第五話 似た者同士
夜を待って村を出たリオ達は邪剣ナイトストーカーの効果で姿を隠して街道沿いにオルス伯爵領へと向かう。
「カリルはオルス伯爵領で冒険者をしてたんだよね? どんなところなの?」
リオは道すがらの雑談がてら、現地の情報を得ておこうと質問する。
カリルは中身のない右袖を夜風に揺らしながら、思い出すように星空を見上げた。
「治安がめちゃくちゃいいところだ」
「リィニン・ディアの拠点があるのに?」
「拠点を危険にさらす馬鹿はいないだろ。まぁ、いま思うと魔玉由来だろうなって新種の生き物が時々出ていたな。とはいえ、俺たち冒険者の出番はせいぜい調査や現状維持で、すぐに騎士団が派遣されてきて討伐してた」
カリルの言葉にリオは納得する。
民間人である冒険者に深く立ち入らせずに騎士を出すことで魔玉を回収していたのかもしれない。
「これからオルス伯爵にケンカを売ろうっていうのに言うことでもないが、ひいき目抜きにいい土地だ。特に、駆け出しの冒険者にとってはな」
少し皮肉そうにカリルは笑う。
才能の壁にぶつかってくすぶっていたカリルは、新人の冒険者の土地から出られなかったことが引っかかっているらしい。
「オルス伯爵領の主要産業は鉱山だ。精錬も加工も一手に引き受けて、どの町にも有名な工房があると言われるくらいに領地を上げてやってる事業だな」
身近なところでは、村で使っているクワやリオの父バルドが時々武器にもしている斧などがオルス伯爵領で作られたものだという。
しっかり手になじみ、振るいやすいと父が太鼓判を押していたのを思い出す。
密接に生活にかかわっているため、ロシズ子爵もリオ達を捕縛すべきというオルス伯爵の提案を表向き拒否できなかったのだろう。
「駆け出し冒険者にとっていい土地って言うのは、やっぱり武器が安いとか?」
自前の鉱山を有しているのならば、輸送のコスト分、鉄製品が他の領地よりも安いと想像がつく。
だが、リオの想像する武器の安さ以外にも理由があるらしい。
「オルス伯爵領だと年中、鉱夫を募集してるんだ。もともと治安がいい土地だけあって冒険者の需要はさほどないんだが、ガタイの良い冒険者は鉱夫として引く手数多だからな。どちらも命の危険が付き物だが、同じように金払いがいい」
鉱夫として働き、道場で実力をつけ、武装を揃えて冒険者として実績を積み、外へ出ていく。それがオルス伯爵領における冒険者の流れになっているらしい。
「おかげで道場も繁盛してたな」
「その道場に殴り込みに行ってたんでしょ?」
「あぁ、ちょっと変装でもするか」
よほどのことがあったのか、カリルは顔を隠すように襟を立てる。
「道場が繁盛すれば当然、衛兵や騎士の質もよくなる。しかも武装に使う金属ならいくらでも出てくる土地柄だ。オルス伯爵領の騎士は剣の腕もさることながら、武装にも金がかかっていて精強で鳴らしてる。特に重武装のオックス流や金持ち剣術のシローズ流が幅を利かせているイメージだな」
シローズ流はガルドラットやその主君ナック・シュワーカーが使っていた剣術だ。
騎士が使う流派にも土地柄が出るのかと意外に思っていると、シラハがリオの袖を引いた。
「待ち伏せしてたオックス流の騎士」
「あぁ、あのサンアンクマユの奴らか」
「リオ、シラハ、何の話だ?」
「サンアンクマユでミュゼって副ギルド長にはめられたんだ。その時、地下通路を通った先に配置されていたリィニン・ディアのオックス流剣士の集団のこと」
かいつまんで説明すると、カリルもシラハが言いたいことを理解したらしい。
「そのオックス流の剣士らしき連中がオルス伯爵麾下の騎士ってことか? 魔玉回収部隊でも組織してんのかねぇ」
これからオルス伯爵領にあるリィニン・ディアの拠点を攻める以上、敵戦力に本職の騎士がいる可能性は無視できない。
特に、オックス流は拠点の防衛に無類の強さを発揮する流派だ。重装備で固めた正規のオックス流騎士となれば、同数の騎士でも手に負えない。
「ラクドイの奴と違って才能を磨いた正規騎士だもんなぁ。当たりたくないが、こっちにはリオとシラハがいるから何とかなるだろ」
「えっ? 俺?」
騎士でも手を焼く相手に才能がないと言われる自分を切り札として出されて、リオは目を丸くする。言及されたシラハもきょとんとした顔でカリルを見た。
二人の反応に、カリルは左手をひらひらと振る。
「オックス流は後方に魔法使いを配置して防御魔法を展開するのが正式な陣形だ。重装備で足が遅いオックス流を魔法から守らないとならねぇ。だが、その防御魔法を斬る剣技の持ち主リオに加えて、魔法に長けたシラハまでいる」
カリルの説明に補足するように、足元を歩くチュラスが口を開いた。
「さらに、リオは高速剣術と神剣オボフスがあろう? 如何なる重装備でも透過して中の肉体を斬るリオはもはや、オックス流の天敵になっておるぞ」
「自覚なかった……」
リオは腰に下げている神剣オボフスを見下ろす。
朱塗りの鞘に入ったその神剣はロシズ子爵領に入るまでの間シラハとの訓練を行い多少は使えるようになっている。
「ちょっと自信がないかな。この剣、癖が強いんだよ」
「鞘に入ったままでないと透過能力が使えないんだったか? せっかくもう一振りあるんだから二刀流でいいんじゃね?」
「無茶言わないでよ。腕力がないから豪剣を振れないのに、さらに片腕で振ってもまともな斬撃にならないって」
「あぁ……。リオは俺より才能がないわけだしな。相手が身体強化で硬くした体そのものを斬る威力は最低でも必要になるわけか」
カリルは思案顔で空を仰ぎ、考えを口にする。
「相手の肉体、筋肉や骨を透過して内臓を斬るのはどうだ?」
「動物の身体は透過できないよ。魔力が体内を循環してるから、透過魔法の核が膨らんで弾かれちゃうんだ。そうでなくても、液体が透過できない」
「だめか。いい案だと思ったんだがな。それだと、毒でも塗るのが最適解だな」
「悪いこと考えるなぁ……」
ポンポン意見を交わす二人を見上げて、チュラスが鼻を鳴らす。
「仲の良いことであるな」
「二人はいつもこう」
シラハが唇を尖らせて、リオの袖を掴み続けていることにも気付かない様子でリオは神剣オボフスの活用方法をカリルと相談し続けていた。
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