8 大部隊が迫る中で……

「こ、これは随分と凄い眺めねぇ……」


 ミッションを受領した私たちはVTOL輸送機に乗り込んで北方境界線付近へと降り立っていた。


 崖のように切り立った斜面の小高い丘の上にニムロッドを立たせ、しばらくするとレーダー情報を表示させているサブディスプレーに敵機の捕捉を示す甲高いビープ音が鳴り始める。

 1つ2つではない。レーダー画面に次から次へと現れてくる赤い光点はその度にビープ音をコックピット内に響かせながらいつまで続くのかというほどに数を増していく。


 いい加減に鬱陶しくなって設定画面を開いてレーダー画面のビープ音を鳴らないように設定した頃にはもはや自分では数えきれないほどに赤い光点は増えていた。


 そしてしばらくすると丘の下に広がる大平原の東の方から赤茶けた土煙が立ち昇っているのが見えてくる。


 このトワイライトという惑星は地球化テラフォーミングされてからそんなに年月が経っていないせいか、温暖な気候の大平原といえども植物の分布はまばらでHuMoのような大質量の物体を動かせばすぐに土煙が立ち昇ってしまうのだ。


 いや私たちが特に宇宙服のような物を着込む必要がなかったり、中立都市が閉鎖された環境でない事を考えれば私が思っている以上に植物は自生できているのかもしれない。

 となるとまだ植物の定着が遅れているこの一帯に3大勢力とやらの侵攻が遅れ、その結果としてどの勢力の支配下にもない中立都市が誕生することとなったというパターンも考えられる。


 だが、そんな事はこれから間もなく戦闘状態に突入するであろう私たちには今は関係の無い事。


 数分前には目を凝らしてやっと確認できるほどであった土煙は今はもうハッキリと視認できるほど。

 東から境界線を越えて中立都市管理区域へと侵入してきているトヨトミ奇襲部隊は西のサムソン側領域目掛けて全速で移動してきているのだ。


 もう10分もすれば奇襲部隊は私たちがいる丘の前を通り過ぎていく事となるだろう。


 私は徐々に近づいてくる土煙に気圧されて思わず声を漏らしていた。


 人型のロボット兵器であるHuMoの大軍が進撃してくる様子はそのまま歩兵部隊の前進に例えられるハズである。

 だが私の脳裏に浮かんだのは砂漠地帯の都市を襲う砂嵐や、あるいはかつてアメリカ大陸に数十万単位で生息していたとされるバイソンの群れの突進であった。


 それはこちらへ向かってくるのが人の群れならば当然のように聞こえてくるであろう鬨の声が無かった事と、その代わりにいくつもの地響きのような足音の集合が機体外部のマイクに拾われてコックピット内へ届いていたからであろう。


「ふむ。……予想通り目標は雷電ばかりみたいですね」

「いやぁ、実際にこうして目の当たりにしてみるとランク1の雷電でもこれだけの数が揃うと壮観なものじゃない?」

「そうですか? それじゃこういうのはどうです?」


 マモル君がサブシート用のサブディスプレーを操作してこちらへ向かってくる奇襲部隊の内の1機をメインディスプレーの一部に拡大表示させる。


 その機体も機種は他と同じく雷電。

 茶色とピンクの中間のような塗装で塗られた装甲で固められた機体のフレームが剥き出しの部分は黄色と黒。


「あ……、あの機体のフレームってなんか建設現場の重機みたいねぇ。マモル君の予想通りってとこかしら?」

「そうですね。ついでに言うとあの機体が持ってるライフルはプレイヤーが初期配布機体に雷電を選択した場合に付属する物と同型の物です」


 自分の予想が当たって得意げな様子のマモル君は敵の装備している武装を引き合いに出して言外に「大した相手ではない」と言っているのだろうか?


 攻略Wikiに書いてあったマモル君というAIが持つデメリットになりうるほどの心配性という性格を考えればおかしい事のようにも思えるが、もしかすると彼は今回のミッションに同行してきているサブリナさんに張り合っているのかもしれない。


 私は出撃前に甘味処でマモル君が見せてくれた彼の一面を思い出して顔を綻ばせる。

 そんな顔をマモル君に見られたらどんな罵倒が飛んでくるか分かったものではないが、幸いな事に後席のマモル君に私の表情を見られる心配はない。


「ええと、そっちでも確認できてるかしら、サブリナさん?」

「通信状況は良好、データリンクでそちらのレーダーの情報も受信できてる。……なあ、その『サブリナさん』ってのは止めてくれない? ライオネスさんの方が年上でしょ?」

「なら私もさん付けはいいわ。でも呼び捨てもどうかと思うし『サブリナちゃん』でどうかしら?」


 私のニムロッドのすぐ隣にはサブリナちゃんの雷電が立っていた。


 両機はデータリンクシステムにより、互いのセンサーの感知状況を共有する事ができるのだけど、今は互いの性能差によりニムロッドの探知した情報を一方的に雷電へと送っている状態。


「オーケー、ライオネス!」

「……ところで、なんだけど。……もう1つだけ聞いてもいいかしら?」

「オーケー……、言いたい事は分かってる……」


 互いの呼び方についてで話の切っ掛けを作り、私は本当に聞きたかった事を切り出そうとするも、サブリナちゃんの一瞬でどんよりと落ち込んだ声でそれ以上、聞くのが躊躇われてしまう。


 私が聞きたかったのはサブリナちゃんが乗ってきた機体についてだ。


 最初に聞いていたように彼女が乗ってきた機体は雷電であるし、射撃武装が無いと言ってもいい私の弱点を補うためかライフルを2丁持ち込んできている事や、私が売り払ってしまった課金特典の三連装ミサイルポッドを2基をそれぞれ左右の肩アーマーの上に装備している事はどうでもいい。


 私が聞きたいのは彼女の雷電の塗装である。


 なんでか彼女の雷電は全身がパステルピンクで塗られ、所々にラインストーンのような煌めきを放つビビットな濃いピンクがあしらわれた随分とファンシーなものだったのだ。


 そりゃ兵器であるHuMoをピンクに塗る事だってあるだろう。


 現にこちらに向かってくるトヨトミの奇襲部隊の大半はピンクと言ってもいいような塗装を装甲に施されている。

 だが、それは赤茶けた大地に馴染むようないわゆるデザートピンクに近い配色のものだ。


 だが一体、どこの世界にパステルピンクのロボットで戦場に出てくる者がいるというのだろう。

 少年的な体形の雷電がその塗装のせいか幼い少女的な機体に思えてくるくらいだ。


「……マ、マーカスが…………、私が雷電に乗るって言ったら……、課金特典の特別塗装チケット使って……」

「お、おう……、愛されてるわね……」


 絞り出すように聞こえてくる通信の音声はやるせなさで震えていた。


 あのおじさん、自分は初期装備のツナギを着ている割にサブリナちゃんには服を買い与えていたり、彼女の機体を課金アイテム使ってまでデコレーションしてあげたりと随分と彼女に御執心のようだ。


 ……まあ空回りしてる感は否めないけど。

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