10 撤退戦
サブリナちゃんは被弾を避けるために機体を寝かせ、崖下の部隊からライフルで撃たれないようにしてからスラスターを吹かして仰向けの状態でホバー状態にしてしばらく移動し、それから機体を起こしてからホバー走行で撤退を開始する。
手にしたライフルも大型の物から小型の物へと持ち替たのは大型ライフルの反動制御の難しさから走行中の射撃ではマトモな命中精度は得られないと踏んだのだろう。
「それにしても、……思った以上に遅いわね」
「ランク1の雷電ならあんなものでしょう。今までも敵として雷電の挙動は見ていたハズですが?」
サブリナちゃんの操作は淀みなく滑らかで、とても動作に無駄があるものだとは言えない。
だが、それでも私が想像していた以上に雷電の速度は遅いのだ。
加速が鈍い。
やっとこさ加速しきったと思ったら、そのトップスピードも大したものではない。
亀のような、というほど酷いものではないのだがニムロッドの機動性に慣れた私にとってはえらくやきもきさせられるような速度しか出ていないのだ。
多分だけど、あの見るからに鈍重そうなキロよりもいくらかマシな程度の速度しか出ていないのではないだろうか?
「大して重武装をしているというふうには見えないのだけどねぇ……」
「雷電ってのはそういう機種なんですよ。機動性が欲しければ増加スラスターを取りつけなければならないのです」
「ああ、なるほど……」
私が慎重に崖のように切り立った丘の下を覗き込むと、12機の雷電が盛大にスラスターの噴射炎を煌めかせながらジャンプを繰り返してこちらへ迫ってきているのが見えた。
12機の中隊はサブリナちゃんの雷電よりも脚部が太いように見えるのは、彼らがマモル君が言う増加スラスターを取り付けているから。
あの奇襲部隊の指揮官が邪魔者である私たちに差し向けてきたのは機動力を重視した中隊だということか。
さらに12機の中隊は4機ずつの3隊に分かれている辺り、トヨトミ軍はHuMo4機で1個小隊を編成しているのだろう。
「私は追手を相手にするから、サブリナちゃんは全速で離脱を!」
「ゴメン! 撤退を始めるのが遅かったかも! いざという時は私が
「そんな事は考えなくていいから急いでッ!!」
サブリナちゃんの機体はまだニムロッドのカメラで捉える事ができる位置にいた。
今回のミッションはあくまで中立都市が自身の管理する領域内を通過してサムソン側へ攻撃を仕掛けようトヨトミ側部隊を素通りさせたわけではないということをアピールするためのいわばアリバイ作りだ。
トヨトミ側へ自らの主権を主張し、サムソン側へ面子を立てる。
そういうわけであるから今回のミッションにおいてはノルマのようなものは特に無く、ただ領域内へ侵攻してきたトヨトミ側部隊へ攻撃を仕掛けたという事実さえあればよかった。
だというのにサブリナちゃんが撤退の時期を遅らせてまで20機近い雷電を狙撃で撃破していたのは作戦領域へ運ばれてきた時に輸送機のパイロットから言づけられていた事が理由である。
『そういえば、市役所の連中からオフレコの伝言だ。目標の撃破数に応じて特別ボーナスを支給してくれるんだとよ!』
マモル君が言うには、輸送機のパイロットがわざわざオフレコだというからには特別ボーナスとやらは非公式なものなのではないかという事だ。
市の上層部はあくまでも中立都市の面子を守るためにただ攻撃したという事実のみを必要としていたのに対して、傭兵に依頼を出す担当部署あたりではそれでは納得せず、依頼を受けた私たちを奮起させるために予備費なり機密費なりを使って撃破数に応じた特別ボーナスを出す事にしたのではないか?
実際のとこはどうだか分からない。
ただマモル君の言う事も十分にありえそうな事であるし、金欠でピーピー言ってる私にとっては特別ボーナスが出るのはとてもありがたい渡りに船の話ではあった。
だが、その話はサブリナちゃんにとってはどうであったのだろうか?
彼女はあくまで体調不良の担当ユーザーが動けないために金欠で悩んでいる私たちを見つけてこれ幸いと共にミッションを受領してきたのである。
マーカスさんには「ポイント稼いでくる」とは言っていたものの、ユーザー補助AIが担当ユーザーを離れて出撃したのならばポイント取得よりはまず損害を抑える行動を取るのが常道であろう。
なのに彼女は敵の反撃が始まっても狙撃を止めず、1個中隊が差し向けられる段に及んでやっと撤退を始めたのだ。
これは間違いなく私たちのための行動であろう。
攻略Wikiに「意外と面倒見が良い」と書かれているほどのサブリナちゃんは下手打ってニッチもサッチもいかなくなってる私のために特別ボーナス狙いで狙撃を続けたのだ。
当然、こんな良い子を捨て駒同然の殿にして逃げようだなんて私には考えられなかった。
「マモル君、戦うわよ!」
「なら最初は丘の頂上からあまり離れないでください!」
「了解ッ!!」
なるほど。
現状、私のニムロッドはマトモな射撃兵装を有していない。
この場から離れすぎてしまえば追手の12機が丘の上へと跳び上がってきた時にはこちらに攻撃の手段がなくなってしまうという事か。
だが頂上付近で待ち構えておけば私たちの撤退こそ遅れるものの、私たちにも反撃の目があるのだ。
敵が丘の上へと姿を現すのを今か今かと待つ私たちの前に10基以上ものミサイルが飛び上がってきて、私はトリガーを引いた。
「サブリナちゃん、ミサイル4発、撃ちもらしたッ!!」
「了解! 大丈夫、ニムロッドからもらったデータがあるからこっちで迎撃できるよ!!」
ニムロッドの拳銃から放たれた散弾の雨によって大半のミサイルは空中で大爆発を起こしていたが、その内の4発は私たちを飛び越えてサブリナちゃんの雷電へと向かっていく。
だが雷電の肩アーマーの上部に取り付けられていた小型ミサイルが発射され、空中で弧を描くように途中で後ろへと進行方向を変えたミサイルはサブリナちゃんの機体へと向かうミサイルたちを全て迎撃。
本来、HuMoのレーダー等センサー類は機体の正面方向に強く、後方には弱いものである。
だがサブリナちゃんの雷電は私のニムロッドとレーザー通信でデータリンクをしているために後方のミサイルも難なく迎撃する事ができていたのだ。
「ふう……。できればミサイルは温存させてあげたかったわね」
「雷電は標準ではCIWSを持っていませんからね。ま、さすがにそれは高望みしすぎでしょう。それにこっちもそんな心配している場合じゃないですよ?」
「はいはい、……っと!」
サブリナちゃんの機体にデータを送るため、丘から遠ざかっていく雷電に頭部を向けていたニムロッドの後方センサーが敵機の出現を察知する。
私が振り向きざまに撃った拳銃の散弾によって姿を現した敵中隊の先頭機は頭部のセンサーやらカメラを潰されて、そのまま崖下へと落ちていった。
≪攻撃命中! 4,800→2,387(-2,413)≫
サブディスプレーに表示されたダメージは転落によるダメージも合わせたものだろうか?
そんな事を気にしている余裕すらなく、さらに崖下から3機の雷電が姿を現してきた。
「チィッ……!」
残弾が1発となった拳銃から弾倉を抜き、出撃前になけなしのクレジットで購入しておいた予備の弾倉を装填したのとデザートピンクの雷電たちが銃を構えたのはほぼ同時だった。
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