいるのだ。
そんな事よりも大事なのはいつの間にか私のコルベットに潜り込んでいたヨーコをどうするかという事だろう。
「おっしゃ! 殲滅完了!! ……って、アレ……? 皆、どうかした?」
「おう、悪い。ちょっとそれどころじゃないんだわ」
「あい! お疲れちゃ~ん!!」
「あれ!? ヨーコちゃん? なんで!?」
9機の敵機をあっという間に全滅させたカミュにヨーコがキャプテンシートのマイクを使ってその労を労う言葉をかけると、やっとカミュも何があったのか理解した。
「と、とりあえず、予定通りにコルベットに乗ってから合流してくれるか?」
「お、おう。了解!」
マーカスの声もどこか心ここにあらずといった様子。
本来ならばカミュのやって見せた事は賞賛に値する事であっただろうし、マーカスは本来ならば必要ならば必要なだけの人心掌握術を行使できるだけの男である。
カミュが消費した弾薬はビームライフル2発分だけ。戦闘時間を考えればビームダガーもまだ十分に使用可能であろう。
これからどれだけの戦闘をこなさなければならないのか分かったものではない以上、弾薬の消費は少しでも抑えなければならないわけで、カミュはその制限の元で最小限といっていいくらいの消費で敵を撃破してのけていた。
時間をかければビームライフルを使用せずに敵を倒す事も可能であったのかもしれないが、それでは前進を続ける本体との合流に時間を要する事になる。
そういうわけで弾薬をなるべく使わずに、それでいて手早く敵を倒して合流しなければならないわけでカミュは最高の状況で勝利を収めたといっていい。
十分に賞賛に値する事である。
だがマーカスはそれどころではない様子でカミュに合流を指示する。
やはり彼もヨーコの行動が予想外であったのだろう。
それからしばらく通信機はまるで故障でもしたのではないかと疑いたくなるくらいに沈黙したままで、やっと10分ほどしてからカミュから通信が入ってくる。
「機体の搭載完了。これから速度を上げてそちらに合流予定」
「了解。推進剤やらの補給も忘れるなよ」
「大丈夫だ。問題ない」
空中船団から離れたコルベットが敵に向かい、搭載したHuMoを発艦させて交戦。
戦闘後はコルベットが高度を下げて再び搭載。
機体を艦内の搭載スペースに固定後に再びコルベットは高度を上げて加速、船団との合流を目指す。
当然ながら再び空中船団と合流するまでは船団に新たに危機が迫っても対応する事はできない。
他の者が対応するしかないのだ。
9機の敵機を相手にカーチャ隊長がカミュを単騎で向かわせたのには彼の力量を示しておくという他にもこのような理由があったのだ。
「合流までは30分ほどか……」
船団は今も時速350kmほどで飛行中である。
コルベットの全速は約500km/h。
次の敵がいつ現れるのかは分からないが、場合によってはカミュの合流前というのもありえる話である。
そうなればマーカスかカーチャ隊長が出なければならない。
次の次がちゃんとインターバルを置いて出てきてくれるとは限らないという事も考えれば相手の戦力次第では2人を温存するために私が出るというのも考えなければならないわけだが、そうなるとヨーコの身を危険に晒す事になりかねない。
一応はコルベットはHuMoの後ろで必要に応じて火力支援などを行うという予定ではあるのだが、HuMoの後ろでも船団の前という事には変わりがないのだ。
そもそもがいざとなったら船団の盾としたり囮にしたりと想定していたがためにコルベットの乗組員はアシモフ・タイプばかりなのである。
なら私のパイドパイパーの後ろに乗せていくか?
いや~……、それもどうなんだろうな?
これがマーカスの後席だったなら両手離しでそうするべきだと賛成するのだろうが、生憎と私はそこまで自分の力量を過信してはいない。
ヨーコがここにいるというだけで私とこのコルベットは護衛部隊の本来の任務をこなせないようなものである。
「……少なくとも今日の内はサブちゃんはよほどの事がない限りは使わない戦力予備という事でどうだろう?」
「そうするべきだろうな」
マーカスとカーチャ隊長も大体は私と同じ事を考えているようで2人は私のとこの艦長役のアシモフを交えて打ち合わせを始めた。
「そういうわけでだ。君たちはよほどの事がなければ予備というわけで、船団がミサイル攻撃を受けた時なんかは時間的余裕がある時は迎撃を君の艦に任せたい」
「他の艦のミサイルを温存したいというわけですね。了解しました」
なにぶん小型のコルベット艦である。
ミサイルやらの搭載数も少ないわけで前線に向かう艦の弾薬を温存しようというわけだ。
だがミサイル攻撃を受けている時に「時間的余裕がある時」なんてどれほどの確立であるのだろう?
わざわざ3隻のコルベット艦で三角形を作ってその中に船団を収めるという形の陣形を作っているのは対空ミサイルの迎撃のし易さという理由もあるのだ。
そういうわけで迎撃に時間的猶予がある時は私のコルベットに任せるだなんて半ば机上の空論に過ぎない。
私のド肝を抜くような奇策でもなければ、理路整然とした理論要塞を思わせる正攻法でもない。
マーカスにしては珍しい場当たり的な判断であった。
そして、それにカーチャ隊長も同意せざるをえない。
そう言わざるをえないほど2人は苦渋の決断を迫られたという事だろう。
「……ふぅ、噂をすればなんとやら、だ」
「昨日、聞いていた西のレアメタル採掘場の防衛部隊か?」
いつの間にはレーダー画面に新たに赤点が表示されていた。
北東の赤点は次々とその数を増やしていき、10を超えてもまだ増え続けている。
だがカミュのコルベットはだいぶ近づいているものの、まだ合流できていない。
「だろうなぁ。山の陰でレーダーからは隠れていると思っていたが、ドローンにでも見つかったか? まあ、そんな事を考えていてもしょうがない。次は私が行こう」
「任せた。各機長、進路を北に変えるぞ! コルベット1番艦は船団を離れる。各自しっかりと方角を確認しろ!」
船団の先頭を飛んでいたカーチャ隊長のコルベットが加速して離れていく。
これからはしばらくマーカスが1人で後ろから船団全体を見渡して指示を出していかなければならないのだ。
私は自分が何もできない歯がゆさを噛みしめていると先ほどのカミュの戦闘にならって何も言わずに艦長がカーチャ隊長のコルベットからの映像を天井大型ディスプレーに表示させる。
「おいおい、何だよありゃ……!?」
一言でいうとカーチャ隊長の機体はドラム缶であった。
ドラム缶に手足を付けて、レールによって可動するカメラを付けたような機体。
純白の塗装はいかにもな高級感がただよっているが高級だろうがドラム缶はドラム缶だ。
「キャプテン、あの機種を知っているか?」
「いいえ、生憎、私はしりませんね。……本艦に乗り込んでいるアシモフ・タイプは皆、あの『カモR-1』という機種を知らないそうですよ?」
私もあんな機種など知らない。
読み間違えかと思って何度もレーダー画面に目をやるが、やはり何度見てもそこに表示されている機種名は「カモR-1」というものでしかなかった。
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