エンディング(3)


 ザーザーザーザーザーザーザーザー……。

 ザーザーザーザーザーザーザーザー……。


「あーあー、聞こえますでしょうか。聞いていてもらえているでしょうか。もしも聞いている方がいたならば、返事をください。江渡木さんが言うには、ラジオは一方的に送信するもので、返事を返せないものらしいのですが」

「自己紹介をしましょう」

「私はアリス。シスターです」

「江渡木さんと一緒に、旅をしています」

「山の頂上にラジオ局を見つけて、そこから放送しています」

「えっと」

「突然ですが、昔話をさせてください」

「私は、七年前。お母さんに噛まれてしまいました。『死体』となってしまったお母さんにです」

「『死体』に噛まれてしまった人は死んでしまい、死んでしまうと『死体』となり、ふらふらと動き続け、人を襲うようになる。みなさん知っていますよね。それが、この世界のルールです」

「でも、不思議なことに」

「私は死ぬことがありませんでした」

「私は今も生きています。お母さんに噛まれて、七年経った今でも」

「私は、『死体』に噛まれても平気なようです」

「『体質』なのか『抗体』なのかはよく分かりませんが、とにかく、私は噛まれても平気なんです!」

「……自慢みたいだな、ですか? あ、いえっ。そんなつもりじゃあなく! 平気だってことをお伝えしたかっただけと言いますか、それが自慢っぽいと言われましても」

「あっ! 今笑いましたね! 笑ってますよね、今絶対笑ってますよね。聞こえますか? マイクを近づけますね!」「くつくつくつ」「ほらーっ!」

「…………」

「取り乱しました。話を戻します」

「つまり」

「私は『死体』になりません」

「それがどういうことかと言えば、人は死んだら『死体』となることは、絶対ではない。ということです」

「必ずではない」

「『死体』となることが絶対ではないのなら」

「『死体』とならない方法が、私という形で存在しているということは」

「『死体』化現象には、解決法が存在するということです」

「私は、世界を救ってみせます」

「『死体』におびえることなく、憎むことなく、手を組み、安らぎを祈ることができる世界にしてみせます」

「だから皆さん、信じてください」

「待っていてください」

「生きていてください」

「悲しさに負けずに」

「絶望に折れずに」


 沈黙。

 考え込むような、息の音。

 アリスは僕を見る。笑う。

 大きく息を吸い、彼女は言う。


「神さまになんて、負けません!」


「ですよね、江渡木さん」


 言っちゃった! と、言わんばかりに、アリスは悪戯っ子めいた笑みを浮かべる。

 つられて僕も笑う。


「そうだな」


 僕は答える。

 どこかで神さまは聞いているのだろう。

 ラジオには届かない声で。

 神さまには届く声で。

 アリスにも届く声で。

 神さまに宣戦布告するように。

 アリスに約束をするように。


「任せておけ。僕の撮る映画はいつだってハッピーエンドだって、不評だったんだ」


 バツン。と電気が切れた。ブレーカーが落ちたようだ。アリスの小さな悲鳴。

 うう、うう……。

 ああ、ああ……。

 呻き声。ゾンビの呻き声。

 振り返ってみると、ラジオ局の中に、ゾンビが侵入してきていた。


「江渡木さん!」

「さっさと出るぞ、アリス」


 僕はアリスの手を取る。

 目の前まで迫っているゾンビの頭を、拳銃で撃ち抜く。

 倒れるゾンビの横を走る。ゆっくりと足を引きずりながら迫るゾンビたちの脇をすり抜けるようにして走る。蹴って、どかして、レコニング号に飛び乗る。


「舌を噛むなよ」

「はいっ!」


 ギアをリバースにして、アクセルを踏む。

 後ろ向きにラジオ局から飛び出す。車にひっついていたゾンビが潰れ、レコニング号が大きく揺れる。着地。ギアをドライブに変えて、加速。

 ゾンビの足では車には追いつけない。しだいに小さくなっていくゾンビの群れとラジオ局をバックミラーで、アリスは振り返りながら見つめる。

 その影が見えなくなったぐらいで、僕は耐えきれずに笑った。

 神さまもラジオを聞いていて、やはりお怒りだったらしい。

 ひとしきり笑ってから、僕はアリスに尋ねる。


「さて、どこに行こうか。神さまの啓示シナリオ通りに動かなくてもいいんだし、アリスの行きたいところに行こう」


 ここではないどこかへ行こう。

 世界を救うために。


「……でしたら」アリスは恥ずかしそうに答えた。

「海に行きたいです」


end.      

〈sorry to see you go!〉

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アリス・イン・ゾンビーランド ゾンビに撮影許可は必要ですか? 空伏空人/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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