13 疑念とマンガ

 大気を切り裂き、気流に乗り、翼のように四肢を振って大空を駆ける白い甲冑を着込んだ騎士を思わせるHuMo。

 その側頭部には羽根飾りを思わせる金色のアンテナが。


 私が見間違えるハズがない。

 ホワイトナイト・ノーブルだ。


 広い主翼に左右一対ずつの垂直尾翼と水平尾翼、さらに機首にも一対の前翼カナードを持つ飛燕は脚さえ折り畳んでしまえばそのシルエットは航空機そのもの。

 対してノーブルはオーソドックスな人型の機体。


 空での空中戦ならばスラスターの推力の他に翼の揚力を使える飛燕の方が圧倒的に有利だろうに、それでも飛燕の攻撃はまったく当たらないのだ。


「運営チームもこのPVを作ってた頃はノーブルがパクられるだなんて想像もしなかったでしょうね」

「……………………」

「お姉さん?」

「そう……かしらね……?」


 マモル君は運営チームの災難を笑うように軽い調子で言う。

 その言葉はもっともであるのだが、それでも私には素直に彼の言葉に同意する事ができなかった。


 パソコンのディスプレーの中で大空を今も舞うノーブルは時にシンクロナイズドスイミングのように軽やかな動作で火線を避け、時に空に見えないジェットコースターのレールが敷かれていてそれに乗っているかのように荒々しく駆け回る。


 果たしてそれはノーブルの本来のパイロットであるカーチャ隊長のキャラクターに合ったものなのだろうか?


 全身のスラスターを巧みに推力を調整しながら飛燕の攻撃を回避していく繊細さはカーチャ隊長らしいと言えばらしい。


 だが時に荒々しく両手両足を振り回して空中でスピンして無理矢理に進行方向を切り替え、機体各所の突起から白い飛行機雲を生じさせて跳ね回る様はとてもカーチャ隊長らしいとは思えないのだ。


 繊細でいながらも大胆。


 いや、そもそも人型のノーブルが航空機型の飛燕に空中戦を挑むなどいかに繊細な操縦を見せようとも根底からして大胆不敵なのだ。


 これはむしろカーチャ隊長というよりも……。


 やがて飛燕とノーブルは両者示し合わせたかのようにロールやスピンしながらも互いに距離を詰めていく。


「そういえば、なんでノーブルはあのライフルを持ってないのかしらね?」

「そういえばそうですね。それにノーブルは右手首にビームガンを装備されているハズですが、それも使ってないみたいですね」

「……魅せプってこと?」


 ノーブルの手に持たれているのはライフルではなくビームソードである。

 ビームソードを進行方向に向ける事で大気を切り裂いて空気抵抗を減らして機体を加速させるために使っているようだが、空中戦で白兵戦用のビームソードで一体どうやって戦うというのだろう。


 舐めプだか魅せプだか知らないが、私は頬がカ~と熱くなっていくのを感じていた。


 ノーブルが戦っているのは誰が乗っているのかも分からない飛燕だというのに、まるで自分自身が煽られているように思えてならなかったのだ。


 しかもだ……。


 飛燕とノーブルは激突するかに思われた。

 だが、迫る飛燕を回避して急上昇したノーブルはまるで死刑宣告のようにビームソードの切っ先を飛燕に向けると急降下で飛燕に飛び掛かっていく。


「まさか空中で白兵戦を仕掛けるつもり!?」


 いや、違う。


「な、なんで!?」


 ビームソードが飛燕に振られる事はなかった。

 それどころかビームガンも火を吹く事はない。


 ノーブルが衝突寸前、ギリギリを掠めるようにすれ違っただけで飛燕は失速してしまっていたのだ。


 まるで何かが叩きつけられたように、壁にぶつかったように自由を失った飛燕であったが、そのまま下降しながら再び翼が揚力を得ることができればまだ飛ぶことは可能だっただろう。


 だがノーブルはそれすらも許さなかった。


 すれ違ったハズのノーブルが今度は急上昇して再びすれ違い、また急降下してと繰り返し繰り返し何度もノーブルは飛燕にすれ違い続けたのだ。


 ノーブルの手首のビームガンが火を吹く。

 だが、それは敵に向けられたものではない。

 ただ発射の反動を使って急制動をかけるためだけ。


 ノーブルのビームソードが向けられる。

 だが、その刃が敵を切り裂くということはない。

 ただ加速のために使われるだけ。


「ノーブルは敵を倒すのに武器すらいらないというの!?」


 上から。

 下から。

 右から。

 左から。

 幾度となく空中ですれ違う内についに飛燕が限界を超える。


 どこまでも高い青空に咲いた紅蓮の爆炎の華から現れた白いHuMoの装甲は傷一つ無い事を示すように七色に陽光を受けて煌めいていた。


『激化する戦場』

傭兵ジャッカルたちよ 新たなる戦場に備えよ!』


 そして画面は暗転。

 黒い画面に白字でテロップが流れ始める。


『イベント「バトルアリーナ 4on4」開催予定!』

『成績に応じて各種豪華景品をGETしよう!』

『フレンドと共に戦え ジャッカル!!』


 新イベントの告知をもって動画は終わる。


「はえ~……、あ、公式サイトにも新イベントの告知がアップされてるみたいですよ?」

「……そっちは後回しにしましょう。それよりもマモル君、タブレットを貸して頂戴」

「え? ええ、どうぞ……」


 新イベントとやらが気にならないわけではないが、私は自信の胸の中で渦巻く疑念を晴らす事を優先していた。


 マモル君からタブレットを借りて電子書籍のストアを開く。


「1冊680円? あ、2冊セットだと1200円か……」


 お目当てのマンガはすぐに見つかった。

 以前にチャージしておいた電子マネーの残高でも買える金額だったので即決。


「あ、いいな、いいな~! 僕にも読ませてくださいよ!」

「ええ、いいわよ」


 私が購入したのはマモル君がいつも読んでるコロンコロンコミックスで連載している「鉄騎戦線ジャッカル」のマンガ版である。

 横から見ていたマモル君が羨ましそうな声を上げるが、私が許可を出すと予備のタブレットを取り出してソファーに戻っていく。


 私もパソコンデスクのオフィスチェアーに座ったままタブレットでマンガを読み始める。


 児童誌で掲載しているマンガらしく、どうやらマンガ版の主人公はこのゲームのプレイヤー層よりもだいぶ幼い少年。

 だがその主人公の少年を取り巻く登場人物たちの中にお目当ての人物がいた。


『少年よ。機体のセンサーと火器管制システムFCSに頼り切りでは一流のHuMo乗りには慣れんぞ?』


 主人公を導く大人たちの内の1人としてカーチャ隊長もマンガに登場しているのだ。


『す、凄え!! まるで飛燕が自分から砲弾タマに当たりにいっているみたいだ!!』


 やはり大空を高速で飛び回る空戦型HuMoという個性は他にないものなのか、マンガ版でもノーブルは飛燕と戦っていた。


 そしてマンガではカーチャ隊長は飛燕の編隊に対して自身は空に跳び上がらずに地上から「見越し射撃」なる技でササッと撃破していたのだ。


 スマートでいながらカーチャ隊長の卓越した技量を窺わせるシーンである。


 そのエピソードで私は確信した。


 先ほどのPVに映されていたノーブルはあまりにカーチャ隊長の個性とはかけ離れている。


 アレは運営が本来、想定しているノーブルではない。


 つまりアレは……。




(後書き)

ちなみに第2.5章でノーブルがライフルを持ってなかったのは陽炎の格納スペースがトヨトミ系の機体をベースに作られているために入らなかったから。

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