12 強化をしてみよう

「しっかり掴まってて! 飛ばすよッ!!」


 ニムロッドは地を這うように、地表すれすれを疾走してキロへと距離を詰めていく。

 渦巻状の軌跡を描くように敵の側面へと回り込むような機動を続けて徐々に両者の距離はゼロへと近づいていった。


 ニムロッドが駆けていくとその後ろには全開のスラスターによって巻き上げられた赤茶色の土煙が舞い、見当外れの所へ飛んでいった敵のライフル弾が地面に着弾して土砂を撒き散らす。


 キロの旋回性能とFCS火器管制装置では全速を出したニムロッドを捕捉しきれないようで被弾はない。


 もしかするとキロもスラスターを使って機動戦に持ち込んでいたならば分が悪いにしてもそれなりに戦う事はできていたのかもしれないが、敵はその場で足だけでもじもじするように旋回するだけだった。


 キロのパイロットがジャッカルでもハイエナでもなく、ただの採石場の作業員だから戦闘機動に慣れていないがゆえの事であろう。


 対してニムロッドのライフルは外れもするものの、片手で銃を保持した状態であってもそれなりの命中弾をえていた。


≪命中! 敵HP 4,133→3,284(-849)≫

≪命中! 敵HP 3,284→2,429(-855)≫

≪命中! 敵HP 2,429→1,569(-860)≫


 そしてそのまま両者が激突の瞬間を迎えるその時、私はスラスターで無理矢理に機体の姿勢を変えて敵の背へ飛び蹴りを叩き込む。

 ちょうど敵の背中に着地を決めるイメージだ。


 その反動で、地面に倒れるキロと逆方向へと飛びそうになるのをスラスターで抑えて、左の太腿の側面に取り付けていたケースから鍛造ナイフを取り出して倒れ込むようにして敵の背に刃を突き立てる。


≪キロを撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫

≪敵HP 1,569→0(-1,569)≫


「爆発するかもしれない! 離れてください!!」

「了~解ッ!!」


 マモル君の助言に従い、これでもかという勢いでフットペダルを踏みこみ、逆に両サイドのコントロールレバーを引いてニムロッドを一気に起き上がらせてキロから離れるが、ナイフを引き抜いた箇所から僅かに火柱が上がったのみでそのままキロは沈黙する。


「すみません。爆発はしなかったみたいですね……」

「いえ、そんな危険があるなら離れておくにこしたことはないわ。そういう癖を付けておくべきかしらね?」

「そうですね。状況次第という事にはなるのでしょうが」


 どうやら私に割り当てられたマモル君というAIのパーソナリティーは「心配性で安全策を好む」かつ「ギリギリまではプレイヤーの裁量に任せるが、助言を与えるべき時はすぐに行う」というものらしい。


 その辺りも頭の片隅には置いておくべきであろうが、助言された事は基本的にはありがたく従っておくべきであろう。


 そしてまだ他に敵はいないかと頭部を1回転させながらレーダー画面を注視していると着信の通知が入ってきた。


「お疲れ様です。目標の撃破を確認しました。ただちに現在地へと回収機を向かわせますので、しばしお待ちください」


 サブディスプレーに映るツインテールの髪型をした美少女といってもいいようなオペレーターの無表情な顔を眺めながら、私の胸中はじわじわと達成感が湧き上がってくる。


「リザルトが楽しみね」

「そうですね。今回はノーダメージクリアですからマイナスは使った弾薬と推進剤、冷却材の補給だけで済みますからね」


 途中、パンツァーファウストなる謎のバ火力兵器には面食らったものの、終わってみれば被弾無しでのクリア。


 やはり最初に奮発してニムロッドを買っていたのは正解だったのだろう。

 初期配布機体のマートレットだったならば最後の機動戦でキロの火線を振り切れたか分かったものではない。

 それを難なくダメージゼロでミッションを終える事ができたのだから先行投資の甲斐もあったというものだ。




ミッションクリア!!

基本報酬  384,000(プレミアムアカウント割増済み)

修理・補給    -950

合計    383,050






 サンセットに戻った私は外注の整備業者にニムロッドを預けた後、ガレージの片隅にあるプレハブの事務所でパソコンと睨めっこをしていた。


「んん~……。特別報酬が付いてないって事はその条件を満たしてないって事か……」


 マモル君に近くのコンビニまでお使いを頼んで買ってきてもらったペットボトル入りのジャスミンティーを飲みながら考えるも答えは出ない。


 思考がまとまらないというよりは、答えを導きだすためのパーツが足りないといった方がいいのだろう。


 最初に受けたミッションでは武装犯罪者集団に追われていたトレーラーを救出できた事で特別報酬が出たと解釈していたのだけれど、それはミッション終了時に依頼元との僅かな会話の中でそれっぽい事が出てきていたからそう思っていただけで、明確にそうだと示されたわけではない。


 同様に今回もどういう理由で特別報酬が支給されなかったのか明示されたわけではないのだ。


 オフィスチェアーに背中を預けて反らしストレッチをしていると、整備業者の皆さんに差し入れの飲み物を持って行っていたマモル君が事務所内に入ってきた。


「どうしたんですか? そんな難しそうな顔をして。どこかの国には『馬鹿の考え、休むに似たり』って諺があるそうですよ?」

「おう、私はその国の出身なんだわ」


 もうすっかりマモル君の毒舌には慣れたもので、婉曲にまた言われた馬鹿という言葉もさらりと流し、私が何を考えていたか伝えてみる。


「ああ、でも確かに気になりますよね。そもそも今回のミッションに特別報酬が設定されていたのかも分かりませんし……」

「そうよねぇ。まずそこからなのよねぇ。でもとりあえずは『特別報酬はあった』という仮定で考えてみましょうよ」

「となると、私たちがミッション開始前に考えていた『目標以外の敵の殲滅』という条件が正しかったのかという点ですね……」


 マモル君が続けて内容は私が考えていた内容とほぼ一緒の事だった。


「撃破目標以外の敵の殲滅」という条件が正しかった場合は、まだ他にも敵機が存在していたという事になる。


 今回のミッションのステージは丘陵地帯、いくつも連なる丘を越えて目標を追う形となっていた。

 戦闘ヘリが伏兵のように丘から飛び出してきたように、まだ丘の陰に隠れてこちらのセンサー類に捕捉されていなかった敵がいたという事。


 そして「目標以外の敵の殲滅」という条件が正しくなかった場合、例えば「敵機を武装解除して投降させる」なんてパターンもありそうだ。

 これなんかは敵機と通信で会話する事ができた事からも可能性は高い気もするが、今となっては後の祭りだ。


「推進剤には十分に余裕があったんだし、迎えが来る前に1回、空に上がって索敵してみれば良かったかしらね?」

「そうですね。なんなら少し動き回って迎えを待たせても「対空砲火を警戒して索敵をしていた」って理由でなんとかなるのかもしれません」

「あ~……、なるほどね。ま、過ぎた事はしゃあないわ」

「そうですね。気分転換に機体か武装の強化でもしてみませんか?」


 マモル君は私のスチール製のデスクの向かいにパイプ椅子を置いてタブレット端末を広げる。

 ちょちょっとタブレットを操作すると私のパソコンのディスプレーも勝手に切り替わった。


▷機体強化

▷武装強化

▷パイロットスキル育成


 画面には3つの項目が並んでいるが、私としては次は新武装を購入したいので「武装強化」は後回しにして「機体強化」を試してみたいところ。


 いつどの機体に乗っても効果を発揮する「パイロットスキル強化」もやってみたいところではあるけど、現在、私が保有しているスキルポイントはチュートリアルクリアで取得した3ポイントと2回目のミッションで作業用キロを撃破してもらった1を合わせて4ポイント。

 これは温存した方がよいものだろうか?


 逆に機体や武装の強化に使う技術ポイントはチュートリアルクリアの50ポイントに加えて、1回目のミッションで24ポイント、2回目のミッションで26ポイント、合わせて100ポイントある。


 これもふんだんに所有しているとは言えないだろうが、それでもスキルポイントはHuMoを撃破しないと貰えないのに対して、技術ポイントは最下級の敵であろうAFV戦闘装甲車両からでも貰えるわけでちょっとくらい使い方をミスっても後からいくらでもリカバリーがききそうな気がする。

 ならば財布の紐も緩もうというものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る