第二十一話 挟撃

 防壁上の狩人や魔法使いを蹴散らしながらテロープとブラクルが跳ね橋方面へと突き進んでいく。その侵攻速度は尋常ではなかった。

 前衛となる剣士がほぼいない防壁上で騎兵突撃にも似たテロープの群れの突撃だ。伸縮自在の角を突き出して突っ込んでくるテロープに魔法や矢が打ち込まれるが、テロープは仲間の屍を乗り越えて突撃する。

 貴重な魔法使いや狩人がなすすべなく倒されていく。


「……シラハ、無理してついてこなくていいからな」


 道なりに進んでいては跳ね橋への到着が遅れると、リオはショートカットを決意する。

 舗装路から二階建ての民家を見上げ、リオは両足を使って跳躍する。

 民家の雨どいを右手で掴み、バルコニーに左足を引っかけるようにして体を支えると、右足を振り上げた勢いで一気にバルコニーに着地する。勢いを止めずに左手と左足をバルコニーの手すりに乗せてさらに跳躍、瞬く間に民家の屋根へと上ってみせた。


 剣が揺れないように鞘に入れて柄を押さえ、リオは一気に屋根の上を駆け抜ける。

 二階建ての屋根から三階建ての屋根へさらに高度を上げ、火事を監視する物見やぐらの梯子を足場に、通りを挟んだ向かいの家の屋根へと飛び移る。

 ちらりと後ろを見るとシラハがやや離れた位置から後に続いていた。遅れているというよりも、不意の遭遇戦に魔法で援護できる位置を確保しているのだろう。


 通りを見下ろすと、町の住人やアウトローが武器をもって避難所や事務所の前に陣取っていた。非常時だけあって協力しているらしく、住人の避難所前のバリケード設置を手伝うアウトローの姿もある。

 だが、冒険者の姿はまばらだ。跳ね橋方面へと急いでいるのだろう。

 跳ね橋が見えてくる。


「ちょっと出遅れたな」


 防壁に開いた門、跳ね橋へと続くその場所に半月型の陣を敷いてテロープ達と戦う冒険者たちの姿があった。

 一目でわかるほどに苦戦している。防壁の上にいる魔法使いや狩人がテロープの襲撃を受けており、遠距離攻撃による援護が機能していない。

 狭い跳ね橋へと押し込まれないように冒険者も抵抗しているが、見る間にじりじりと後退していた。

 リオは剣を引き抜き、シラハに声をかける。


「後続の冒険者が来るまでの間、跳ね橋の冒険者と協力してテロープとブラクルをこの場に足止めする。逆に挟み撃ちにしてやろう」


 防壁の上は気になるが、ちらりと見たところ指揮をとっていた老人やヨムバンが前衛を請け負っている。跳ね橋の冒険者が動けるようになれば防壁の上への救援も可能なはずだ。

 リオは民家の屋根から路地裏へと着地し、内心で謝罪しながら植木鉢を手に取った。

 路地裏から飛び出し様、跳ね橋へと角をかざして突撃していくテロープ達に植木鉢の土をばらまいて視界を遮る。


「――連ね氷柱の大雪華」


 突然の目つぶしで最前列が脚を止めたことにより、突撃体勢だったテロープ達が密集したその瞬間を見逃さず、シラハが屋根の上から魔法を撃ちこんだ。

 ゆっくりと、テロープの群れへと氷の結晶が落ちていく。

 密集しているために身動きが取れない中央のテロープ達が氷の結晶に切断されていく中で、リオは目つぶしが効いている最前列へと横から斬りこんだ。


 ギルドの資料でテロープの弱点は知っている。

 身を低く駆け込んでテロープに肉薄したリオはテロープの下顎を素早く斬り裂く。血が噴き出すよりも早く次の標的へと肉薄し、立て続けに三頭のテロープに大量出血を強いた。


 目つぶしから復帰した最前列のテロープ達がリオの姿を見つけていななく。

 リオはバックステップで離脱しながら空になった植木鉢をテロープに投げつける。

 テロープが即座に反応し、頭を上下に振った。すると、頭部についた二本の角が伸び、植木鉢を叩き落とした。


 角の伸び縮みを観察したリオは民家のバルコニーへと飛び移り、戦場を俯瞰する。

 戦場は大きく四つの区画に分かれていた。

 防壁の外側、町の中への侵攻を図るテロープとブラクルの群れとそれに対峙する防衛隊長率いる防衛陣地。

 防壁上、魔法使いや狩人とヨムバンたち少ない前衛が白いテロープの群れと死闘を繰り広げている。

 防壁の内側、防衛陣地から回された冒険者とそれを突破して防衛陣地を孤立させようとするテロープとブラクルの奇襲部隊による跳ね橋の入り口防衛戦。

 そして、リオとシラハの二人と入り口防衛線への突撃を仕掛けようとするテロープの突撃部隊。


「突撃部隊に指揮官はいないかな……」


 突撃を寸前で足止めしたリオに、テロープ達が怒りの声を上げている。だが、作戦指揮官がいれば喚く前に再突撃に移るはずだ。

 突撃部隊の混乱は指揮をとるものがいないか、発言力が低いことを意味している。


 防衛陣地を後方から脅かす奇襲部隊に目を向ける。

 仲間の突撃に備えて穴をあけていた陣形が埋め戻されている。速やかな陣形の立て直しだ。突撃部隊の混乱から再突撃はなくなったとする判断力と、防衛陣地の戦力を跳ね橋に押し込む作戦目標への理解力がなければこの対応は取りえない。


「シラハ、奇襲部隊に指揮官がいるから潰したい。混乱を誘発できるか?」

「大きいのを撃ち込むから、時間稼ぎして」

「任せた!」


 シラハが頷いて大きな商会の建物に窓から入り込んで姿を隠す。詠唱を行うためだろう。

 リオはバルコニーを飛び降り、突撃部隊へと一直線に走り込む。

 当然迎え撃とうとするテロープ達の前で、リオは訓練した足捌きを使いほぼ直角に方向を転換、奇襲部隊の背後に襲い掛かった。

 リオの動きに気付いていた奇襲部隊のテロープの背からブラクルたちが飛び降りる。


「そうやって走るのか」


 十本の触手で地面を捉え、跳ねるように向かってくるブラクルたちにリオは眉を顰める。


「気持ち悪っ」


 愛用の剣を腰だめに構え、リオはブラクルの動きを見極める。

 跳ねながら移動するブラクルは着地の際に弱点である触手の付け根に衝撃が届かないよう、すべての触手で地面に着地してクッションにする。


 リオは勢いを殺さないように歩幅を調整し先頭のブラクルが着地するタイミングに合わせて踏み込む。

 着地した瞬間の身動きが取れないブラクルへ、リオは全身全霊の蹴りを叩きこんだ。


 小柄とはいえ身体強化を行いながら最大速度で走り込んだリオの蹴りだ。ブラクルはぐらりと後ろ倒しになり、弱点である触手の付け根をリオに晒す。


「一匹!」


 蹴り足を地面につけ様、リオは手首を返して剣を地面と水平に構え、鋭い突きを放つ。

 ブラクルの触手の付け根に深く刺さったリオの剣は心臓へと致命的なダメージを負わせてから引き抜かれた。


 剣を引き抜いた勢いを利用して、リオは百八十度反転、殺到する突撃部隊のテロープ達に向き直る。

 外見的にはカモシカに似るテロープ達だが、体型ががっしりとしているため群れで突撃してくる圧力は猛牛のそれと変わらない。

 非力を自覚しているリオは最初から突撃に身を晒すつもりなどなかった。


 軽く後方へ飛んだリオは先ほど仕留めたブラクルの触手を思いきり踏みつける。

 直後、リオの体重で押し出された黒い蝋が触手の先から勢いよく噴き出た。

 空気に触れて固化する途中の黒い蝋は粘性があり、足をからめとられないようにテロープ達は脚を止めざるを得ない。


 リオはテロープの突撃部隊を無視して再度反転し、ブラクルたちへと剣を向ける。

 その瞬間、商会の建物から赤い糸で編まれた網が投擲された。

 質量のある物体としてはおかしな動きをするその赤い網は、ブラクルたちに触れた瞬間に燃え上がる。

 本能的なものか、ブラクルたちは即座に黒い蝋を分泌して消火する。しかし、赤い網は依然として燃えずに残り、消火した直後にまた燃え上がった。

 シラハの魔法だと知るのはリオだけ。燃やされているブラクルだけでなく共闘関係にあるテロープにまで動揺が広がり始め――瞬時に鎮静化した。

 ただ一度、一匹のブラクルが十本の触手を一本に束ねて地面を叩いたそれだけで。


 次の瞬間、ブラクルたちがリオに攻撃しようと向き直る。

 しかし、リオはすでにその場にいなかった。

 ブラクルたちが消火のためにばらまいた黒い蝋、空気に触れて凝固したその黒蝋の上をリオは疾駆する。

 滑りやすい蝋の上だろうと問題なく最高速で駆けることができるのはガルドラットに教わった身体操作の技術のたまものだった。


 リオの動きに気付いたブラクルが触手を横に薙ぎ払う。

 だが、リオは薙ぎ払いが来ると読んでいた。

 指揮官を探しだした直後から、触手が振り回せる空間がどこにあるのか絶えず警戒していたからだ。

 横薙ぎに襲ってくる触手を見た瞬間、リオは剣を第三の脚として地面に突き立てて速度を殺し、間合いから一気に離脱する。


 触手が振り抜かれた直後にその場に戻り、空いた空間を利用して再加速、一気に指揮官へと迫った。


「――見つけた」


 黒い蝋を全身にまといながらも、その奥に薄っすらと赤い線が無数に走った体が見えるブラクルだった。

 腰だめに構えていた剣を持ち上げ、切っ先をブラクルに向ける。突進力込みで体重をかけ、押し込むつもりでブラクルの胴体を観察する。

 狙うはあばら骨の隙間。黒い蝋に横一線の線が入るいわば関節部分。


 正確に、腰の入った突きを入れようとするリオの切っ先を遮るように、ブラクルが触手を盾にする。

 やはり防ぎに来たかと、リオは切っ先を止め、重心移動の流れを切らないようにブラクルの側面へと回る。

 別に自分が仕留める必要などどこにもないのだから。


 商会の最上階から、シラハが放った一条の白い炎がブラクルの指揮官に直撃した。

 ジュッ、と焼ける臭いと共に蝋が溶け落ちる。

 直撃したのを確認したリオはすぐに指揮官から距離を取る。


 視覚を持たないブラクルは触手で振動を感知して相手の位置を把握する。しかし、ここは戦場だ。様々な音が四方八方から襲い掛かるためブラクルたちの反応は鈍かった。

 まして、指揮官が倒れた今なら容易に包囲を抜けられる。


 リオがシラハと合流するべく身をひるがえしたその刹那――正面に白磁の壁が現れた。

 リオの身長や肩幅とほぼ変わらない一枚板が突然目の前に現れたのだ。


「……魔法?」


 呟きながらも、リオは右足を滑らすようにして壁を避ける。

 壁を警戒していたリオは後方から触手を打ち鳴らすような音を聞いた。

 反射的に振り返る。

 ブラクルの指揮官が白磁の壁を盾にシラハの魔法を受け止め、煙がくすぶる触手を一定の間隔で打ち鳴らしていた。


 仕留めそこなったと気付いたリオが次の行動に移るのは早かった。

 即座に反転し、剣を肩に担ぐようにして指揮官へと距離を詰めようと一歩、進む。

 間髪を入れず、先ほどまでリオがいた空間に周囲のブラクルたちが触手の束を叩きつけた。


「――っ」


 ゾッとする。あまりにも正確に、統率の取れた動きでリオを殺そうとしていた。

 判断がわずかに遅ければリオは肉塊になっていただろう。

 本能が警鐘を鳴らす。

 今までとはブラクルの動きがまるで違っていると。


 振動を頼りに攻撃するブラクルたちは動作がわずかに鈍かった。振動が到達するまでに時間がかかり、戦場の喧騒もあって行動するまでに思考する手順を挟んでいたからだろう。

 だが、先ほどの動きは全く異なる。

 リオの位置を正確に割り出し、逃げ道を潰すように連携して叩き潰そうとした。リオが反転攻勢を選んだから免れたものの、逃走を選んでいたら重傷を負っていただろう。


 ブラクルの指揮官が再び触手を打ち鳴らす。

 リオは瞬時に近くのブラクルへと肉薄し、触手の付け根に剣を振り抜いて斬り飛ばした。

 背後で広く、触手が地面を抉る音がする。

 いつの間にか乱立していた白磁の壁がびりびりと振動し、ブラクル指揮官の触手の音を響き返していた。


「……山彦?」


 原理は分からないが、白磁の壁が現れた直後からブラクルたちの動きは格段に良くなった。ならば、あの白磁の壁の魔法が連携を向上させた要因なのだろう。

 ならば、白磁の壁の魔法を斬ってしまえば元通りになる。

 リオは息を吸い込みかけるが、直前で思いとどまって指揮官個体に向けて全速力で駆けだした。


 音で連携を取るブラクルの群れの中で魔法斬りのために大声を出そうものなら、それこそ袋叩きにあってしまう。

 魔法を使っている指揮官を直接斬り伏せるしかない。

 リオの意図に気付いたか、シラハも魔法で指揮官個体の周囲のブラクルをけん制し始める。リオと指揮官の一対一の状況を作り出すつもりだ。

 リオは剣を地面と水平に構えながら指揮官個体の間合いへと踏み込んだ。

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