第二十六話 四つ巴

 ナイトストーカーが曲剣を中段に構える。


「あの曲剣も手入れされてるな」

「教えた人がいる?」

「分からないけど、人間を相手にしているって考えて動こう」

「うん」


 リオは一歩前に出て剣を下段に構える。その後ろでシラハが腰だめに剣を構えた。

 邪獣や邪霊と戦う経験よりも、騎士たちを相手に訓練した時の感覚に従うことを心に決める。

 ナイトストーカーが一息にリオとの距離を詰めた。曲剣の切っ先がリオの胸へと向けられる。

 リオが避ければ後ろのシラハを狙える突きだ。


 リオは突き出された曲剣に自分の剣を下から押し付け、巻き上げるように手首を返す。

 ナイトストーカーが即座に手首を返し、リオの剣から曲剣を逃がす。

 やはり、剣術を理解した動きだ。それも、一朝一夕では身につかない鍛錬を行なって最適化を図った動きだった。


 ナイトストーカーがすり足で素早く左後方に逃れる。リオの反撃を牽制するために切っ先をリオの脚へと向けていた。

 直後、ナイトストーカーが焦ったように後方へ跳ぶ。


 シラハが魔法で隆起させた地面の勢いを利用して、リオが一瞬でナイトストーカーとの距離を詰めたからだ。

 シラハとの距離が離れすぎるのを嫌い、リオは追撃を諦める。


「魔法を使った剣術は知らないみたいだ」

「そもそも誰もやらない」


 シラハに突っ込まれつつ、リオは剣を構え直す。


「シラハの魔力量と器用さがあってこそだもんな」


 自分よりもシラハの方が相性のいい相手かもしれないと思いつつ、リオはナイトストーカーの出方を窺う。

 リオとシラハの連携に攻め手を見つけられないのか、ナイトストーカーはゆっくりと横にずれながらリオ達の隙を見つけ出そうとする。


 シラハがリオの横に並ぶ。腰だめにしていた剣をやや持ち上げた。

 シラハの立ち位置からやりたいことを察したリオは深呼吸する。

 掛け声は必要ない。


 同時に動き出したリオとシラハは速力の違いからリオが一歩前に出る。

 急速に縮むナイトストーカーとの距離。互いの間合いに入った瞬間、シラハが剣の柄の魔法を発動し、リオとナイトストーカーの間の地面を一気に隆起させて壁を作り出した。

 直前に視線でフェイントをかけていたリオは剣の切っ先を壁に向け、全力の突きを放つ。


「――はっ」


 掛け声に魔力を乗せ、壁の魔力膜を膨張させる。リオの剣の切っ先が薄紙を破るように魔力膜を貫き、魔法で作り出した壁を霧散させた。

 壁の左右どちらかからリオが仕掛けてくると読んでいたナイトストーカーは突如突き付けられた第三の選択肢に反応が遅れる。

 鋭い突きがナイトストーカーの胴体に届き、硬質な音を立てた。甲虫のような上半身は見た目通りの硬度を誇っているらしい。


 ナイトストーカーが反撃に剣を振り上げるのをわざと待って、リオは横っ飛びに回避する。

 リオが横に跳んだことでシラハとナイトストーカーの間に射線が通った。


「――燐炎」


 白い火花がシラハの前に放射状に散らばった直後、火花を結ぶように青い炎が走り抜ける。

 夜闇を一瞬で青に染めた炎はナイトストーカーを背後の民家ごと呑み込み、焼き焦がした。

 込められた魔力を消費しつくした青い炎が空気に溶けるように消滅する。


 人間なら即死する威力の魔法だが、ナイトストーカーは健在だった。

 シラハが目を細める。


「燃えにくい」

「本当に厄介なやつだな」


 上半身は硬く斬撃が通らない。魔法も効果が薄い。姿を消すことができ、動きも速く、剣術の心得がある。

 有名な邪霊だけあって厄介極まりない相手だった。

 逃がす気はないと、リオとシラハが次の手を打とうとしたその時だった。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。


 コンラッツが追い付いたのかと期待したが、現れた人物を見てリオとシラハは揃って顔をしかめた。


「ミュゼ……」


 白面を着けているが、背格好や武器を見れば一目でわかる。ギルド副支部長のミュゼだった。

 ミュゼはリオとシラハ、ナイトストーカーを見て悩むように夜空を見上げた。


「まさか、ナイトストーカー? なぜ姿が見えるんだい? というか、無謀なことはしないでほしいんだけどね。取り逃がしたと知らせを受けた時は本当に焦ったよ」


 飄々と言葉を紡ぎながら歩いてくるミュゼを見てから、ナイトストーカーがちらりとリオとシラハの顔を見た。

 二人の表情からミュゼは仲間ではないと判断したのか、ナイトストーカーは曲剣をミュゼに向ける。邪魔者は先に排除しようと考えたらしい。


 だが、ナイトストーカーは動かなかった。

 ミュゼを警戒していたリオにもわかる。無防備に歩いてくるように見えるが、ミュゼは完全な臨戦態勢だ。異伝エンロー流の使い手だけあり、無防備に見える時が一番危ない。

 ミュゼが肩をすくめる。


「邪霊が何故剣術を知っているのか不思議だね? まぁ、姿が見えているのなら話は早い。始末しておこうか」


 言うや否や、ミュゼは前へと倒れこむような姿勢で剣を抜き放ちながら、飛ぶ鳥のような速さでナイトストーカーへと駆けた。一歩があまりにも広く、急速に彼我の距離が縮まる。


 ナイトストーカーを間合いに入れた瞬間、鞘で地面を突いて急制動をかけたミュゼは剣をナイトストーカーではなく、民家の壁に向かって振りぬいた。

 木の壁を斬ったとは思えない金属同士がこすれ合う音が響き、火花が飛び散る。


 火花が宙で消えるより早く、壁から飛び出したコンラッツが神剣オボフスを振り下ろした。

 豪速で振り下ろされる神剣、その柄を握る手をミュゼは鞘で下から打ち上げようとする。


 即座に片手持ちに切り換えたコンラッツが二歩踏み込む勢いを乗せて突きに転換する。

 右足を軸に体を捻って突きを躱したミュゼが剣と鞘をそれぞれ片手に持って先端をコンラッツに向けた。

 ミュゼが剣を突き出し、コンラッツが右へと体をずらした。コンラッツの動きを見るより早く、ミュゼは鞘で自らの剣を上から叩いて軌道を変える。


 コンラッツの表情が歪む。ミュゼがかざした鞘が視線を遮り、変化した剣の軌道が読めないのだ。

 神剣オボフスを体の側面に構えたコンラッツがミュゼの横薙ぎで吹き飛ばされる。リオやシラハに到底真似できない剛剣だった。

 コンラッツが地面に足を擦りながらリオとシラハを背後に庇うように立ち、構えを取りなおす。


「不意打ちへの対応が早すぎる。これだから異伝エンローは鬱陶しい」

「こちらからすればあなたの存在が鬱陶しい。ナイトストーカーは差し上げますから、そこのお嬢さんを保護させてくださいよ」

「ここで貴様を排除する方が利になる。まぁ、死んでおけ」

「野蛮ですね。流石は汚泥だけある。死んで罪を濯いでください。手伝って差し上げましょう」


 コンラッツとミュゼが罵り合い、剣を構える。

 リオとシラハ、ナイトストーカー、コンラッツ、ミュゼ。完全な四つ巴の状況にリオは苦々しい思いで呟く。


「こんな町、来るんじゃなかった!」

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