1-4 起動

 音怪との戦闘はあれ以来起こらず、タクトたちは危なげなく地下の監視センターへ到着した。


『いらっしゃい、お二人さん』


「これはこれは…… 私はレイヤーと申します」


 レイヤーは部屋に入った先で待っていた目の前の女性に自己紹介を行った。鉄琴グロッケンの音色に似た美しい声で迎えてくれた彼女は、着衣である麻のワンピースから乳白銀クリームシルバーの肌を覗かせ、部屋の中央にまるで飾られているかのように立っていた。


「よっ。直に会うのは久しぶりだな」


『普段はあの舞台で練習してるのをここから見てるだけだからね』


 タクトは軽く挨拶だけして壁にある出窓から内部そとを見る。監視センターらしく、この部屋は劇場最大の舞台ホール全体を見渡せるように少し劇場側へ飛び出した形になっていた。扉の反対側の壁のほとんどが劇場を見るために壁が一部取っ払われている。


「ここからだと舞台が良く見えるから、普段からここに?」


 レイヤーはタクトのように舞台を覗き込みながらティファに質問する。


『そう言うわけでは無いんですが、タクトの練習を見るのにちょうどいいのは合ってますよ』


 ティファはにこりと笑う。友好的なのを確認したレイヤーは早速目的の一つを伺うために、ティファに向き直った。


「ティファさん、実はここに来たのには理由があって、私はある楽譜を探しているんです」


『楽譜、ですか? ここは劇場なのでそういうのは酒場や都会の方へ行かれては……』


 ティファの言うとおり、通常楽譜は複数人演奏会アンサンブルを行うための程度のものなら楽譜屋にあるし、そうでないなら娯楽施設で即興演奏するために酒場などで配られているものがほとんどだ。まさに演奏するためのこの場所で楽譜の保管は行われない。


「それが神の愛した旋律サレインズ・フルスコア……、だとしてもですか?」


 レイヤーのにやけ顔が少し神妙な面持ちになる。それだけこの楽譜は重要な目的なのだ。


『すいません、心当たりはありません』


 変わらず、ティファは即答する。


「……大人数用の楽譜なら、もしかしてと思ったんですが。管理者どのが知らないなら、無理に探しても見つかりそうにないですね。情報、ありがとうございます」


 レイヤーは仕方ない、と言いながらも笑顔でティファにお礼を言う。


 と、そんなやり取りをしているうちにタクトは部屋を出て別の入り口から舞台へ向かっているのをレイヤーが見つけた。


「タクト、どうしたんですか?」『どうしたんですか?』


 窓からレイヤーがタクトに向けた声が響声管に拾われ、タクトへ二重に届く。


舞台上ステージ奥の様子が変なんだ。もしかしたら音怪が集まってるかも」『集まってるかも』


 同じように、レイヤーへと向けられた声は彼に届く際に二重に響いた。


『舞台上の奥? 確か、今はもう使われていないはずなんですけど』


 ティファがそう呟くと、奥の袖に到着したタクトが何やら操作し、かかっていたカーテンが左右に開く。


「あれは…… パイプオルガン!?」


 そこには、ほぼ三階分の高さを持つ舞台の天井にすら届く勢いで伸びたパイプが、それでも狭いと主張しそうな規模のパイプオルガンが鎮座していた。


「辺境の街に似つかわしくない劇場の秘密は、アレですか……」


 楽器とは、いわば武器である。


 このダルンカート劇場が南の最大拠点と謳われたその秘密が、恐らくあの巨大兵器パイプオルガンなのだろうと推測される。つまり、この劇場の舞台ホールはあのパイプオルガンを収納する格納庫となっていたのだろう。使われていた当時は。


『! タクト! いけない戻って!』


 ティファが急に声を荒げる。不思議と彼女の声はそのまま響声管にすべて拾われる。


『大丈夫、今日は音怪も少なかったし、何かあってもちゃんと楽器持ってるから』


 今度のタクトの声は響声管からのみ聞こえた。それだけ舞台から離れているのだろう。


 レイヤーもティファの焦りを心配して窓から乗り出して露わになったパイプオルガンを覗き見る。


 今でも手入れをされているのか、管の一つ一つが真鍮の美しい輝きを失わずにそこに存在している。無数の、それでいて一つとして同じ長さを持たない管は、部隊の至るところへと伸びては舞台へ向かって口を広げている。本体が大きいためか音がとっちらかないようにするためか、あるいはまた別の理由からかは不明だが、その配管の美しさは音楽を知らないものにも異様に映るかもしれない。


『あれ? おかしいな。吸気ポンプが作動してる?』


「まずい! タクトくん、離れるんだ!」『るんだ!』


 瞬間、舞台に大音量の轟和音が空気を引っ掻き回した。


(な、なんだコレ!?)


 それは監視センターにいた二人にも届くほどに大きな、もはや騒音に近い音の攻撃が劇場全体に轟いた。


 不意を突かれたタクトは思わず楽器を構えるのが遅れる。何とか構え、基礎長音ロングトーンでかき消そうと息を腹に込める。


 その一瞬。


 楽器を構えていたために死角になっていた左側から唐突な音圧のボディブローを受け、タクトはそのまま舞台上ステージから弾かれるように追い出された。


『嘘…… パイプオルガンが、?』

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