15 着陸
センサー類こそ潰されたものの、まだ陽炎のHPはほとんど残っている。
陽炎もソニックブームを至近距離から当てられることなどは想定してはいないが、それでも被弾でカメラを潰される事は十分に考えられる事態であり、そのために用意されている予備カメラなどが展開して、すでに陽炎は視界を回復しているハズ。
なのに陽炎は動かない。
しばらくした後にやっと通信モードのタブレットから聞こえてきたのは微かなパス太の声。
「……す……、……ぐす」
それは子供らしい可愛らしい鳴き声ではあった。
だが、無力感に苛まされる者の慟哭に子供も大人も違いはなく、私の胸は締め付けられるような思いである。
「あ~! 泣~かした! 泣~かした! マーカスさんが~、泣~かした!」
キャタピラーが囃し立てるといたたまれなくなったのか陽炎は黙って格納庫へと戻っていく。
「……おう、マーカス、お前もとっとと下りてこい」
「うい~す!」
それにしてもアイツは何がしたいんだ?
ゲームの世界の中とはいえ私たちをソニックブームの余波で転ばして、リョースケを死なせて、パス太を泣かせる。
やはりマーカスが何かするとロクな結果にならない。
そんな私の気など知らずにF-15は悠然と大空を旋回しながら管制塔から着陸の許可を貰うとゆっくりと高度を下げて滑走路へと下りてくる。
先ほどまでの物理エンジンの挙動を疑うほどの戦闘機動を繰り広げてきた戦闘機が今はゆったりと巣へと戻ってくる大鷲のような雰囲気すら漂わせていた。
いくらマーカスとはいえ、着陸の時には他のパイロットと変わらないのだなと思うともしかしたらマーカスというプレイヤーを倒すには今しかないのではと思えてくる。
そうだとしても私には関係の無い話ではあるのだけれど、果たしてライオネスはマーカスに雪辱を果たす事ができるのだろうか?
私の事を友達だと思うと言ってくれた少女は随分と華奢な体をしているが、時折見せる闘志は苛烈である。
ライオネスがただマーカスに借りを返したいというならば、HuMoに乗って生身のマーカスを踏みつぶせばそれでおしまい。
でも、ライオネスはそれを良しとはしないだろう。
同じように仮に私が「マーカスがHuMoではなく航空機に乗ってる時の着陸のタイミングを狙え」と言ってもライオネスは聞きやしないだろう。
「……ほんと、厄介なヤツを目標に思い定めたものだよ」
戦闘機は危なげもなく滑走路を滑るように着陸し、通路を通ってエプロンを走ってマーカスの機体はこちらへと近づいてくる。
コックピットから降りて機体を整備員に預けたマーカスは一足先に地上に戻っていたリョースケとハイタッチを交わす。
「やあ、どうだったね?」
「よく分かんないけど凄かったってのは分かる!」
「ハハッ、君の体が出来上がっていたら、もう少しは耐えられたんだろうがね。どうだい? 君の病気の治療法ができるかどうかについて期待は持てなくても、大人になりたい、生きていたいって希望は出てきたかい?」
よくもまあ自分で死なせた子供相手にこうも訳知り顔の大人みたいなツラができるもんだと呆れるを通り越して感心してしまうくらい。
「……おじさんは僕が大人になれると思う?」
「さあてな。君も大人の嘘は飽き飽きだろうから俺は『分からん』と言うし、大人になれても戦闘機のパイロットになれるかは知らんけど、それでも真面目に勉強してれば航空機の免許とって、たまの休日に軽飛行機を乗り回す事くらいはできるかもしれんぞ?」
マーカスの言う事はどこまで本当なのだろうか?
そもそもマーカスも私もリョースケが何という病気で入院しているかも知らないわけで、私たちが何を言ってもそれは希望色に塗られた嘘なのではないかという気もする。
それでもマーカスが嘘を言っていたとしても、その気持ちも分からないではない。
僅かにリョースケを見下ろす男の目が細くなっていたのは、子供にはどうか希望を持って生きていてほしいと思っているのだろう。
私は私自身がそう思っていた事をマーカスの少しだけ淋しそうな顔に託していた。
「で、次はキャタピラー君だっけ?」
「え゛……!?」
「うん? さっき、『次はわ~も乗せてほしいさ~』なんて言ってたよね?」
リョースケの肩を優しく叩いた後、別の少年を向いた時には男はセンチメンタルな表情を振り払っていた。
「燃料の補給が終わったら行こうか? パス太君も潰したし、陽炎はパオング君が乗るかい? それともサブちゃん、あ、別に先生でもいいぞ!」
「いや、私はいいや……」
「私もパス!」
「生憎と私は仕事中でね。遊んでいるわけには……」
私だけではなく、パオングも栗栖川も首をブンブン横に振って陽炎に乗るのを断る。
「それじゃ誰も陽炎に乗ってくれんなら、スマンがただの遊覧飛行になりそうだな! その分、サービスしてやろう! どうだ? 限界ギリギリ、マッハ2.6で飛んでみようか?」
「あ! いいな、いいな~!」
「そ、それじゃ、またリョースケに……!」
「え、いいの!? ……あ、でも、まだデスペナ中だよ!」
Fー15が飛び立つ前はリョースケを羨ましがっていたキャタピラーもさすがに命の危険があるフライトはご遠慮被りたいようだ。
だが自分で言いだしたからか、それとも少年らしい見栄なのか、自分からは乗りたくないとは言えない模様。
視線をあからさまにグルグルと動かして周りに助けを求めるが、私たちだって自分にとばっちりがきても面倒だ。サッと視線を逸らして哀れな仔羊がせめて苦しまないようにと祈るしかない。
「……そ、そうだ! お、温泉!」
「おんせん?」
「ウ、ウチの大浴場は日本各地の温泉を再現してるんだけど、マーカスさん、疲れてない!?」
自分を救う事ができるのは自分だけであると悟ったのか、キャタピラーの口から出た苦し紛れの言葉は存外にマーカスの琴線に触れたようである。
「きょ、今日はたしか別府のなんとかって温泉旅館の湯を再現してるらしいさ~!」
「……別府か、いいな」
「そ、そうでしょ!? せっかく来たんだから風呂に入っていけばいいさ~!」
マーカスが私をチラリと懇願するような目で見てくるので「良いんじゃないか?」と返してやる。
自分に火の粉が降りかかってくるならゴメンだが、さすがに「温泉に入りたいです」ときて「それじゃ戦闘機に乗れ」とはならないだろう。
てかコイツ、そういうとこだけは
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