エンディング(2)
もちろん、DJというのは、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のカタヤナギツインズみたいなあれではない。
DJはDJでも。
ラジオDJである。
建物自体は古かったが、発電機や太陽光パネルがあるから、中の機械が壊れていない限り、少しぐらい使うこともできるだろう。
入り口は内側にバリケードが造られているようで開くことができなかったので、レコニング号で体当たりして、ぶち抜いた。
後部座席に座るアリスが衝撃で運転席に頭をぶつけた。赤くなった額を隠しながら、睨んでくる。僕は笑う。
ラジオ局の中は、予想通り、暗くてホコリだらけだった。
それでも物が散乱したりしている様子はなく、なにか暴動があって、人がいなくなったのではなく、時間と共に、ゆっくりと人がいなくなったのだろうと推察できた。
奥の方に進む。オンエアーの赤ライトが設置されている戸の前にたどり着く。
「安全確認で先に入るから、呼ぶまで待ってろ」
重い扉を開けて中に入る。大きなマイクミキサーの前に、誰かが座っていた。
腰と首に縄を巻きつけ、自分の体を椅子に縛りつけている。
頭の横には大きな穴が空いていた。壁には黒ずんだ頭皮がひっついている。
自殺だろうか。
顔を覗きこむ。うう、うう。と呻き声をあげながら、ゾンビは僕を、白く濁った目でじっと見ている。
マイクミキサーの上に、手紙が眼鏡を重しに置かれていた。僕は割ってしまった眼鏡の代わりにそれをかけて読む。度は微妙に合っていない。
『ここを訪れた誰かへ。失敗したときに備えて、体は縛って弾は多めに入れてあります。よろしくお願いします。』
椅子の足元に目を向けると、拳銃が落ちていた。
映した銃は使わなくてはいけない。
救うことができなくても、せめて報われる結末を。
僕は拳銃を手に取り、ゾンビの後頭部に当てる。
「おやすみ」
引き金を引く。
ゾンビは動かなくなった。
「アリス、いいよ。入ってきて」
「……ここは、どこなのですか?」
アリスはゾンビと僕が持っている拳銃をちらりと見てから、恐る恐る尋ねてくる。
久々にアリスの声を聞いた。
その声はなんだか、申し訳なさそうだった。
「ラジオ局だよ。聞いたことない?」
「いいえ、さっぱり」
「現代っ子め」
「しょうがないじゃあないですか、私は」
「今まで外に出たことがないから。 だろう?」
「その通りです」
「同じセリフを連発すると、視聴者にレパートリーがないと思われるぞ」
「言われたことがあるんですか?」
「『面白くもない会話を気に入ってるのか知らないけど、ずっと繰り返しているの、語彙とセンスがないのが丸わかり』」
語彙がないよりも、センスがないの方が正直つらかったな……。
「ラジオっていうのは、簡単に言うと、電波を使って、遠くまで音声を送るものかな。レコニング号にもついてただろう」
「あの、ザーザー音がしていたやつですか?」
「そうそう」
「実は、江渡木さんが寝たあととかずっとザーザーって音を聞いていたんです。落ち着く音でとても好きだったのですが、ここから流れていたのですね!」
「あれはなにも受信できていないから流れているノイズで、あれを流すのが目的じゃあないんだよ。本来は」
スタジオのブレーカーを入れる。
電気がついた部屋は、ガラスで二つに分けられていた。
僕らのいる部屋と、マイクと机がぽつんと置かれた部屋。僕はガラス窓の向こうを指さす。アリスは僕の指の先っぽを見つめてから、自分の顔を指さした。
「入れってことですか?」
僕は頷く。
よく分かっていないのか、アリスは自分の顔を指さしたまま、「はてな」と首を傾げている。そんな彼女の肩を掴んで、ぐるりと回し、マイクのある方の部屋へと向かわせる。
「やっと、話してくれた」
「え?」
アリスの背中をどん。と押す。
「いきなり、なにするんですか」
アリスは振り返りながら言う。僕は耳を何度か叩いて、聞こえない振りをする。
マイクを指さす。それで話せ。とジェスチャー。アリスは恐る恐るマイクを指で叩く。ハウリング音。びくりと肩を持ち上げる。思わず吹きだすと、彼女は僕を睨んできた。
「えっと。聞こえますか?」
ちょっと怒っていそうな声が、スピーカーからする。
「さっぱり聞こえない」
「聞こえますかぁ!」
「全然聞こえない」
「私、江渡木さんのことが好きです」
「ぐふっ」
むせた。
咳き込みながら、窓ガラスの向こうを見ると、アリスがにまぁ。と笑っていた。
「聞こえてるんじゃあないですか」
「そうみたいだ……僕の声は?」
「さっぱり聞こえませーん」
「ようやく話してくれて、嬉しいと思ってるよ。僕は」
ため息と一緒に吐きだすと、アリスは口元をゆるめて、頬を少しだけ朱に染めた。
「私も、また江渡木さんと話せて嬉しいです」
僕は心の中で胸をなで下ろす。どうやらお互いに、話すタイミングを伺っていたらしい。
「それで」アリスは重しが落ちたような笑みを浮かべて。
「この部屋は一体、なんなのですか?」
「さっき話しただろう。ここはラジオ局。ラジオって言うのはあのザーザー音のことで、本来はノイズではなくて――人の声が聞こえるんだ。そして、アリスが立っている部屋は、ラジオを収録する部屋だ」
「ここで、ラジオの」アリスはマイクを見下ろす。「このマイクで話せば、声が遠くまで届くようになって、レコちゃんの中でも聞こえるようになるってことですか?」
「そう。だからさっきのアリスの告白も遠くまで届いているよ」
「わあーーーーっ!」
アリスはかを真っ赤にして、大慌てで、マイクを両手で塞いだ。僕はケラケラと笑う。冗談だと気づいたアリスは、僕を恨めしそうに睨んで、唇をとがらせる。
あんまりにも良い表情だったから、僕はアリスの顔をカメラで映す。
むぅ。と唇を尖らせたまま、アリスはぶっきらぼうに言う。
「私はここで、なにをすればいいんですか?」
「ラジオを流してほしい」
「ラジオをですか?」
「そう。遠くの人に向けて。宣言をしよう」
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