6 トイ・ボックス

「それじゃ、一応、警戒のために私が殿しんがりにつくわ」

「うん? 警戒が必要なのかい? それならこのデカブツが適任だろう。それに……」


 マーカスは先ほど飛ばしたドローンを操作する。

 私たちがこれまで来た道を警戒するようにドローンを後退させ、丘陵の向こう側の情報を送ってこさせ、それを陽炎が中継する事でデータを共有。


「それにしても何を警戒しているんだい? さっき『この辺じゃミッションは発生しない』って言っていたじゃないか。それなら武装犯罪者集団ハイエナもいないんじゃないのか?」

「それが良く分からないのさ~……」


 パオングに代わって私たちの最後尾についた陽炎のマーカスはキャタピラーたちに協力する姿勢を示す事で自然に彼らが警戒している相手について聞きだそうとしているようだ。


「分からない?」

「そうなのよね」

「『ミッションが発生しない』ってのは、運営の人が“上級AI”ってのに徹底させてるって話らしいんだけどな。オッサンの言うようにこの辺にはハイエナは存在すらしないから自然発生するタイプのミッションすら起きえないらしいぜ」

「なのに、こないだからちょいちょい『トイ・ボックス』の周辺で施設のものではないHuMoの活動が確認されてるのさ~!」


 キャタピラー、パオング、パスタの三者ともなんとも不思議であるという声ではあるが、それでもいくつか分かった事がある。


 まず、私たちが向かっている施設群の通称が「トイ・ボックス」であるという事。


 また周辺にハイエナが存在せず、周辺の環境を考えればわざわざ移動してくるというのも考えにくい。

 ハイエナや他のNPCが存在しなければミッションの発生のしようもなく、たとえば昨日の難民キャンプでのトクシカ氏の護衛ミッションのような「世界がそうある事を望んだミッション」もそれは同様。

 そういう意味では彼らが言う「この近くでミッションは発生しない」というのは信憑性があるように思える。


 そして、やはり彼らはこのゲームの運営を繋がっているという事。

 それもプレイヤーである彼らにこのゲーム世界の根底の管理を行う上級AIの事を伝えているという事は生半可な繋がりではないのだろう。


「そのこの近くにいたHuMoってのはプレイヤーなのかい、それともNPC?」

「それはプレイヤー、もしくはプレイヤーに付いてるユーザー補助AIさ~!」

「プレ機、いわゆる課金機体も確認されてるのよね」


 彼らがいうように一般NPCは課金機体を使う事はない。

 課金して入手する事ができるプレミアム機体交換チケットを1枚から複数枚と交換する事ができる機体たちは特別感の演出のためか、ハイエナや傭兵NPC、あるいは中立都市の周辺の三陣営のいずれも所有してはいないのだ。


「そういうわけでその理由を探るために私たちはミッションにも行かないで張ってたってわけよ」

「そこに俺たちが現れた、と……」

「まあ、他の連中は目立つドローンなんて打ち上げたりはしてこなかったし、こちらが近づいていけばすぐに逃げてくから話を聞く事もできなかったさ~」


 パオングとパス太の機体が光学迷彩シートを被って周囲の光景に紛れていたのはすぐに逃げてしまう不審者にできるだけ近づくための作戦だったわけだ。


「よく分からんが、まるであの施設を襲撃する前の事前偵察みたいだな……」


 しばし考え込んだ様子のマーカスが言った言葉はキャタピラーによって暢気に笑い飛ばされる。


「襲撃? ハハハ! 無い、無い! 『トイ・ボックス』にはそんな価値のある物なんて存在しないさ~!」

「まあ、HuMoならたくさんあるけれど、NPCの機体ならともかく、プレイヤーの所有する機体は奪えないようになっているんでしょ?」

「まあね。そんな素っ頓狂な事を考えるヤツなんてそうそういない事を祈ってるけどね」

「ハハハッ! サブちゃんたら、そんなマナーの悪いプレイヤーなんていないだろ!?」


 私の皮肉は伝えたい相手には伝わらなかったようだ。

 別にマーカスはこれまでプレイヤーの機体こそ奪おうとはしていないが、マナーの悪さならどっこいだろう。






 それからほどなく、件の不審者が姿を現す事もなく私たちは建造物群へとたどり着く事ができた。


 遠くからでも分かっていた事だが、いくつもの建造物を山の斜面に沿わせて組み合わせたような施設は息を飲むほどに巨大な代物である。


 私とマーカスはキャタピラーたちや施設の誘導員に導かれ滑走路を越えてHuMo用格納庫へと案内される。


「見ろよ、サブちゃん。あそこの看板、こうもあっさりと“答え”を出されると白けるよなぁ~」


 陽炎が指さす格納庫から施設内への出入口には大きな木製の看板がかかっていて、そこには「国立沖縄特定指定小児医療センターVR療養所」とデカデカと書かれており、その脇には小さく「協賛 株式会社VVVRテック」とあった。


 言うまでもなく、VVVRテック社とは「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」の開発運営を行っている会社である。


「答えって、どういう事だよ? それにあの“蛇”と“杖”のエンブレムは一体……?」

「落ち着きたまえよ。別に変な所じゃないさ。それに“尾を食む蛇”と杖の紋章は『カドゥケウスの杖』と言って医療関係ではよく使われているものさ」


 格納庫の中は陽炎のような大型機でも余裕を持って進めるほどに広大で、100以上はあろうかというハンガーにはそれぞれHuMoがいつでも出撃できるような状態で駐機されている。

 確かにパオングが「HuMoならたくさんある」と言うだけはあるが、私の想像を遥かに超える機体数であった。


 私たちは誘導員に先導されて大型機用ハンガーへと向かう途中、この謎の施設について話していた。


「“死”と共に“再生”を象徴する2匹の蛇が絡み合った杖というのが一般的な『カドゥケウスの杖』だがね」

「2匹の蛇と杖……? あ、それなら中立都市サンセットの救急車に描かれてたかも!」

「おお、多分、それだよ。まあ、絡みあった2匹の蛇はDNAの二重螺旋構造にも例えられるから、ここではより古式の“尾を食む蛇”が使われているのだろうね」

「だから、どういう事だよ!?」


 そういえば円を描くように丸くなった蛇とその真ん中に配置された杖のエンブレムはキャタピラーたちの機体にプリントされたものと同一のものであった。


 昨日、難民キャンプの地下駐機場でキャタピラーのズヴィラボーイを見た時にも不思議に思っていたものだ。

 なにせHuMoにエンブレムを付けるプレイヤーは珍しいものではないし、動物をモチーフとしたものも多い。だが蛇は狼や虎あるいは龍などと並んで人気のあるモチーフではあったが、キャタピラーの機体に描かれている蛇は獰猛さとか冷徹さとか兵器とモチーフの動物とを結びつけるような勇ましいものではなかった。


 それも医療関係の施設のエンブレムだったのならば勇ましさの欠片もないのも納得だ。


「ここには遺伝子の不都合で苦しんでいる子供もいるのだろう。だからDNAの二重螺旋を連想させる“絡み合う2匹の蛇”を使わなかったんじゃないかってことさ」

「いや、そもそもここはどういう施設なんだよ!? そっから説明してくれよ!」


 私は巨大な施設に、立ち並ぶ100機以上のHuMoに、広大な格納庫に気圧されていたのかもしれない。

 中々に真相について触れないマーカスに対して、つい言葉を荒げてしまっていた。


「サブちゃんはこのゲームの根本であるVRの技術が元々は医療目的のものだったとは知っているかい?」

「そりゃあな。異星人からもたらされた技術ってヤツだろ?」

「ここではゲームの世界の片隅で本来の医療行為が行われているってことだよ。ほれ、こないだパパ、ポンポン痛くしてゲームの世界に逃げてきただろ? アレと似たような事を国ぐるみで大々的にやってるのがここってわけだ!」


 VRヘッドギアを介して脳へと送られる電気信号はあたかももう1つの世界へ潜り込んだような感覚を与えるものだ。

 その際には本来の肉体がどれほどの苦痛を感じていても脳は知覚する事ができないのだ。


 つまりはキャタピラーたちは「国立沖縄特定指定小児医療センター」とやらに入院している子供たちで、彼らは耐えがたい苦痛から逃れるために「鉄騎戦線ジャッカル」の仮想現実の世界へと来たということだろう。

 その子供たちのゲーム世界内での拠点がおそらく「VR療養所」なのだろう。


「あの~、マーカスさん? それ、激辛ラーメンで腹を痛くしたのと同列で語っていいヤツなんです?」


 いつもと同じようにあっけらかんとした様子のマーカスに対し、あまりに深刻な事実についつい敬語になってしまう。

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