16 出撃

 マモル君を急かして残り僅かのパンケーキを口の中に詰め込ませ、もごもごと何とか咀嚼しようとしているのも構わずに手を引いて立ち上がらせ、ささっと会計を終わらせてファミレスを後にする。


「……んぐッ!? ちょ、ちょっと待ってください!!」

「ほらほら、ガレージに戻るよ! タクシー呼んで! ……て、えっ!?」


 店内から一歩外に出ると街の様子は一辺していた。


 ファミレスがある飲食店街からほど近いバザールの方向が赤と黒に染まっているのだ。


 街を燃やす炎の赤に立ち昇る煙の黒。


「……ず、随分とエグい真似してくれるじゃない……?」


 私は大火に魅せられるように足を止めてしまっていた。

 直感的にバザール地区を焼く大火事が件の緊急ミッションと関係のあるものだと察していたのだ。


 果たしてあんなにも盛大に街を燃やしてNPCやプレイヤーたちは無事なのだろうか?

 ふとそんな事を考えてしまう。


 これがちょっとしたボヤだったならば、プレイヤーたちが手を貸す事で速やかに鎮火する事もできたであろうが、たとえニムロッドを使おうともはやどうにもならないほどに街は火の海に包まれていたのだ。


 プレイヤーは死んでもデスペナルティーを食らってガレージで復帰するだけだというが、ユーザー補助AIが担当している者以外のNPCはどうなのであろうか?


「タクシー、来ましたよ!」

「お、オッケー! 急いでガレージに戻りましょう!」


 召喚したタクシーに乗り込んでガレージへと向かう途中、私はマモル君から借りたタブレットをテレフォン形態にしてガレージの整備の親方に電話をかける。


 マモル君のタブレットはホログラフィックディスプレーを出さない状態では電話になるのだ。


「あ、親方! 今から戻るからニムロッドからミサイルと予備の弾倉を外しといて! あと背中側の装甲も全部取っ払っちゃって!」

「あん? 例の緊急ミッションってやつ? そんなんで大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。どっちかっていうと敵はノーブルじゃなくて同業者の方じゃないかしらね? だから少しでも軽量化したいの!」


 そりゃあ姉の理想のロボットであるホワイトナイト・ノーブルがそんな簡単な相手ではないのは百も承知だ。


 だがちょっと前に確認したこのゲームの現在同時接続数は5万を超えている。

 さすがに5万のプレイヤー全てが緊急ミッションに参戦してくるわけでもないだろうが、それでも数千から数万程度のプレイヤーが参加してくるであろう事は間違いない。


 なにしろ姉はお祭り騒ぎのバザール地区を燃やすという、これ以上ないほどの盛大な花火をブチ上げてイベントの開始を告知してきたのだ。


 どんなゲームのどんなレイドボスだって、ピラニアが群がる水牛のように数多のプレイヤーが攻撃を加えていればいつかは倒れる。


 ましてや、このゲームはファンタジー物ではなくSF風のロボット物なのだ。

 謎生態のモンスターみたいなHPの自動回復なんてものは無いだろうし、仮に修理装置のような物があったとしても使用可能な回数には限界があるだろう。


 ならばデスペナルティ無しで何度も再出撃ができるという、この緊急ミッションの仕様上、なんども反復出撃して少しでも多くのダメージを稼ぐのが良い。


 そのために私は少しでもニムロッドの重量を軽くする事を選択したのだ。

 そもそもHuMoは正面の装甲はそれなりに厚くとも、側面はやや薄く、背中側はさらに薄くなっているのだ。

 バランス型とはいえ機動性重視寄りの性能であるニムロッドの背面装甲なんてホワイトナイト・ノーブル相手にはあるだけ無駄だろう。


 そんな事を考えている内にあっというまに飛行型タクシーはガレージの前へとたどり着き、タクシーから降りた私はわずかな時間も惜しいと駆けだしていた。


「おっ、来たな! すでに準備はできてるぜッ!!」

「ありがと!!」

「ライフルの薬室にはすでに榴弾が装填済み。弾倉には榴弾が2、徹甲弾が14、高速徹甲弾が14だ。高速徹甲弾は近距離なら普通の徹甲弾よりも貫通力が高いが距離減衰が大きい、使うなら近距離で使え!! ……もっともホワイトナイト相手にどれほどの意味があるかは分からんがな!」

「了解ッ!!」


 スキンヘッドの親方の声をマモル君の手を引きながら走りつつ聞いてニムロッドの元へとたどり着く。

 脹脛の側面に取り付けられていたミサイルポッドや腰部や太ももの予備弾倉を取り外されたニムロッドはプレーンな姿。


 コックピットに乗り込もうとする私とマモル君を整備員たちが心配そうな顔で見つめてくるけど、そもそも私は生きて戻るつもりはない。

 どうせ死に戻りになるのだろうが、かといってそれをNPCたちに言ってもしょうがないのでコックピットに入る前にウインクを向けておいた。


「マモル君、シートベルトは!?」

「大丈夫です」

「了解。それじゃ、ニムロッド、行くわよ!!」


 すでに開け放たれていたガレージの鉄扉から出ると私は機体をホバー走行状態にして中立都市サンセットから出撃していく。


 街から出る前に下半身が戦車の車体のようになっているタンクタイプや、ラグビー選手やウェイトリフティングの選手のような重厚なボディに大型の砲を担いだ砲戦仕様の機体を追い抜いてサンセットの外へ出てさらに加速。


「他の緊急ミッション参加者からホワイトナイト・ノーブルの現在の位置情報が送られてきています。レーダー画面にリンクさせますね」

「了解! ……『貢献度に応じた報酬』ってそういうのもアリなのね」


 サブディスプレーに表示された目標、ホワイトナイト・ノーブルは西に向かっているようだ。


 速度を見るに向こうもホバー走行なのだろうが、燃費と速度を両立させたいわゆる巡航速度での走行ならばニムロッドの戦闘速度の方が速い。

 ミサイルポッドや予備弾倉を外してきた甲斐があったという事だろう。


 この調子ならばノーブルの行く手にある巨大な湖に着く前に接触する事が可能なハズだ。

 さすがに全速ならば推進剤も冷却器も持たないだろうが、それは向こうも同様という事だろう。

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