3 逆襲の狼煙

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ…………」


 日曜の昼下がり、「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」にログインした私はミッションの前にとりあえずマモル君を連れて中立都市の甘味処へと足を伸ばしていた。


「どうしたんですか? そんな死にかけの年寄みたいな声出して……」


 マモル君はボリュームたっぷりのクリームあんみつにゴキゲンの様子で私に目もくれずに毒を吐く。


 いや、別にこの後におよんでマモル君に担当ユーザーを労われと言うつもりもないけど、それでも一仕事終えて疲れてきたわけで少し寂しいような気もする。


「いえね。前にやってた部活の後輩から助っ人を頼まれてね、午前中にちょっと顔出してきたのよ」


 果たして覆面を被っていても「顔を出してきた」と言ってもいいものだろうか?

 まあ、やる事はやったんだし良い事にするか!


「うん? 『前までやってた部活』? お姉さんが現実リアルで3年生だとしても引退には早くないですか……? あっ……、もしかして!?」

「いやいや、何も学業の方が疎かになりすぎて部活辞めさせられたわけじゃないから! 家庭の事情ってやつだから!!」

「本当ですかぁ……? 仮にそれが本当だとしても、お姉さん、高三ですよね? ちゃんと進路は決まってるんですか? 大事な時期にゲームなんかやってて大丈夫なんですか?」

「それはマジで大丈夫だから!!」


 とはいえ成績優秀のため引く手数多というわけではなく、単によっぽど酷い成績じゃなければエレベーター式に大学に上がれるってだけなのだけど、それでもマモル君が心配しているような事にはならないだろう。


 というか、学校の成績を心配されてもなんも嬉しくない。


 そもそもゲームのキャラクターであるマモル君に「ゲームなんかやってても大丈夫なのか?」なんて言われるとは露にも思ってなかったわ!


 なんかもう悲しくなってきたのでとっとと話題を変える事にしよう。


「話は戻るけどさ。部活に助っ人に行って、久しぶりにメスゴリラを持ち上げたら背中がピキーンときてね。なんとか痛みを誤魔化しながらリングを下りたら今度は足首グニャちゃってさ~! VR空間に来て痛みが消えてやっと人心地ついたところってワケよ!」

「はぁ? メスゴリラ? リング? 一体、どんなけったいな部活動なんです? ……それはともかく、OB、OGがしゃしゃってくるのってお姉さん、厄介な人扱いされてません?」

「え~~~!? だって『ワケわかんない覆面レスラーが来たから助けてぇ~!!』って言ってきたのは向こうだよ!?」


 今日は朝から一日中「ジャッカル」に入り浸ってるつもりであったのだけれども、後輩の長谷川ちゃんからRINEリーンのメッセージで助けを求められたら行くしかないではないか。


 普通はJKプロレスで覆面レスラーギミックをやる場合は更衣室で着替える時に覆面を被るものだというのに、今日の練習試合の相手である花ノ木高校の一行がバスから降りた時にはすでに覆面を被っている者がいたというのが切っ掛けであったそうな。


 のほほんとしているようで勘が鋭い長谷川ちゃんがカマをかけて「恥ずかしがり屋さんなのかな?」と言ってみると、それを幸いにその覆面レスラーは頷くだけで一言も発する事は無く、しかも他の花高生もそれを咎める事も無く、いよいよ怪しいと思った長谷川ちゃんは私に連絡してきたのだ。


 激しい接触を伴うJKプロレスはその技と技の応酬の結果、不幸な時には怪我を負ってしまう事もある。

 そのような時に余計な遺恨を生まないように、大概の学校のJKプロレス部は礼儀を徹底的に叩き込むものなのだ。

 リングの上では悪役ヒールである花高JKプロレス部であってもそれは同様。


 つまり新入部員であっても練習試合で他校に赴く部員が相手高の選手に対して無言で通すなんてありえないし、他の部員たちもそれを許さないか、あるいは何か理由があって言葉を話す事ができないのならば相手高にフォローのためにその事を説明するハズなのだ。

 だが、それが無いというわけで長谷川ちゃんも怪しんで当然だろう。


 さらに練習試合開始直前になり、花高側から練習試合の結果如何により春季大会の個人戦の枠を賭ける事になり、長谷川ちゃんの不安は現実化した。


 ただ……、ただ1つだけ私にとって誤算であったのは、お嬢様学校と揶揄される事もあるウチの部員の中で唯一、花高の罠を見抜いていたハズの長谷川ちゃんが第一試合をとっとと終わらせてしまった事だ。


 第二試合に出てくる覆面が罠のキモだと分かってんなら、第一試合をギリギリまで引き延ばして私の到着を待てよ!? そのためにお前は第一試合に出たんじゃないんか!?


「あはは~~~!! やったよ、先輩! 私、1分も経たずに勝てたよ~!!」というメールを更衣室で着替えながら読んだ私の気持ちが分かるだろうか?


 まあ、そのへんをマモル君に言ってもしょうがないわけだが、かといって後輩の方から呼び出しておいて私が「厄介な先輩」扱いされる道理も無いわけで、しかも向こうが実際に罠をしかけてきてんだから「たすけちくり~!!」というメールも社交辞令というわけではなかっただろう。


「覆面? ホント、一体、なんちゅ~部活動なんです?」

「え~? 人によったら『学生スポーツの女王』って言われるような競技なんだけどなぁ……」


 だが実の所、「学生スポーツの女王」なんて言ってるのは極一部の先鋭化したファンだけのような気もするのでこれ以上の反論もできない。

 不承不承ながらも私が引き下がると、マモル君はクリームあんみつに舌鼓を打ちはじめる。


 この店のクリームあんみつはアイスクリームではなく、ソフトクリームを使っているタイプのもので会話をしている内にほどよく溶けてきたソフトクリームを餡子と一緒に頬張るとつい先ほどまで毒の混じった小言を言っていたマモル君も外見に相応しい可愛らしい笑顔を見せる。


「さて、それじゃ私は攻略Wikiでも見てましょうか……」


 ホワイトナイト・ノーブルと、ノーブルを奪ったプレイヤーに対して雪辱を誓い、ついでに今日は調子に乗って1年振りくらいに話す指原さんに対して「私は貴女とは違う」なんてフカシこいちゃった身の上としては何とか攻略の手がかりを見つけようとマモル君から借りたタブレットでおやつタイムの時間も情報収集に努める事にしたのだった。

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