第二十二話 勝利
シラハ、チュラスと共にあらかじめ決めていた合流地点であるロシズ子爵領の山小屋に入る。
地図を囲んで何か協議をしていたカリル達が弾かれたように立ち上がった。
「無事だったか!」
「オルス伯爵家の騎士宿舎を順番に襲撃してこうかって話してたのよ」
カリルとソレインがリオとシラハそれぞれに歩み寄って怪我の有無を調べ、ほっと息をつく。
リオは山小屋の隅で埃をかぶっていた椅子を持ち出して、布で座面を拭いて座った。
「疲れたぁ……」
背もたれに全体重を預けて、リオは疲労感を声にして吐き出した。
シラハは声も出ないらしく、同じように椅子を持ってきて座り、リオの肩に頭を預けて居眠りを始める。
フーラウが白湯をリオに差し出しながら質問した。
「どうやって切り抜けたんだ? 騎士共が全員で追いかけていたはずだが」
「なんか言葉にするのが難しいけど、自分以外の力を利用して筋力以上の力を出した、みたいな?」
「わからん」
リオも理屈を説明したいところだったが、疲労で頭が上手く回らない。
山小屋を見回したリオは全員がそろっているのを見て安心した。
「ともかく、全員無事でよかったよ。そういえば、イオナって弓を持った女の人は来なかった?」
「あの矢を射た奴か? 見てねぇな」
「そう。なんでこんなところにいたんだろう」
偶然にしてはあまりにも出来過ぎているように思う。イオナがリオ達を探して先回りしたのだろうか。
トリグたちですらリオ達にあの場で会うのは予想外といった表情をしていた。イオナが先回りできるとは考えにくい。
むしろ、イオナはリオを探しているトリグたちを追跡していたと考える方が自然だ。トリグがリオたちを捕らえれば助ければいい。リオが別の場所で見つかればトリグたちから離れて接触を図れる。
いずれにしても、イオナの目的は分からない。本人に聞いた方が早いだろう。
「休憩を取ったらラスモア様に報告しに行く?」
「おう。ラーカンル達が証拠を届けたはずだ。大手を振ってロシズ騎士団が動けるようになっていれば、向こうから迎えが来るかもな」
「なら、しばらく寝る」
「ゆっくり休め」
※
陽が昇るまで眠ったリオは朝食代わりの乾パンをもそもそと食べた後、全員で山小屋を出発した。
昨日のこともあるため周囲を警戒しながら、カリルの案内でロシズ子爵領の小さな町トラウルに入る。
指名手配がまだ解けていない可能性も踏まえ、リオはマフラーで口元を隠していた。
まともな食事がとりたいな、と食べ物屋台を眺めていると、シラハがリオの手を引いた。
「オッガンさんがいる」
「一人?」
「他にも何人か。でも、ロシズ子爵の騎士と魔法使い」
「みんな、ちょっと来て」
カリルやフーラウ達を呼び止め、路地に入って情報を共有する。
オッガンは以前、トリグと行動を共にしてリオたちを捕らえている。表立って協力することができなかったための苦肉の策ではあったが、今も同様かもしれない。
リオたちの視線がチュラスに向いた。
「様子を見て来てくれない?」
「仕方があるまい。しばし待て」
路地を抜け出したチュラスが走っていく。
猫の姿だけあって通行人もさほど気にした様子がない。子供が数人追いかけようとしたが、すぐにチュラスが差をつけてしまい諦めたようだ。
ほどなくして、様子を見てきたチュラスが戻ってきた。
「ラーカンル達が証拠を届けたようだ。オッガンが宿を指定してきた。そこで落ち合おうとのことである」
「どこの宿?」
「ここから近い少々高級な宿であるな。聞かれたくない話もあろう」
チュラスが宿の名前を口にする。
リオにはさっぱりわからなかったが、カリル達は知っているようだ。
「少々なんて額の宿じゃねぇぞ。こんな格好で行ったら追い返されるっての」
「身綺麗にしてから行きたいわね。まぁ、そんな贅沢を言える状況でもないか」
「寝たい」
パナルが欠伸交じりに呟く。
オッガンを待たせるわけにもいかないと、リオ達は仕方なく宿に向かった。
宿の入り口にはラーカンルが立っており、周囲にはロシズ子爵家の騎士たちが警備をしている。
物々しい空気に住民たちは遠巻きにしながらも怯えている様子はなかった。普段から騎士たちが丁寧な振る舞いを心掛けているおかげだろう。
リオ達を見つけたラーカンルが敬礼で迎えてくれる。
「中へ」
人目があるためいつもの気さくな態度はとらず、ラーカンルは自ら宿の扉を開けてリオ達を中に通した。
宿の広いエントランスホールにも騎士たちが武装して警備についている。そんな騎士たちの中央にオッガンがいた。
リオ達を見ると、オッガンは年齢を感じさせない流麗な動きで立ち上がる。
「リオ、シラハ、カリルもみな無事だったようじゃな。ラーカンルに証拠を託して残ったと聞いた時は焦ったぞ」
「いろいろとあったけど、結果的には無事だよ。収穫もあった」
「うむ。まぁ、座れ。上の方の状況を説明しよう」
オッガンが政治的な状況の説明をしてくれた。
現在、ラーカンルが持ち帰った証拠資料の内、シラハのファイルを除いてすべてが証拠品として王都にいるロシズ子爵に送られているという。
「リィニン・ディアがしでかしたことが大きいのでな。公表はされんじゃろう。だが、王家はこちら側に付くつもりのようじゃ」
もともと、責任の所在を有耶無耶にするため、トリグ隊長を派遣していたくらいだ。王家もオルス伯爵家を多少なりとも疑っていたのだろう。
政治の話はリオにとって雲の上のことだ。理解に努めようと真剣に話を聞くリオに、オッガンはにこやかに笑いかけた。
「簡単にいえば、我らの勝ちじゃ。リオとシラハにかけられている指名手配も数週間で解かれるであろう」
「王家の騎士とちょっと戦っちゃってるんですけど」
「構わぬ。そこも有耶無耶にできるように、あのトリグという隊長が来たのじゃからな。実力は相当にあるようじゃが、不運なほどに立ち回りが上手い男のようじゃ」
トリグが聞けば嘆きそうな評価を下して、オッガンは笑う。
のんびりとした空気ではあったが、シラハが疑うように周囲の騎士たちを見回した。
「なんで、こんなに騎士がいるの?」
「あぁ、そのことか。オルス伯爵家が自棄を起こして攻めてこないとも限らぬ。そうでなくても、リィニン・ディアが入って来ぬように監視が必要じゃ。儂がここにいるのも、現場指揮を任されたからじゃよ」
老骨に無茶振りをしよる、とオッガンは困ったような、まんざらでもなさそうな顔でぼやく。
なんだかんだで、頼られるのは悪い気がしないのだろう。
「ラーカンル達を護衛につけよう。村に戻っておけ。おって、ラスモア様が報酬を持って話を聞きに行くはずだ」
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