20 一流プレイヤーの失策

「敵が持っている武器のランクくらいは見て分かるようになれ!」

「そら、目の前の敵が持っているサブマシンガンはランク2の物だ。なら被弾が避けられないなら砲弾の入射角をキツくするようにするんだ!」

「今度の敵はランク4のアサルトライフルだぞ! その位置なら1、2発の被弾は覚悟で射線を切れ!」


 いつの間にか、私とヒロミチさんの関係は教官とその担当訓練生のようなものとなっていた。


 すでに互いの格付けは終わっていたといってもいい。


 幾度となく私の拙いムーブに対して檄が飛び、慌てて彼の言うように動くという事の連続。


 今も敵に対して射撃を2発ほど命中させたところで回避を優先しろという指示が飛んで私はニムロッドを巨大工場の壁に隠して射線を切る。


 なんとか被弾は避けられたが、それでこれまでの無様を取り返せたとは思えない。


 むしろ私はヒロミチさんの経験に基づく確かな力量に舌を巻くのみ。


 つい先ほども彼の指示でニムロッドを半身にさせる事で敵機のサブマシンガンによる連射のほとんどを跳弾に抑えてダメージを最小限に抑えていたのだ。


 それが今度は回避を優先しろという指示。


 確かに今も私が隠れている壁に撃ち込まれる敵機の連射はヒロミチさんのガンポッドほどではないが高レートのもので回避していなければ大量の被弾で一気にHPヘルスを持っていかれていたであろう。


 今回の敵の主力であるウライコフ系の特徴は他勢力の同格機と比べて厚い装甲と高い火力。

 故にヒロミチさんは攻撃よりも防御、回避を優先しているのだ。


 攻撃は敵の隙を突ける時でいい。


 壁の向こうから特徴的な布を一気に引き裂くような連射音が聞こえてきて、すぐにブ厚い金属を撃ち抜いて砕く音が混じる。


≪小隊メンバーがオデッサを撃破しました。TecPt:4を取得≫


 まもなくしてサブディスプレイの撃破ログが1行、追記される。


 いかに高い火力があろうと当たらなければ意味が無い。

 そして厚い装甲を誇る機体であろうと背面から撃たれてしまえば容易く貫通されてしまう。


 もちろんそんな事くらい私だって分かっている。


 だが最初からランク3のニムロッドに乗っていた私にはどうもゴリ押しの癖がつき始めていたのか、セオリーを忠実にこなしていくヒロミチさんほど的確に動けないでいたのだ。


 身体に染みついたこのゲームのセオリー。

 ゲーム内全てのデータを網羅しているかのような知識量。

 自機、僚機、敵機の様々の要素からなる戦力差の把握。

 それらを複合的に考えた上で瞬時に判断を下せる決断力。


 なにより彼はただの頭でっかちではない。

 卓越した操縦技術が無ければいかに優れた知識と決断力があったとしてもそれを十二分には活かせないだろう。


「ところでライオネスさん。残りの敵機はもう少ないだろう。ウチのポンコツロボットにもスキルポイントを稼ぐ機会を与えてもらえないかい?」


 その言葉はつまり「お前の腕前はもう見せてもらった。そっちももういいだろう?」という意味合いであるのは明白であった。


「……ええ、どうぞ」


 屈辱だと思う事すら恥ずかしい。

 きっと、いや、間違いなく一流のプレイヤーであるヒロミチさんに対して私はまだあらゆる物が足りていない。


 難民キャンプの月光や姉の機体をパクったマサムネさんと戦った時のように接近戦で1対1で戦えば負けない自信はまだある。


 それと同時に私は彼なら接近戦に持ち込まれる事を許さないだろうという確かな実感があったのだ。


 だが、だがだ。

 私が彼に劣っているのは今日の話に過ぎない。

 私の知識が、戦術眼が、判断力が足りていないのは、あくまで“まだ”という事だ。


 今日のところは気持ち良く彼の方が格上である事を認めよう。

 その上で彼と共に戦う事で近くで彼の持っているものを見て盗む。


 それがノーブルを奪ったパイロットへの雪辱への近道となるような気がしていたのだ。


「そら! アシモフ! ミサイルなり爆弾で敵を仕留めてみせろ!」

「了解、了解。お客さんに失礼がないように適当にやらせてもらいますよ!」


 自身の担当AIに対して攻撃命令を下すヒロミチさん。


 だが私たちはすぐに気付く事になる。

 それこそが彼のこのミッションにおいて最大の失策であるという事を。


 今はまだ迫る危機に気付かず私は上空から響いてくる重低音のサイレンのような飛燕が急旋回で大気を切り裂く風切り音を聞きながらマップ画面を見ながらヒロミチさんの烈風の後を追う。


「あっ!? おい、馬鹿ッ!!」

「え!?」


 不意に通信から聞こえてきたヒロミチさんの声。


 何が起きたのかはマップ画面を見ればすぐに私にも理解する事ができた。


 対地攻撃を開始したアシモフの飛燕は後ろに乗っているマモル君へのサービス精神のつもりだろうか無理な攻撃を仕掛けてしまっていた。


 別に飛燕が危険に晒されたわけではない。

 地上の小隊メンバーをフレンドリーファイアで吹き飛ばしてしまったわけでもない。


 だが飛燕から投下された誘導爆弾は敵機とともに工場群を破壊し、今まさにそこを通り過ぎようとしていたヒロミチさんの通路を塞いでしまっていたのだ。


 あるいはヒロミチさんがβ版時代に相棒にしていた補助AIならばそんな事はしなかったかもしれない。


 β版プレイヤーは引き継げる物は己の経験だけ。

 彼が犯した失敗は自信の相棒の力量のほどを図り損ねていたという事だろう。


 そして彼の烈風のすぐ後ろには2機の敵機が迫ってきている。


 スラスタージャンプで崩れてきた瓦礫を跳び越えるのか?

 いや、私のカメラでも捉えた敵機は1機がヘビーマシンガン、もう1機がドラムマガジン付きのショットガンを装備している。

 空に上がって速度を落としてしまえば、たちまち弾幕の雨を浴びせられて鉢の巣にされてしまうだろう。


 2機の敵機がそろってその手にした銃器を構えた時、私の頭に一気に血が昇っていく。


「やらせるかぁぁぁあああぁああぁぁぁ!!!!」


 もはやビームソードを抜いている暇すらない。

 ニムロッドはライフルを持ったまま肩からぶつかる勢いで敵へとぶつかっていく。

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