第二十話 翻弄

 テロープやブラクルは逃げる若者たちを追いかけるそぶりはなかった。

 町の入り口にして出口である跳ね橋とその前の防衛陣地を見つめ、報告し合うように鳴き声を上げている。鉄同士をこすり合わせるような不快な鳴き声には不思議な抑揚があり、一定の法則に従っているように聞こえる。


「……言葉?」

「みたいに聞こえるな」


 シラハの呟きに同意して、リオは老人を見る。


「冒険者の指揮を執る。お互い武運を祈ろう。リオ、シラハ、お前らは好きにしろ」


 防衛隊の指揮に動き出した防衛隊長に一声かけて、老人は跳ね橋へと走り出す。

 防壁の上から指揮を執るつもりらしい。

 シラハがリオの手を取った。


「避難誘導、する?」


 冒険者は階級別に緊急時の役割が決まっている。

 リオ達の階級では直接の戦闘ではなく町の住民の避難誘導が仕事になっていた。

 だが、避難誘導はブラクルの解剖中にすでに始まっており、半ば完了している状態だ。

 むしろ、戦力が不足している防衛陣地に加わる方が判断としては正しいだろう。


「防衛に加わる。シラハはどうする?」

「防衛陣地が崩壊したら町の中の方が危ない。一緒に戦う」


 シラハの言う通り、混乱する町の中にいるよりも町の出入り口である跳ね橋の方が撤退の判断もしやすい。

 リオ達は頷きあい、冒険者のいる陣地へと走り出す。


 陣地を走り抜けながら周囲を観察する。

 かつてリヘーランの悪夢を生んだテロープに加えて未知の生物であるブラクルが明らかに連携しているにもかかわらず、防衛陣地の士気は高い。

 防衛隊は流派ごとに固まって班を作っているようだが、どの班もカリル以上の実力があるようだった。


 冒険者たちは普段から共に行動するパーティ単位で持ち場を死守する形で防衛するらしい。外からやってくるパーティもあるため高度な連携は難しいのだろう。

 だが、冒険者たちの実力は総じて高い。ガルドラットの薫陶を受けた冒険者たちは精鋭騎士に迫る実力者も混ざっており、森で何度も実戦を繰り返してきたためパーティ単位での連携も巧みだ。


 リオとシラハは冒険者たちの陣地の奥で脚を止める。


「ざっと見た感じ、いま俺たちが陣に入ると邪魔にしかならないな。遊撃でいこう」

「ほころびかけたところの補佐をするの?」

「そういうこと。テロープたちの戦い方も見てみたい」


 話をしていると、シラハがふと森の奥に目を向けた。リオもつられて森を見るが、ブラクルをその背に乗せたテロープの群れが邪魔で奥まで視線が通らない。


「どうかした?」

「何か、視線を感じた気がする」

「あれだけの数のテロープがいれば視線も感じるでしょ。というか、何頭いるんだろ」


 見えるだけでも二百五十頭ほどはいるだろうか。森の奥から続々と姿を現しているため、総数はまるで分からない。

 防衛陣地に詰めている戦力は総数およそ七百。町の中で避難誘導に当たっている冒険者などが参戦すれば倍になるだろうか。

 数の上でも地の利でも有利。不確定要素としてはブラクルの存在だが、すでに解剖で弱点は割れている。


「跳ね橋の出口を死守して、町の中から予備戦力を展開できれば勝ちかな」


 話している間にも、跳ね橋を渡って冒険者や防衛隊の増援がやってきている。

 すでに夜と言っていい時間だが、今夜は満月で明るい。松明で照らされている防衛陣地はもちろん、森の浅い部分も見通せる。

 続々と両勢力の数が揃っていくにつれて、空気が張り詰めていく。

 睨み合いながら戦闘開始を待ち受ける冒険者たちの中で、リオは胸騒ぎを覚えていた。


「……なんで待ってるんだ?」


 テロープやブラクルは知能が高い。奇襲や待ち伏せといった戦術も利用する。

 わざわざ防衛陣地に戦力が整うのを待つ意味が分からない。仕掛けたのがテロープ達の側である以上、戦力の集まりや展開が遅いのも妙な話だ。

 リオはテロープの側に立って思考を巡らせる。自分なら、この町をどのように落とすか。


「……囮?」


 テロープは囮を使って狩りをする。いま、眼前に展開しているテロープ達が囮だとすれば、ここに人間側の戦力を集中させて別方向から町を襲うだろう。

 だが、リヘーランの町は周囲を防壁と空堀に囲まれている。防壁上には魔法使いや弓を扱う狩人も配置されており、容易に奇襲はできない。跳ね橋以外で町の中に侵入はできないはずだ。


 リオはため息をついて頭を振る。

 相手は未知の生物だ。できないはず、などという決めつけは良くない。

 出来るとすればどうするのかを考える方が良い。

 リオは剣の柄に手を置いて防壁を見上げる。


 人間では身体強化をしたところで半ばまでも届かないだろう。まして、空堀まであるのだから身体強化だけではどうしようもない。

 道具を使えば可能だが、十本の触手を持つブラクルならともかくテロープの蹄では道具を扱えない。


「――不味いかも」


 一つの仮説が脳裏に浮かび、リオは呟く。

 可能かどうかは分からないが、可能だとすれば町が大混乱に陥る可能性がある。


「何か思いついたの?」


 シラハに尋ねられて、リオは思考を整理しながら頷いた。


「町の中に戻ろう。道中に話す」


 足早に跳ね橋へと向かいながら、リオは周りにも聞こえるように説明する。


「あくまでも仮定だけど、正面の群れが攻めてこない理由が囮だからだとすれば、別動隊が町を襲撃する方法がある」

「空堀と防壁を越える方法?」

「あぁ。ブラクルの蝋だよ。手順は、ブラクル同士が触手で縄みたいに繋がって、テロープがブラクルの縄を振り回せば防壁に届くと思う。その後、黒い蝋を分泌して強度を上げれば、テロープが防壁を登れる」

「……発想は面白いけど、無茶だと思う」

「俺も無茶だと思う。でも、やられたら不味い」


 跳ね橋へ戦力が集中している今、逆方向から防壁を越えられればほぼ無防備な町の中での戦闘になる。


「俺たちはこの防衛陣地にいても周りの連携の邪魔になりかねない。それなら、最悪の状況を想定して個別に動いた方がいい気がする」


 元々、リオ達は防衛陣地ではなく町の中での避難誘導を行う立場だ。町の中での混乱が起きた時、その場にいないのは職務怠慢でもある。


「それに、自分でも発想が突飛なのは分かってるんだよ」


 周囲の冒険者の反応を窺ってみるが、リオの予測を盗み聞きしていた者たちはなんとも言えない顔をしている。

 ブラクルの生態がまだよくわかってない以上、ありえないとは断言できない。だが、それがあり得るとしても防衛陣地を留守にするわけにもいかない。

 結果的に、リオ達の動きを何も言わずに見送るだけだ。


 跳ね橋を渡って防衛に加わっていく人々とすれ違い、リオとシラハは町の中に戻る。

 シラハが案内板を眺めつつ、リオに尋ねた。


「どこから来ると思うの?」

「ギルドかな」

「どうしてそう思うの?」

「ブラクルの死骸があるから、においを辿れるとすればギルドに近い壁から来る。それに、ギルド周辺は人が出払っていて守りが一番手薄」


 リオの予測に異議を唱えることなく、シラハはギルドに向かって走り出す。

 リオも身体強化を使って一気に通りを走り抜けながら、ギルドを目指した。

 すでに避難がだいぶ進んでいるらしく通りに人の気配はない。


 遠くにギルドの建物が見えてきた時だった。

 防壁上に等間隔に配置されている鐘が数度打ち鳴らされる。

 その音はリオ達が後にした跳ね橋と――正面から聞こえてきた。


 ギルドの向こうにある防壁の上で数人の狩人が弓に矢を番えている。伝令役と思しき若者が防壁上の左右へ走り出していた。

 嫌な予感が当たったと、リオが速度を上げた瞬間だった。


「……は?」


 防壁上から狩人が降ってきた。

 狩人たちは防壁の下の民家の屋根に叩きつけられ、道に転がり落ちてくる。

 一目でわかる。すでに命はない。

 だが、死因は落下死ではなかった。

 胸部に大きな穴が開いている。


 リオは防壁の上を見上げた。

 黒い毛に覆われたテロープ達の中でひときわ異彩を放つ大柄な白いテロープがリオとシラハを見下ろしていた。

 そう、白いはずなのだ。


「……禍々しい」


 シラハが呟く通り、白いテロープはその身にまとうあまりに禍々しい気配により黒く、昏く、淀んで見える。

 防壁の上に続々とテロープが昇り、町のあちこちで鐘が打ち鳴らされていた。

 白いテロープは訝しむようにシラハを見て目を細め、ふいに視線を逸らした。

 視線の先に何があるのかに気付いて、リオはゾッとする。


「挟み撃ちにされる!」


 リオは身をひるがえし、来た道を駆け戻る。

 背後で白いテロープの一鳴きと共に、防壁の上のテロープ達が一斉に跳ね橋方面へと駆け出した。

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