第六話  襲撃メンバー

 オルス伯爵領の領境は鉄製品を輸送する馬車が交通の妨げにならないように広く取られた街道が貫いている。

 指名手配されているリオやシラハは人目につかないように街道を避けるしかないため、地理に詳しいカリルの案内で山中を進んでいた。

 山に入ってばかりの頃はリオもシラハもサンアンクマユを思い出して邪獣や邪霊を警戒していた。だが、丸一日もするとこの山が想像よりもずっと安全なのだと分かる。

 邪獣を一切見かけないのだ。

 野生動物はいるが、未知の生き物はいない。


「リィニン・ディアの本拠地があるっていうから身構えていたけど、安全だね」

「拠点があるからこそ、魔玉から邪霊が誕生しても早期に対処してるんだろ。たまに対処が間に合わなくなったり隠れ里を作って籠られたりはするだろうが」

「カリルが腕を無くした事件?」

「いま思うとそういうことだよな。右腕の敵討ちといくかぁ」


 敵討ちと言いながら、カリルの口調はのんびりしたものだ。

 樹上を伝い歩いていたチュラスが声をかけてくる。


「この先に三人組の男女がいるようだ。カリルの名前を出して会話をしておる。知り合いか?」

「男二人に女一人だろ? 合流予定の冒険者だ」


 カリルが言う通り、合流予定の山小屋で焚火をしていた三人の冒険者はリオ達を見て軽く手を上げて挨拶してくる。


「リオ、久しぶり!」

「フーラウさん!」


 以前、猿の騒動で村に調査をしに来たカリルの元パーティメンバーの三人だ。

 最後に顔を合わせて一年も経っていないというのに、ひどく懐かしい気持ちになってリオはフーラウに駆けよる。


「お久しぶりです」

「おう。面倒ごとに巻き込まれてるって聞いたぞ」


 フーラウはリオの顔を覗き込んで明るく笑う。


「大きな怪我もしてないな。感心、感心」

「まぁ、しなかったわけでもないけどね……」


 テロープのボスに突進されて死にかけたことを思い出しつつ、リオは目を泳がせる。

 カリルがチュラスにフーラウ達を紹介していた。


「リオと話してる年かさの男がフーラウ、あっちの女がソレイン、もう一人の男がパナル。俺の元パーティメンバーでCランクのベテランだ」


 猫に紹介しているカリルを見てソレインが怪訝な顔をしている。

 チュラスが視線に気付き、わざとらしくにゃあと鳴いた。ソレインの表情がますます曇る。


「カリル、あんたって人形遊びとか好きだったっけ……?」

「猫を擬人化して話しかけてるわけじゃねぇよ。こいつは魔玉由来で言葉を理解してるし話せるんだ。おい、チュラス、ふざけてねぇで口を聞けよ」

「にゃー」

「このやろ……」


 カリルをおちょくって楽しんでいたチュラスだったが、唐突に明後日の方角を向いて目を細める。

 ほぼ同時に同じ方向を向いたシラハが呟いた。


「ラーカンルさん達が来る」

「ラスモア様が寄越した援軍かな?」


 リオが質問すると、カリルは静かに頷いた。


「リオ達と面識があるラーカンルとエンロー流の騎士が五名来ることになってる」

「異伝じゃなくて正エンロー流?」

「そうだ。賊の鎮圧となればこれ以上はない流派だ。少人数での戦いなら最強格の流派だからな」


 エンロー流は騎士剣術でありながら、特殊な歴史を持つ流派だ。

 豪族が騎士に取り立てられることが多かった時代、家同士の確執を解消するために頻繁に決闘騒ぎが起きていた。

 決闘には代役を立てることも認められており、勝った側は代役へ報奨金をはずんだ。

 報奨金目当ての腕利きが代役として引く手数多となったころ、頭角を現したのがとある騎士、エンローだった。


 このエンローはとかく金遣いの荒い男であり、あちこちで決闘を吹っかけては賠償金を踏んだくり、代役として自分を売り込んでは報奨金で荒稼ぎをした。

 盗賊騎士、強請騎士……ついた汚名は数知れず。しかし、質の悪いことに強すぎた。

 あまりに強すぎたがために代役として出すと逆に家同士の確執を生むほどになった。常勝不敗のカードを切れば、もはや決闘として成立しないからだ。

 仕方なく、エンローは道場を開いてエンロー流の開祖となって金を稼ぐことにした。


 こうして誕生したエンロー流は賊の討伐に多大な貢献をすることになるが、門下生も柄が悪かった。

 エンローを恨む騎士たちとの小競り合いは日常茶飯事。切れたエンローに率いられて騎士の宿舎を襲撃、制圧する始末。

 あまりに暴れまわるため、国の施策で辺境に送られることとなり、ようやく表面的には大人しくなった経緯がある。


 なお、それでも恨みつらみをため込んだ襲撃者が絶えなかったためにエンローが改めて組み上げたのが異伝エンロー流である。

 無茶苦茶な動きをする異伝エンロー流を見たかつての決闘相手たちが口をそろえて「エンローも大人しくなったものだ」と口にしたとの逸話がある。


 リオはシラハとチュラスが見ている方へと目を凝らす。

 正エンロー流の使い手を見るのは初めてだ。村にいた頃には騎士との訓練もしていたが、正エンロー流を使う騎士は見なかった。

 特徴のない顔立ちの騎士、ラーカンルに率いられてきたのは意外なことにさほど筋肉質には見えない男女たちだった。

 鍛えられてはいるが雑踏に紛れればすぐに見失ってしまいそうな、平均的な体型に見える。


 正エンロー流は荒っぽい剣術という思い込みがそうさせるのか、ぱっと見はさほど強くなさそうに見えるほどだった。

 だが、敵として見た場合、恐ろしく隙がない。どんなタイミングで仕掛けても、カウンターで殴り飛ばされるか蹴り飛ばされる。ポケットに入れた右手にはおそらく投げ物が握られているだろう。

 異伝エンロー流を彷彿とさせる軽い身のこなしも見え隠れしている。

 カリルが全員を見渡して声をかけた。


「この面子でリィニン・ディアの拠点に潜入する」


 神器や邪器の持ち主が四名、Cランクの冒険者パーティ、正規騎士が六名。急遽揃えたことを考えればそこそこの戦力ではあるが、大規模な裏組織の拠点を襲うには心もとない。

 シラハが眉をひそめてリオの近くによる。


「この人数だと、危険」


 シラハの不安を聞き取ったのだろう。カリルが続ける。


「別に制圧が目的じゃない。俺たちの目的は、リィニン・ディアとオルス伯爵の関係性を証明する証拠探しだ。関係が証明できれば、後はラスモア様たちが上で話をつけてくれる。そんなわけで、戦闘は極力避けろ」


 釘を刺したカリルは最後にラスモアから借りた神剣ヌラを抜き、中央に差し出した。


「こいつがあれば、俺が一瞬でも見た景色を再現できる。書類だろうが何だろうが、一目見れば後で精査できるって寸法だ。物的証拠がなくても、目撃すればほぼ勝ち。物的証拠があれば完勝だ。ってなわけで、肩の力を抜いて行こうぜ。片腕の俺だからこそ言うが、命あっての物種だ」

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