第28話 戦闘準備

 レイジと結月がいるのは、ターゲットが通るであろう道に隣接(りんせつ)する廃墟のビル。その広々とした玄関ホールだ。

 内部は受け付けのカウンターから、待合用のイス。階段や電気が通っていないため使えないがエレベータも。このようにクリフォトエリア内の建物は、内部の構造もある程度再現されているのである。なので上の階にあるであろうオフィスなども、机やたな、社員の私物と思われる物や、適当なことが書かれた書類の束まであるのであった。

 そんな玄関ホールの入り口付近で待ち伏せながら、ワシのガーディアンから聞こえるゆきの状況説明を聞く。

「じゃあ、まずゆきが敵側の戦力について説明してあげるー。索敵した結果、デュエルアバターが十人、ゼロアバター七人が二分隊に分かれて陣形を組んでるよぉ」

「ゼロアバター? なんか強そうな感じだけど、普通のデュエルアバターとどう違うの?」

「あれは大体八か月ぐらい前から世間に広まった代物しろもので、強さで言うと耐久値がかなり低く、最弱のスペック。だけどその分銃やガーディアンを使ってくるから、少し面倒な相手と言っていい。まあ、実際かなり弱いけど」

 ゼロアバター。それは約八か月前ぐらいから世界中に広まったクリフォトエリア専用のアバターで、全身をよろいで身にまとった外見をしていた。このアバターは現実の姿と同様にしなくてよく、購入すればすぐに使えるお手軽なアバターなのだ。ただスペック自体は、ほとんど現実の人間と変わらないぐらいの性能しかない。さらにデュエルアバターが持つ固有の能力、アビリティーが使えず、耐久値も少なく設定されているので、すぐ強制ログアウトしてしまう最弱なアバターといってよかった。そのためゼロアバターは接近戦には向かず、後方で銃やガーディアンを使って援護するのが基本的な戦い方なのだ。

 ゼロアバターもデュエルアバター同様、一度使用すると全回復するまでほかのを使うことができない仕様となっている。だが回復速度が速く、たとえ強制ログアウトされたとしても一日ほどあれば全回復してまた使えるのであった。

ちなみにこのゼロアバターはほかのエリアでは使えない。クリフォトエリアに入る時にあらかじめ設定しておくことで、始めて使用できるようになるらしい。

「え? 最弱って……。なんでそんなのを?」

「弱いけどいろいろと利点があるんだ。痛覚の問題をほとんど無視できるし、強制ログアウトしても情報をほとんど残さない。だから気軽に使えるアバターで、偵察用として申し分ないってわけだ」

 そう、クリフォトエリアでこうむる痛覚の問題を、ゼロアバターならほとんどカットできるのだ。しかも強制ログアウトによる、自身の情報を残さないというおまけつきで。ようするにゼロアバターは今まであったこのエリアで活動するためのリスクを、ほとんど解決した存在ということ。なのでクリフォトエリアに懸念けねんを感じていた人々がなんの心配もなく稼ぎに来れてしまい、このエリアに来る人口が急増したのはもはやいうまでもない。

 さらにゼロアバターの情報を落とさないという性質は、偵察やテロリストなどの違法じみた行動を起こす時にはもってこいの代物。このためデュエルアバターと違い強制ログアウトしても足掛かりがつかめないと、軍ではかなり手を焼いているそうだ。

「それでゆき。デュエルアバター使いの中に第二世代が何人いるかわかるか?」

「面白くないことにたった一人だけぇ。データベースから調べてみたら、一応Bランクぽいけどくおんにかかれば余裕すぎて話にならなさそう」

「Bランクか……。そうなってくると初戦闘の結月には、少し荷が重いかもな……」

 那由他の話なら結月の戦力は十分と聞いていたので大丈夫だと思うが、さすがにいきなり中の上クラスが相手となると正直厳しいかもしれない。ただでさえ即席そくせきのデュエルアバター。しかも相手は第二世代なので、当然切り札を持っているはず。

 そんなふうに分析しているとゆきが提案してきた。

「相手側は二分隊で行動してるから、そこで分けたらどぉ?」 

「そうだな。ならオレが第二世代がいる分隊を片付けるとしよう。それでいいか、結月?」

「うん、問題ないよ、久遠くん」

「よし、これで後はターゲットが来るのを待つだけか。――結月、なにか聞いておきたいことは?」

「――えーと、それじゃあ、こういう場合はまず相手側の第二世代を危険視するべきなのよね?」

 結月はあごに指を当てて尋ねてくる。

「ああ、オレたち第二世代は基本第一世代よりも、デュエルアバターとの同調レベルが高いからな」

 クリフォトエリア用のアバターをデュエルアバターといい、その強さを決めるのが主に同調レベルと演算力の二つ。中でも最もわかりやすい強さの基準は、同調レベルの方である。

 デュエルアバターとはデータによる身体なので、設定すればいくらでもそのスペックを上げることが可能。ただその設定方法は少し特殊で、簡単に説明すると使用者がデュエルアバターと同調、いわば同化し自身でそのスペックを引き出すというもの。ようするに強く同調すればするほどその分力を引き出せ、より高スペックのデュエルアバターが使えるのであった。この同調する度合いを数値化したものが同調レベル。一般的にこの同調レベルが高いほど、高スペックのデュエルアバターだといっていい。

 ちなみにどれだけ同調できるかは、使用者の素質しだい。その主な要因は人間が持つ運動神経や反射神経などの感覚のするどさ。そしてもう一つはエデンでより高度な操作を行える演算力。基本この二つがあれば同調しやすくなり、上位ランクのデュエルアバター使いだとこれらの素質がずば抜けて高いのだ。

 ほかにも使用者がデュエルアバターを自分に合ったように調整することで、同調しやすくすることもできた。この場合調整するのが電子の導き手だと、使用者の細かいデータをデュエルアバターに反映し、より完璧なものに仕立てあげてくれるのであった。

「しかも演算力まで特化してる分、アビリティや自己修復の方でもかなり有利になってるし」  

 演算力。これは人の意識を使い、エデンのシステムやネットワークに干渉。思った通りに操作することをさす。脳波によるターミナルデバイスの操作もこの力が大きく関わっており、現実でもエデンでも作業効率を格段にあげられた。

 よって複雑なシステムの操作も、この演算力さえあれば短時間で事をすませられる。なのでこれに特化した第二世代は、演算力が勝敗を左右するデュエルアバター戦において、第一世代よりも優位に立てるというわけだ。というのもデュエルアバターが持つ固有能力であるアビリティ、傷をふさぐ修復の速さ、改ざんの能力などその優位性は数あり、今の世の中第二世代のデュエルアバター使いは非常に厄介な存在になっているのだ。

 ただこの演算力は第二世代でも個人差がかなりあり、人によっては第一世代とそう変わらないということも。逆に第一世代でも才能さえあれば、第二世代に演算力で引きを取らないということあるのであった。

「確かにアビリティって相手からしたらすごくやっかいだもんね。やろうと思えば一気に状況をひっくり返すことが可能だもの」

 アビリティとは独自にカスタマイズしたプログラムを、デュエルアバターに組み込むことで使える固有能力のこと。これはデュエルアバター同士の戦いにおいて切り札であり、もし弱いスペックのデュエルアバターしか使えなかったとしても状況をくつがえすことが可能なのである。だからこそ相手がいくら格下に見えても、そのアビリティ次第で勝負の行方はわからなくなってしまうのであった。

 アビリティに関していえば演算力が高いほど、より高度な能力や出力を発揮できる性質があるので、第二世代のアビリティには特に注意が必要なのである。

「まさしくデュエルアバターの切り札的存在だからな。ところで結月のデュエルアバターのカスタマイズはどんな感じなんだ?」

 カスタマイズ。これは同調した分、デュエルアバターのスペックを自分の好きなように設定することをさす。この作業は自身の同調レベル分から得られるポイントを、デュエルアバターの筋力、耐久力、機動力、アビリティといった様々なステータスへ自由に振り分けていく流れだ。よって自分の戦闘スタイルにあったスペックのアバターを、用意できるのである。よってもし筋力、耐久力などの基本ステータスを上げず、その分すべてをアビリティの方へ振ったとしよう。そうなるとゼロアバター以下の動きしかできなくなるが、強化しまくったアビリティで無類の力を誇るといったことができるのだ。このため同じデュエルアバターでも、同調レベル分のステ振りによっては全く違った性能になるので、カスタマイズが勝利の鍵といっても過言ではなかった。

 補足だがアビリティの方は演算力によりその出力を上げることが出来るので、ステを振らなくてもそれなりの威力で使える。この要因があるためかアビリティのステ振りには、ほかのステよりもおおめにコストが必要なのであった。

「私のはとりあえず初めから用意されてた、アビリティ特化タイプの設定を選んどいたよ」

 どうやら結月は自分で一からステータスを上げず、事前に用意されている自動設定のを選んだみたいだ。確かに初心者ならどれを上げればいいのかわからないので、それが妥当であろう。きっと後でゆきが結月にあった設定をしてくれるはず。

 ちなみに一からカスタマイズする場合は、一度自身の持つ同調レベルをクリフォトエリアで測り、その数値をデュエルアバターに記憶。あとはエデンや現実で、カスタマイズしていく流れだ。カスタマイズの設定が反映されるのは、再びクリフォトエリアに入った後。よって戦闘中などの変更はできない仕様になっていた。

「ということは、アビリティメインの戦闘スタイルか。それならまだ楽そうだな」

「もうここら一帯の場の支配は完了してるからぁ。こっちの索敵のあみはもちろん、敵の通信や索敵の妨害、侵入禁止設定で増援はすぐに駆けつけてこない。たとえむこうが改ざんで対抗してきたとしても、ゆきがすぐたたき潰してあげるしー。こんなにも有利な舞台を整えてあげたんだから、感謝してよねぇ」

 改ざんのスキルが高いとクリフォトエリアそのものに干渉かんしょうし、少しの間一定の範囲内の設定を自身の都合のいいようにできた。これを場の支配といい、こちらは索敵や通信、マップデータの詳細表示などを常時使えるようにしつつ、相手にはその権限を与えないようにできるのだ。ほかにも数キロほどほかのエリアから入ってこれなくなる侵入禁止設定など、外部からの敵の増援の到着を大幅に遅らせることも可能であった。これらは改ざんを使っている者の腕でその規模が大きく違い、強ければ強いほどより強力になっていくらしい。

 このようなサポートを受けながら有利に事を進めるとあって、エデン協会や狩猟兵団の者たちは電子の導き手を雇ったりするのであった。

「へぇー、そんなことができるんだ。これで敵の増援のことをあまり考えずに済むのね」

「そうそう。あと、こういうのは、改ざんを使える者たちの書き換え合いなんだぁ。よってぶつかった場合、勝つのは優秀な方。だからSSランクのゆきのサポートは絶対! このゆきにすべてまかせとけぇ!」

 場の支配権の奪い合いになった時、勝つのは基本改ざんの出力が高い方なのだ。しかし同ランクの改ざんの力がぶつかった場合は、たいてい拮抗する形に。この場合どのサポートをとるか妨害するかのかけ引きが起こっており、どちらかがヘマをしない限り激しい攻防が続くとのこと。

 そういうわけで改ざんのうでがすごいほうが、基本強力なサポートを受けられる。なのでゆきみたいな高ランクの電子の導き手ほど、重宝ちょうほうされるのであった。ちなみに相手より改ざんの出力が負けていたとしても、対抗することで改ざん者の意識を防衛側に回し、相手のサポートを弱めるやり方もあるらしい。

「あはは、剣閃の魔女さんみたいなすごい人が味方にいてくれたら、心強いよ!」

「おぉ! ゆづきはどこぞのバカと違って、見る目あるー! その調子でもっとゆきのこと褒めてくれていいからぁ! なんたって今後のアイギスの仕事でも、ゆきのこういうサポートは大活躍するんだもん!」

 結月に褒められて相当嬉しいのか、ゆきは舞い上がっているご様子。

「おっ」

 そんな中、気配を感じたので、ビルの入り口からそっと外の様子をうかがった。すると敵の集団が、レイジたちの方へと近づいてくるのが見える。

「そろそろ、おしゃべりは終わりだ。どうやらターゲットが来たようだぞ」


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