12 世界でもっとも危ない安全地帯

「いいな、いいな、いいな~!! マーカスさん、次はわ~も乗せて欲しいさ~!!」


 燃料を補給されたF-15はタグカーに引かれて滑走路脇のエプロンへと移動していく。

 その間に自室で飛行服に着替えて来たリョースケは両手にそれぞれ持ったヘルメットの片方をマーカスへと渡した。


 パオングから経緯を聞いたキャタピラーが羨望の目を向けるとリョースケは照れくさそうに顔を赤くして綻ばせた。


 リョースケの歳の頃は私よりも明らかに若く、ライオネスのとこのマモルよりも幼いように見える。


「あ~、もう。ヘルメットぶかぶかじゃない」


 パオングもリョースケのヘルメットを両手で挟み込むようにして動かしてサイズが合っていないのを確認すると一度ヘルメットを脱がせて自分のニットキャップを被らせてから再びヘルメットを被らせる。

 ニットキャップが詰め物代わりとなってヘルメットのベルトを締めると今度はしっかりと頭部に固定されたようだ。


 クールの印象のパオングですら浮かれたリョースケの面倒をみてやるほどに幼い男の子というのは可愛らしいものだ。

 ライオネスがあのこまっしゃくれたマモルを担当AIにしている気持ちも分かったような気がする。


「……よし、それじゃ行こうか?」

「お、お願いします!」


 パオングの工夫に満足そうに頷いたマーカスは自分もヘルメットを被るとリョースケの頭をポンポンと軽く叩いてから親指で窓の外を指す。


 敬語で思い切り頭を下げたリョースケの頭が膝に付きそうなほどに下がったのは緊張からだろうか? それともヘルメットの重さからだろうか?




「それにしてもマーカスさんが元戦闘機パイロットだなんて意外だったさ~! 自衛隊?」

「ん~、まあね……」


 私たちは栗栖川も含めてそのまま流れでつい格納庫の外まできてしまったが、まあ正直、子供相手の遊覧飛行なんぞ別に見なくてもと思わなくもない。

 だがキャタピラーたちは興味津々のようで、反対に栗栖川は複雑な表情を浮かべていた。


「まあ、先生も安心したまえよ。俺は一度も乗機を落とした事はないから!」

「いや、そら落とした事のあるパイロットの方が少ないだろうよ……」


 ここで「墜落させた事は無くても敵母艦に体当たりさせて機体を喪失した事はあんだろ!?」と突っ込んではいけないのだろうか?

 いや、そもそも栗栖川の複雑な表情の理由はリョースケを心配してというものでもないような気がする。


 だがそんな栗栖川の表情など気付いていないかのようにマーカスは振舞い、それでいて懇切丁寧にリョースケの面倒を見てやっていた。


 すでにエンジンに火の入れられたF-15の傍らに用意されていたタラップでリョースケを後部座席に座らせて自分も後席用のタラップに上がってシートベルトの付け方をレクチャーしてやる。


 遠目に見ている私たちですら2基のエンジンが立てる騒音に大きな声を出さなければ会話もできないほどなのだ。

 機体のすぐそばにいるマーカスは整備員とハンドサインを使って意思の疎通をしているが、そのきびきびとした大振りの動作すらリョースケのためのデモンストレーションのように思えてくる。


 ……いや、訂正。


 マーカスはリョースケの準備が終わった後にこちらをチラリと見てきたところを見るに、「リョースケのための」ではなく「私とリョースケ」にたいしてカッコつけてやがったのだ。


 コックピットの前席に乗り込んだマーカスはさすがと言うべきか、慣れた手つきで離陸前の諸準備を進めていき、それから通信機を使って私のタブレット端末へとコンタクトを取る。


「サブちゃ~ん、聞こえる~!?」

「おう、エンジンが五月蠅いけどなんとかな!」

「よし、それじゃ、オホン……。VR Sanatorium tower. Request……」

「あっ、スイマセン、英語で言われても分かんないんで日本語でお願いしゃす!」


 マーカスは流暢な英語で管制塔を呼び出して滑走路への侵入の許可をえようとしたようだが、お生憎様、現在の「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」では日本語以外の言語には対応していないのだ。


「ハハッ、マーカス! 英語が話せりゃカッコつけれるだろって、そりゃセンスが平成だなッ!?」

「締まんないなぁ。まあ、良い……。管制、離陸のため滑走路への侵入許可を求む。こちら……コールサインとかあるか?」

「臨時のコールサインとして『イーグル1』を付与。滑走路への侵入を許可します。現在、当航空施設周辺に航空機は無し。風向きは……」


 F-15のキャノピー越しにマーカスはこちらに手を振った後で整備員たちにハンドサインを出すと詰めていた整備員たちも機体の傍から退避していく。

 動き出した旧式戦闘機はその古い機体設計を感じさせないほど滑らかな動きでエプロンから滑走路へと動いていく。


「ふうん。意外ねぇ。てっきりVRのフライトシミュレーターで動かした経験があるのをフカしているのかと思ったのだけれど……」

「うん? フライトシミュレーター上がりとは何か違うのさ~?」

「大概、フライトシミュレーターって滑走路上に用意された飛行機を離陸させて、滑走路に降りてくるまでじゃない? 地上の移動もスムーズにできるってホントにパイロットだったのかしらね?」

「はぇ~!」


 意外そうな顔をするパオングと彼女の言葉を聞いて感心したような表情をするキャタピラー。

 だが私たちがのんびりとした顔でF-15を見ていられたのもそれが最後だった。


「管制、こちらイーグル1、滑走路へ移動完了。緊急発進の許可を求む」

「イーグル1、離陸を許可します」


 簡潔で過不足の無い通信内容。

 だが1つだけ剣呑な言葉が混じっていたのを私は聞き逃さなかった。


「……マーカスさん、緊急発進って何?」

「あん? さすがにこれは英語で言った方が分かり易かったかな? スクランブル発進って言えば分かるかい?」

「ちょ、おま……」


 私が制止するよりも先に戦闘機は走り出していた。

 回転数の上がったエンジンの轟音はだいぶ距離の離れた私たちをも重低音で包み込んで私は自分が声を出す事ができたかどうかも定かではない。


 自分の声さえも聞こえない私はただ通話が繋がったままのハズのタブレットへと叫ぶ。


「おま、スクランブルは知ってるけど、知ってるけど! なんで今スクランブル発進する必要があるんだ!?」


 果たして周囲を支配する轟音の元凶である機体に乗り込んでいるマーカスには私の声は聞こえているのだろうか?


 それでもグングンを滑走路上を加速していくF-15が私たちから距離が離れるにつれて騒音の中にも他の音を聞く事ができるようになっていく。


「ハッハハハ~! サブちゃん、せっかく戦闘機に乗るんだからスクランブル体験でもしてもらわんとな!」

「サービス精神が過剰過ぎる……!」


「お前はホントにその機体に乗っているのか」と疑いたくなるほど高らかに笑うマーカスにまたやり過ぎやがったと後悔が私の胸の中を重くしていく。


 際限無く加速していくと思われたマーカス機だったが3,000m級の滑走路の半ばすぎほどで機首を持ち上げて空中へと舞い上がる。


 いや「舞い上がる」なんてものではない。

 エンジンからの推力の他に主翼の揚力で空を飛ぶハズの航空機が何故にこうも急角度で空を駆けあがっていくのだと疑問に思わざるをえないようなエグい角度。


 正直、藍色に近い青空と同色のワイヤーが天から伸びていて、そのワイヤーに引かれていると言われたら、それを信じてしまいそうになるほどだ。


「……ッ! ……ッ……ゥ……! ……ィ……!」


 通信機越しに聞こえてくるそれはまるでカエルが押しつぶされているかのようでもある。

 果たしてそれはリョースケの声だったのだろうか?


 遠慮無しの急加速からの急上昇からくるGによって座席に押し付けられ、そのまま全身に自身の体重の数倍の重さが加わったような状態に腹筋が耐えられずに押された内蔵から空気が逆流して声帯を震わしたものを「声」と呼ぶことができるのならばそうなのだろう。


「あの……マーカスさん? 後ろに子供が乗ってるって知ってます?」

「なんじゃいサブちゃん、そんな他人行儀に。もちろん知っているとも! 知っているからこそ勉強を頑張ったご褒美をだね!」

「あの、だったらもう少し手心というものを……」

「安心したまえ! 私の後部座席は世界中でもっとも安全な場所であると自負しているよ!」


 話が通じているのか、いないのか……。


 そら確かにマーカスと同じ機体に乗っていたら敵に撃墜される心配は無いのだろう。


 そういう意味ではマーカスの後ろは世界でもっとも安全な場所と言うこともできるだろう。

 たとえ異星人が地球に攻めてこようとそこだけは安全だと言える。


 ただし、私には同時にそこが世界でもっとも危険な場所に思えてならなかった。

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