第十八話 反面教師

 雪が解け始め、枝につぼみがぽつぽつと芽吹く季節となった。

 春祭りまで残すところ数日となり、リオとカリルの訓練にも熱が入る。


 毎日踏み固められた広場は雪かきの効果もあってぬかるみもなく、脚の力を存分に発揮できる。

 瞬時に足を入れ替えてカリルの剣筋から半身を外し、リオは上段から木剣を振り下ろす。

 カリルは片足を下げながら姿勢を低く下げ、極端に両膝を曲げた。

 しゃがむような姿勢のカリルを見てリオは攻撃を中断する。受けるために横に構えた木剣に鋭い衝撃が走った。

 カリルが両膝を伸ばす勢いに加えて左腕を鞭のように振り抜いたのだ。

 衝撃に揺れる木剣を握る手に力を込めて落ち着かせつつ、リオは牽制の意味を込めて剣先をカリルの眉間に向ける。


 直後、カリルの姿が視界から掻き消えた。

 カリルが一気に右へ跳び、左脚で踏み込みながら地を這うように姿勢を低くする。

 こうも素早く動かれたら重装騎士にとっては嫌だろうなと思いつつ、リオも練習し続けた足捌きでカリルに向き直りながら切っ先を下げて防御姿勢をとる。

 案の定、下げた木剣に衝撃が走り、木剣が横に流される。

 木剣を引き戻せばカウンターを決められると思った瞬間、リオの喉元にカリルの木剣が突きつけられていた。


「……えっ? 速っ」

「見えてなかったか。ゆっくりやってやるから構えてみろ」


 カリルが二歩後ろに下がって、リオに構えを促す。

 先ほどと同じようにリオが切っ先を下げて構えると、カリルは姿勢を低くして踏み込む。


「こうやるんだ」


 柄から手を離し、鍔を握りこむようにすると、カリルはゆっくりとリオの木剣の切っ先を柄頭で殴りつけた。


「これで相手の剣を弾いて、手首の動きで木剣を返して突きを放つ」

「無茶苦茶するね」

「異伝エンロー流って喧嘩殺法だ。酒場で飲んだくれてるおっさんに金を貸したらいくつか技を教わった。冒険者やってるときには世話になった流派だ。金は踏み倒されたけどな!」


 笑いながら、カリルは木剣を持ち直す。


「エンロー流は騎士剣術だが、異伝エンロー流は派生流派でな。開祖の騎士が決闘ばかりを仕掛けて身代金や慰謝料をふんだくるクソ野郎で恨みを買い過ぎたから、後年に街中で襲われても大丈夫なように改良したのが異伝エンロー流だ。とにかく型破りな動きや不自然な体勢からの一撃が多い、騙し討ち特化の剣なんだ。初見殺しの意味合いが強いから使い手も異伝エンロー流だとは明かさない場合が多い。というわけで、誰にも話すなよ」

「ラクドイさんとの試合で使う気?」

「どうかな」


 肩をすくめてにやりと笑い、カリルは話題を変える。


「リオの動きもだいぶ良くなったな。オレとの立ち合いで経験もだいぶ積んだから、どこに攻撃が来るかを経験で予測できるようになってきてる」

「カリルが速すぎて勘ばっかり鋭くなったよ」


 冒険者として邪獣や野生の獣を相手にしていたからか、カリルはとにかく動きが速く、低い姿勢からの鋭い攻撃が多い。

 慣れないうちは何度も痛い思いをしたリオだが、おかげで緊張感をもって訓練できているので文句も言えない。


 ユードとの試合を想定した戦法を重点的に訓練したため、ユードとの試合以外ではどこまで通用するか分からない。それでも、リオの我流剣術はカリルの協力により飛躍的に開発が進んでいた。

 カリルは木剣で自分の肩を叩きつつ子供のように笑う。


「いままでは剣術を習うか盗むかばかりで自分で作ろうとは考えなかったが、やってみると案外面白いもんだな」

「あちこちの流派を齧ったカリルの知識があったから、具体的な動きが見えてきたんだけどね」

「核心を捉えるリオの視点があるから、解決策としての知識を提示できるんだけどな」


 互いを褒めて笑いあっていると、リオはいつもの視線を感じた。

 家の陰から注視するシラハに気付いて、リオは手招く。

 ぱたぱたと走ってきたシラハがリオとカリルを交互に見る。


「……仲良し」

「仲が悪かったら一緒に訓練なんてしないしな。それより、何か用事か?」


 カリルから若干距離を取るようにリオのそばに立って、シラハが村の入り口の方角を指さす。


「町から行商が来てるから、買い出しに行く」

「行ってらっ――あ、俺も行かないとか」


 だいぶ常識を身に着けてきたシラハだが、お金を使って何かを買った経験はない。村の中では物々交換が基本だ。

 この際だから、リオを教師役にして経験させようと両親は考えたのだろう。


「カリル、悪いけど」

「おう、行ってこい。オレは村長と今後のことを話してくるからよ」

「邪獣の件?」


 昨年村を騒がせた邪獣は結局見つからなかった。つまり、まだどこかで生きているのだ。

 カリルは真面目な顔をして頷き、シラハをちらりと見た。


「春になれば獣も活発になる。邪獣が動き出す可能性もあるから、またギルドに捜索を依頼することになりそうだ」

「そっか。見つかってほしいような、ほしくないような」


 見つからなければ山に入る際に制限がかかって不便だが、見つかれば排除するために大変な騒ぎになる。

 カリルも苦笑して、村長の家に歩き出した。


「冒険者を呼ぶまでは静かにしていてくれればいいさ」


 カリルと別れて、リオはシラハと並んで村の入り口へと向かう。


「なにを買えって言われた?」

「ハチミツ、塩、糸と針と布、釘――」

「書き付けてあるなら見せてよ。読んだ方が早い」


 シラハが持っている木切れを渡してもらい、買う物を確認する。

 なかなかの大荷物になりそうだ。リオをつけたのは教師役だけでなく荷物持ちとしての側面もあったのだろう。

 両親が同行しなかったのは単純に荷物持ちが面倒くさかったかららしい。


 村の入り口に停まった二頭引きの馬車が見えてくる。

 小さな村には不釣り合いに大きな積載量なのは、近隣の村を全て回って商品を届けるからだ。

 リオに気が付くと行商人は歓迎するように両手を広げた。


「彼女同伴かい? アクセサリーの品数は少ないが、どれも質は保証するよ!」

「妹だよ。買い物を経験させるために連れてきたんだ」

「お兄さんとして妹にプレゼントしないのかい?」

「しないね」


 きっぱりと否定して、リオはシラハの背中を押す。

 シラハが木切れに書き付けてある品物を読み上げていくと、行商人はニコニコしながら品物を並べ始める。

 シラハが迂闊なことを言わないように監視していると、見知った顔が近付いてくるのが見えた。


「リオ……」


 あからさまに顔をしかめて名前を呟くのは、春祭りでの試合相手、ユードと取り巻き二人だった。

 ユードが一歩前に出てくる。


「道場サボって余所者と買い物かよ。いいご身分だな」

「通ってない道場をどうやったらサボれるんだ? それに、シラハは余所者じゃなくて正式に村の人間だと村長も認めていて住人台帳に書いて領主様の認可も受けてる。いいご身分ってのは完全な言いがかりだとユードも分かるはずだよ?」


 リオが事実誤認を丁寧に正すと、ユードは眉をピクリと動かす。


「村の男子がみんな通っている道場に通ってない時点でサボリだろうが」

「村の男子が自発的に通っている道場に、自発的に通ってないだけでサボリ? 道場通いは義務じゃないって知らないの? 道場に通うのは身を守るための技術を身に付けるための手段であって、目的じゃないよ。手段と目的が入れ替わってない?」


 中傷を正論で切り伏せるリオに、ユードがイライラし始める。


「いい加減にしろよ! お前のわがままなんて聞いてねぇんだよ。義務だって言われなきゃ鍛錬もしねぇのか!?」

「自主練してるよ。というか、ユードがそれ言うの? それとも最近は心を入れ替えてちゃんと走り込みとかの回数をごまかさずに取り組んでる?」

「ふ、ふざけんな! 最初から誤魔化してなんかねぇよ。言いがかりつけてくるな!」

「まぁ、それでもいいや。証拠がない以上は水掛け論にしかならないからね。仮に回数をごまかしていても、ラクドイさんは気にしないって言ってたんだし、門下生でもない俺が注意することでもないや」


 面倒くさくなってきた時、シラハが買い物を済ませてリオを見た。

 これ幸いと、リオは商品が納められた籠を持ち上げる。


「料金は?」

「釘が荷車の奥の方に行っちゃっててね。あとで家に届けるからその時に払ってくれればいいよ」

「手付金くらいは受け取ったほうがよくない?」

「知らない仲でもないし、大丈夫だよ。実を言うと、邪獣騒ぎに関してバルドさんから話を聞きたいから口実作りの面もあるんだ」

「そっか。なら、父さんに伝えておくよ。シラハ、帰ろう」


 シラハを促して家に足を向けた直後、泥が混ざった雪玉がリオの背中に直撃した。

 ぎょっとする行商人がユードを睨むが、村人同士の関係に口を挟むのははばかられたか、口を閉ざしてリオを見る。

 リオは服についた雪や泥を軽く手で払って、犯人のユード達を見ることなく歩き出した。

 隣に並んだシラハが心配そうにリオを見る。


「大丈夫?」

「あんな雪玉、石でも入ってない限り怪我はしないよ。無視すればいい」


 領主であるロシズ家から派遣された魔法使い、オッガンは魔法を教えてほしいというユードに言っていた。


『にやにや笑いながら教わりたいと抜かす者には過ぎたるものだ。愚か者に刃物を持たせる気はない』


 我流とはいえ剣術を身に付けようとしている以上、リオも心にとどめておくべき言葉だと、ユードの言動を見て思った。

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