58 旋風、巻き起こすは飛竜

 まるで世界に私と月光の2人しかいないかのような感覚だった。


 近くで私たちの戦いを見守っているハズのサブリナちゃんや中山さんたちの事は意識から外れ、マモル君の声も届かない。


 近づいては離れて刹那の攻防を繰り返す私たちはある種の動物が発情期に見せる求愛のダンスにも似ているだろう。


 いかに愛し合う男女と言えど今の私ほどに自分のハートをぶつけるような事があるだろうか?


 そして月光もまた私の銃撃や剣撃の愛撫に良く応えてくれていた。


 自分が殺されまいと、私を殺してこの場を切り抜けようとしている月光のハートが伝わってきて死にもの狂いで繰り出してくる銃撃と斬撃が私の肉体を傷つけるたびに愛おしさすら感じるほどだ。


 熱探知センサーに引っかかる危険すら捨ててスラスターを盛大に吹かしながら動き回って反撃を加えてくる月光に、己が肉体自体をぶつける勢いで追い縋る私。


 両者の攻防は獰猛極まりない野獣の交接にも似ていただろう。


(……ありがとう。本当にありがとう)


 私の闘争心は感謝となって拳を突き動かしていた。

 弾切れとなった拳銃を敵目掛けて投げつけて突き出した拳は月光の顔面を捕らえる。


 だが月光の殺意は私の左の前腕を突き刺す。


 私がこれからどれほどの長さの人生を送るかは分からないが、目の前の月光ほどに剥き出しのハートを交わし合うような恋人ができるのだろうか?


 感謝しかない。

 だからもっと、もっと、もっと全力で戦いたい。

 全身全霊をもって月光に食らいついて、蹂躙し、叩き潰してあげたい。


 そうでもしないと私の魂を震わすほどの感謝を伝える事はできないだろう。


 私に残された武器は少ない。

 捨てた拳銃はどうせこんな互いに殴り合うような距離での戦闘では弾倉交換の暇すら与えてくれないだろうから良いとして、私に残されているのは右手に持つビームソードに腰部マウントラッチに取り付けている重く反動制御が難しいライフルだけ。


 CIWSの弾はまだ残っているが、25mm弾ではロクなダメージは与えられないだろう。精々、先ほどのように顔面に浴びせてセンサーを潰すのに使えるくらいか?


 だが問題は無い。


 武器なんかなくても私は月光と愛し合う事ができるのだ。


 前腕に突き立てたナイフを抜いた後、月光は距離を取るべく後ろへと下がる。

 対する私はその場で構えを取った。


 逆手に持ち換えた右手のビームソードと、顔の高さまで上げた左拳。

 剣を持っている以外は高い位置で構えたファイティングポーズといっていい。


 いつもなら低身長の私が背丈のある相手と戦うための構え。

 今は背の低い月光を上から殴りつけるための構えといえよう。


 そして私の構えを見た月光はサブマシンガンを捨てて駆け出す。


 嗚呼、大容量マガジンを付けたサブマシンガンが弾切れになるまで私に思いの丈をぶつけてくれていたのか。


 一直線に向かってくるほどに私を倒そうと、殺そうと焦れていたのか。


 焦らしてしまって申し訳ない。

 私の情熱に応えてくれた結果だというのに自分が悪い女であるかのような罪悪感に襲われる。


 大丈夫、お前の熱も殺意も全部、私が受け止めてあげる。


 もうこれ以上は無いと思っていた限界をあっさりと越えて上昇し続ける私の中の熱は逢瀬の時を今や遅しと待ち構えていた。


 姿勢を低くして突進してくる月光。

 タックルではない。

 私の頭の中によぎったのは第二ウェーブ開始前に見たハリケーンの損傷個所。


 低い姿勢のまま突っ込んできた月光は激突するか否やの瞬間に地面を蹴って反転、今度はのけ反るような姿勢で私のファイティングポーズの隙間を狙った蹴りを繰り出す。


(思ったとうりッ! もらった!!)


 左脇腹を狙った月光の足先のナイフ。

 私はビームソードも投げ捨てて敵の脚を掴んだ。

 左腕でガッチリと敵の足首をロックし、右手で脹脛を掴む。


 なんとか敵のナイフが私の重要区画に突き刺さる前に掴めたことで損傷を負ったのは装甲だけに留まる。


「受け取れぇぇぇぇぇッッッ!!!!」


 そのまま敵の脚を自分の脇腹に押し付けるようにして私は跳ぶ。


 全身のスラスターを全開、脚力も使ったきりもみ状態のスピンは果たして私の思いの丈を伝えてくれただろうか?


 いや、その場で3回転しただけなのに私が掴んだ月光の脚部は私の思いを受け止めきる前に膝からボッキリと折れ、もげてしまっていた。


 廃墟の中で仰向けになって倒れた月光と、私の両腕が掴んだままの左脚。


 夢がゆっくりと覚めていくような、私の中の熱がどこかに空いた穴から抜けていくような脱力感。


 私は月光の脚部を放り捨てて天を仰ぐ。






 私は汗で濡れた手をツナギ服で拭ってから再びコントロールレバーに戻し、ニムロッドに腰部マウントラッチからライフルを取り出させる。


 月光は未だ倒れたままだがサブディスプレーに視線を移すとHPはまだ半分近くも残っているようだ。


 とりあえずライフルの単発射撃で月光の右脚と頭部を撃ち抜いてからオープンチャンネルの通信で月光のパイロットへと呼び掛ける。


「……聞こえる? 今から10、カウントするわ。10カウント後に貴方の機体を撃破する。逃げられるならとっとと逃げなさい。イ~チ、ニィ~イ、サァ~ン……」


 肩が重い。

 戦いの熱が去った後の脱力感は私を蝕み、たった10カウントするのさえ億劫であった。


 それでもあれほどに熱くぶつかりあった相手への御愛想とばかりに半ば義務感でカウントを進めていくと7カウントに差し掛かったあたりで月光の胸部装甲が展開して開き、中から現れたコックピットブロックもハッチが開いて中からゆっくりと長い髪のパイロットが足をもつれさせながら這い出してくる。


「シ~~~チ、ハ~~~チ、キュ~~~ウ!」


 脱出する気なのならばとわざとゆっくりとカウントを進めていく。

 私が月光のパイロットに宣言したのは「10カウント」であって「10秒」ではないのだ。


 やがてよろよろと機体の上に立ち上がった月光のパイロットはなんとか歩こうとするものの、しかし脚をもつれさせて倒れ、そのまま転がるようにして機体から落ちる。


「はい、ジュ~!」


 パイロットが機体から離れたのを確認してから私はトリガーを引いた。


≪月光を撃破しました。TecPt:20を取得、SkillPt:3を取得≫


 倒れた月光を撃ち抜いていく84mmライフル弾。

 すぐにサブディスプレーへ撃破ログが流れる。

 マップ画面を表示させているサブディスプレーに目を移すと、すでに表示されているのは味方機のみ。


「ふぅ~~~! 終わったみたいね。……マモル君? マモル君!?」


 そういえばと、随分と前から静かになったマモル君に声をかけても返事は無く、不思議に思った私が後ろを振り返ると、そこには糸の切れた操り人形のようにグッタリとしたマモル君が白目を剝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る