39 我に秘策有り!

 再び映像は別のものと切り替わる。


 次に映し出されたのは私もニュースなどでよく目にするガラス張りの壁面が特徴的な建築物に、その正面に配置されたヘリポートとしても使えるようによく整えられた丈の短いタマリュウの緑地。そして緑地の左右には車道や駐車場として使われるタイル敷のスペース。


 日本の首相官邸だ。


 官邸前の緑地には異星人の小型円盤が着陸して乗降用のタラップが降ろされている。


 その首相官邸正面玄関前で2人の男が思い切り殴り合っていた。


 うん、ついさっきも似たような光景を見たぞ……。


『なんちゅ~真似をしてくれとんじゃッ!?』

『うっせ!! せっかく人が橋頭保作ってやったちゅうに兵隊送り込んでこねぇから、こっちから来てやったんじゃろがいッ!!』

『だからって、いきなり首相官邸に乗り込んでくるヤツがいるか!?』

『向こうの王族捕まえたんだから、ここに連れてきたら手っ取り早えぇかと思ったんだよ!!』


 もちろん殴り合っているのはカスヤ1尉と中山防衛大臣だ。


 あいも変わらずベタ足で思い切り殴り合う2人の足元には顔を真っ青にして倒れた小柄の老人と、意識が朦朧としているのであろう老人を開放するまるで二足歩行の蜂のような異星人。


 私も社会科の資料集などでその姿は知っていたが、蜂のような色彩の外骨格を持つ種族こそがヒューマニティーなのである。


『見ろやッ!! 貴様がいきなり異星人の王族とか拉致ってくるから総理ブッ倒れたやろがッ!?』

『知るかッ!! 異星人が地球人と違う見てくれなのは当たり前だろうが!!』

『違うだろォ!? 異星人の見てくれで倒れたんじゃなくて、キ・サ・マが王族の拉致とか常識外れの事をしでかしてくれたから倒れたんだろォ!? VIPを拉致して、敵の兵器をかっぱらって、やりたい放題じゃねぇか!!』


 もはや完全に頭に血が昇ってしまっている二人は互いに殴り合っている間に足が動いて倒れている老人にぶつかりそうになると異星人が庇っているほど。

 このような精神性の持ち主である事から、後にこの異星人は“人情家ヒューマニティー”と呼ばれるようになったのだ。


「まあ、その後、異星人の王族が卒倒して倒れた当時の総理の治療を担当した事が縁で日本と異星人側との間で停戦合意がなされたわけですからカスヤ1尉がした事も意味が無かったわけではないと思いますがね」


 そこで動画は終わり、その後はマサムネさんと私たちより年上で当時の事をよく覚えている釈尊さんが解説してくれた。


「人質として異星人の母艦に攫われていた船舶の上客とか乗組員もすぐに解放されたし、破壊された船舶やら戦闘機の賠償金代わりに色々と技術をもらったんだよな、確か……」

「ええ。その後、当初の予定通りに1ヵ月で母艦の修理も終わり、日本政府と異星人側との合同で自衛隊と異星人との戦闘で失われた命を、まあ、カスヤ1尉が殺した異星人を弔うために慰霊祭が行われ、その後に彼らは地球を後にしたわけですね。その時に『カスヤさんがお亡くなりになった後で御礼に伺います』という言葉を残して……」

「その後、数年がかりで異星人の技術を解析して、最近になってやっと民間でも異星人由来の技術が使われるようになったわけだな。このゲームもそうだったよな?」

「はい」


 その後、カスヤ1尉は中山防衛大臣の政界引退とともに自衛隊を退職し、以降はどこで何をしているやら。


 あれだけの事をした、かつての有名人なのだから調べれば今でもネットに彼の消息が転がっているのかもしれないが、さすがに企業で作られたAIであるマサムネだけに公務中の公務員の事ならばともかく、1個人の情報は知らないのだという。


「ま、確かにカスヤ1尉みたいなパイロットがこの場にいればなとは思うが……」

「ええ。でも、また何で今こんな話を?」


 確かに先ほどまでの結論の出ない議題に悩まされて陰鬱としていた面々の雰囲気は晴れている。

 だが気晴らしにしても10分近くも動画を見せられてはいくらなんでも不自然なように思えた。


 なにせハイエナが通告してきたタイムリミットまであと3時間半ほどしかないのだ。


「ハハッ! 話は変わりますけど、このゲームのユーザー補助AIって98種類もいるじゃないですか?」

「うん? それがどうしたさ~?」

「こんだけたくさんいると、その中に何体か映画とかアニメのパロディみたいなキャラクターがいるんですけどね」

「それが?」


 マサムネさんはえらくもったいつけた話し方をしていた。

 その中でチラリと自分の担当である姉を見た時に随分と鋭い目付きになったように見えたのは気のせいだろうか?


「私、マサムネ・カスガイというキャラクターはカスヤ1尉のパロディ、いや実在の人物ですからモチーフと言ったほうが良いでしょうね。私はカスヤ1尉をモチーフに作られたキャラクターなんですよ!」

「あ~、道理で似ていると思った!」


 動画で見たカスヤ1尉とマサムネさんは確かによく似ている。


 違いといえばカスヤ1尉が健康的に陽に灼けていて日頃の訓練のせいか長い手足にしっかりと筋肉を乗せていたのに対して、マサムネさんは綺麗な色白で体の線も細く、まるで同級生がやっている乙女ゲーの登場人物のようだ。


 そういえば以前に攻略wikiを見た時に「オススメAIランキング」ワースト1位でマサムネさんを見かけた時に「非常に高い戦闘能力を持つ」と書いてあったっけ。

 それも彼のモチーフとなった人物を考えれば当然と言えよう。


「さっき私の担当が『大体のユーザー補助AIはBOSS機体のパイロットより能力が劣ってる』なんて言いましたけど、私は数少ない例外なんです。私をランク6、……いやランク5の機体に乗せてもらえたら今回のミッションのボス格である陽炎か月光か、どちらかは私1人で抑え込んでみせるんですけどね!」


 そう言うとマサムネさんは僅かに、ほんの僅かに眉間に皺を寄せて歯噛みしたような表情を作る。


「よう。それじゃ私のパイドパイパーにアンタが乗るかい?」


 マサムネさんの言葉に対して、先ほどの動画ですっかりと顔を青くしたサブリナちゃんが自分の機体に乗るかと提案するが、そこで今度はマサムネさんはハッキリと大きな溜め息をついて首を横に振ってみせた。


「すいません。私、まだHuMoの免許取らせてもらってないんですよ。なにせ今回が初出撃ですし、担当に対する好感度もゼロですから!」

「なんでっスか~! 一緒に映画観にいったり、ご飯食べに行ってるじゃないスか~!!」


 姉はさも心外のような声を上げるが、MMOロボットアクションシューティングゲームでなんで街でぷらぷら暇を潰して担当AIの好感度が上がると思っていたのか逆に聞いてみたいくらいだ。


 というかマサムネさん、わざわざ私たちに10分近い動画を見せておいて何かと思ったら、自分の担当に恨み言を言うダシにしてくれたわけだ……。


「まあ、姉さんのプレイスタイルは置いておくとして、貴方も良い性格してるわね……」

「ありがとうございます!」


 私の皮肉が通じていないわけもないだろうにマサムネさんはニッコリと爽やかな笑顔で返してきた。




「……で、結局、どうするの? 気晴らししてもランク6の敵2機を含む敵さんたちに、こっちはランク5が1機に後はランクが1から3の低ランクの機体で立ち向かわなきゃいけない事実は変わらないわよ?」


 私が一同に視線を巡らせると視線を逸らす者、首を横に振ってみせる者など反応は様々であったが、いずれも名案を思い付いたという者はいない。


「虎姉ぇもなんかないの? 姉さんの会社のピンチなんでしょ? なにか強力なアイテムとか持ってきてないの?」

「いや~、それがウチのプロデューサー、ゲーム世界の進退はプレイヤーたち自身に任せるべきだってスタンスなんスよ」

「だからって……」

「このミッションに失敗したら今後2ヵ月のイベントスケジュールの作り直しでこれからしばらくお家に帰れなくなっちゃうっスよ~!」


 そういえば、あのホワイトナイト・ノーブルが強奪されたイベントにはなんでか4時間の制限時間がもうけられていたっけ。


 本来なら、プレイヤーの手に渡るような物でもないあの機体はなんとしてでも取り返さなくてはならなかったハズだろう。

 それをわざわざ制限時間を設けて、その制限時間を見事に逃げ切ったプレイヤーを野放しにするなど私にはとても考えられない。

 だが事実はそうなった。


 これも姉の上司であるプロデューサーの方針なのだろうか?


 もっとも姉が家に帰れないだの言われても妹の私は同情するが、中山さんやキャタ君、釈尊さんにはまったくもって無関係な話。

 せいぜいがゲームに課金している者が「イベントスケジュールが狂ったせいでサ終サービス終了になったら困るな」と思うくらいだろう。いや、中山さんほどの富豪ならゲームに使った金額くらい気にも留めないかもしれない。


「そういうわけでデバッグ用の特殊アイテムの持ち込みとかは許可されなかったんスけど、私に良い考えがあるっス!」

「良い考え……?」


 ……不安だ。

 こう言ってはなんだけど、姉は身内の私でも理解しかねる謎のセンスを時折発揮してくる。


 2040年代のJKプロレスマット界に1980年代風異種格闘技戦ギミックを持ち込もうとするのもそうだし、ミリタリーテイスト溢れるこのゲームに自分の趣味丸出しのヒロイックファンタジー風のロボットをねじ込んでくるのもそう。

 妹である私や職場の同僚と出会う事も十分にありえるであろうゲームで恥ずかし気もなく胸を盛るのもそうだ。


 その姉が「良い考え」とか言い出しても不安しかない。


「大丈夫! 我に秘策有りっスよ~!!」

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