16 思わぬ同乗者
それはおよそHuMoという兵器がとる機動とは思えないものであった。
まるで人間、いやカミュが駆る試製零式汎用HuMo「ヨシツネ」が敵に向かって駆け抜けていく様子は人間の走り方と比べてもなお異質なものである。
敵の眼前に降下した零式は両手に装備させた2本のビームダガーを頼りに敵機へと襲いかかっていた。
スラスターを併用しながら駆けるというのは一般的なHuMoと同様だが、1歩ごとに大きく曲げて機体を沈み込ませて機体の
「あの機体のサスは一体、どうなってんだ?」
「試作機ゆえに設定の煮詰め方が甘いんじゃないか? で、それを
「……よ~やるわ」
明らかに異質の瞬発力、異次元の加速。
結果として3機並んだ敵小隊の真ん中の機体はあっという間に胸部にビームの短剣を差し込まれていた。
そのままパイロットを絶命させて意思を失った敵機を背にする事で盾にして再びカミュはあの独特の走り方で別の敵機へと近寄っていく。
これが人間なら大きく膝を曲げて姿勢を落とした走り方というのも効率こそ問わなければやってやれないという事もないのかもしれない。
だが零式は全高15m級の有人ロボットなのだ。
1歩ごとに大きく膝を曲げて腰を落としてから一気に脚力で跳ね上がる。
一体、胸部のコックピットにいるカミュには一体どれほどの負荷がかかるというのだろうか?
いかに耐Gシートがあろうともカミュは1歩ごとに数メートル単位の上下運動を繰り返しているのだ。
本来ならば機体駆動用のソフトウェアによってリミッターがかけられているのだろうからそんな事にはならない。
HuMoを走らせただけでパイロットが酔ってしまってしまってはゲームにはならないのだ。
基本的にHuMoというものはできるだけコックピットのある胸部を上下させないように走るように作られている。
それでは速度が上がらないからスラスターを併用するのだし、なんなら長距離を走る時は脚力を使わないスラスターのみでのホバー走行が推奨されているのだ。
だがカミュは常識外れに機体を大きく上下させて結果的に機体の瞬発力を十二分に活かした走行で敵との距離を一気に詰めていた。
2機目。
カミュの変態機動に対応しきれずに懐に飛び込まれた敵機は脇腹からビームダガーを刺しこまれてジェネレーターは損壊。
ダガーが引き抜かれると破孔からプラズマの火柱を上げてそのまま大地へと倒れていく。
「……よ~やるわ」
再び私の口から漏れ出た先ほどと同じ言葉。
わずかな羨望とそれ以上に大きな呆れ。
量産型AIの1体である私としては運営の寵愛を受けているカミュに対してもっと大きな羨望と嫉妬が沸いて出るものかと思ったが、ここまであからさまだとむしろ呆れたという感覚の方がしっくりくる。
パイロット席にはシートベルトがあるとはいえ、バーテンダーのシェイカーの中に入れられたかのような能力を与えられたとして私はきっと使わないだろう。
ビョンビョンとバッタのように、ウサギのように大地の上を跳ねた零式は3機目もあっという間に倒して右手のビームダガーを膝の脇に納めてから再びビームライフルへと手を伸ばす。
今度の標的は後段の小隊の1機であった。
「なるほど、敵の小隊の指揮官を真っ先に倒していったというわけだ。最初の1射で中段の小隊指揮官を倒して前中後の連携を潰し、中段からの援護が受けられないまま前段の小隊は全滅。それから後段の指揮官も今、潰された」
「ああ、彼は実際に
事実、カミュのパイロットとしての腕前だけならば並の
このゲームの正式サービス開始初日にマーカスが戦った無印ホワイトナイトはあっという間に撃破されていた。
あのホワイトナイトのパイロットよりもカミュの技量が劣ったものだとは思えないのだ。
もちろんUNEIの
第一、不意を突かれた上に、そもそもHuMoの操縦に慣れていなかったとはいえノーブルを駆るマーカスが被弾したのはあの時だけ。
ただそれでもカミュが彼らを超える腕前の持ち主であるのに疑いの余地はない。
多分、彼が見習い隊員のままであるのは技量とか技能とかではなく、中立都市の人々を守る防衛隊員としての心意気という面なのかもしれない。
なるほど。
中段の指揮官を倒し、それから目の前の敵と戦う。
それは確かに効率という面から見れば正しいのかもしれない。
だが己の身を盾として人々を守る中立都市防衛隊員として考えてみたらどうだろうか?
天井の大型ディスプレーを見上げながらそんな事を考えていると不意にこの場にいるハズの無いものの声が聞こえてくる。
「なるほどにぇ~。仮面の姉ちゃんはともかくあの子もUNEIの手先って聞いた時はホントかよって思ったけど、それだけの力量はあるって事なんだにぇ~!」
「…………」
その声は落ち着いた大人の男性の声を発するアシモフ・タイプとはまるで別物。
子供、それもまだ幼い幼女のものであった。
思わぬ事態に私が口をパクパクとさせていると半ば乾いた唇が触れて「パ……パ……」と変な音を立てたのを聞いてマーカスが怪訝な声で問うてくる。
「うん? どうした、サブちゃん?」
「ま、ま、マーカスぅ~……、ヨーコ、ここ、いた~……」
「は!? なんで!?」
「おいおい! ヨーコ君は輸送機に乗ってるハズだろう!?」
しばらく私の意識は天井のディスプレーに釘付けだったためにヨーコがいつからそこにいたのかは分からない。
だが、いつの間にか私の腰の辺りまでしかない背丈の幼女が隣にいたのだ。
今回の脱出計画は非常に厳しいものとなるとの予想のもと、ヨーコのような幼い子供に見せない方が良い事も多々あるだろうという意見はマーカスとカーチャ隊長の間で一致していた。
そのため彼女は輸送機の貨物室でただの運ばれる荷物として、ミッションの主権は私たちに一任してもらうハズであった。
「あ、安心してよぅ。約束どうり、依頼さえしっかりこなしてもらえれば口を出す気はないよ~! ただ黙って窓も無い貨物室で揺られてるだけってのは我慢できなかっただきぇ~」
ヨーコは駄菓子でも突っ込んでいるのがお似合いであろう小さな口を固く結んで腕組みしながら私と同じように天井のディスプレーを見上げていたが、どう考えても戦闘艦の艦橋には不釣り合いの可愛らしい姿でしかなかった。
「い、今まではどこに!?」
「離陸したらどうにでもなるだろって思ってトイレに隠れてたよ~」
「で、でもよりにもよってなんで私の艦に!?」
「ん~、『胡散臭いオッサン』と『目付きの悪いガキ』と『わけの分からん仮面の女』とはさすがに。にぇ~?」
一応、ヨーコにはカミュとゾフィーと名乗ったカーチャ隊長がUNEIの手の者だとは伝えてある。
だが、さすがにUNEIの隊長であるカーチャ隊長自身が乗り込んできているとは言えず、さらにヨーコのような一般NPCにはカミュがマンガ版の主人公だと言っても通じるハズもなく、その辺は濁して伝えてあった。
それが裏目に出た。
なにせ、このコルベットはいざとなったら捨て駒として捨てる予定であるし、その際は私はパイドパイパーで脱出するつもりであった。
もちろんそうなったらヨーコもともに脱出してもらうしかないが、よりにもよってヨーコのお守り役が私たちの中でもっとも技量に劣る私に回ってくるとは……。
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