第20話 結月とアイギス

 レイジと結月は十六夜基地を後にして、街中の方へ。そしてなにげない会話をしながら、アイギスの事務所の方へと戻っていた。

 ちなみに2075年となった今の街の様子はどうなっているのか。これに関しては建物の老朽化による立て直しや、都市開発によってほとんどが近代風のおしゃれな建物へと。さらに道路や街路、広場などが整備され、バリアフリー化や利便性がより向上した仕様に。あとは街のいたるところにちゅうへ映しだされた看板や広告があったり、小型のお掃除ロボが起動していたり。さらにはエデンのネットワークにつながることのできる端末が、あちこちに設置されていたりなどなど。街中は少し近未来ふうになっており、これまでより解放感にあふれ華やかな感じになっていた。

 ただ昔と比べると、そこまで劇的な変化はないといっていい。というのも今や人々の関心は電子によって構成された世界、エデンに向けられているのだ。そのため本来この現実に入れられるはずだったリソースが、エデン関係へ。なので技術の進歩は確かにあるものの、年数の割りに近未来感はさほどないのかもしれない。

「ここがアイギスの事務所かー。なんかレトロな感じでいいところね」

 結月は物珍しそうに古びた事務所内を見渡す。

「まあ、雰囲気はな。でもオレとしてはこんなおんぼろ事務所よりも、もっとちゃんとした場所の方がいいと思うんだが、那由他の趣味でこうなってるんだ」

 もはや周りが最先端ふうの建物になっているのにも関わらず、ひっそりたたずむこのさびれた四階建ての小さなテナントビル。こんな昔ながらの古びた物件、もはや探したとしてもなかなか見つからないといっていいだろう。レイジとしてはシックな感じの、解放感あふれるオフィスとかがいいのだが。

「あはは、私は結構好きだけどなー。寂れた分囲気が逆にいい味出してて、できるプロがいそうな事務所って感じがするもの! わー、この席に座って見渡す景色なんて、すごく壮観そうかんそうよね! この名事務所を取りまとめる、有能社長感を味わえそうで!」

 結月は那由他がいつも占領している社長用の席にタッタッタッと駆けていき、目を輝かせる。

「座りたかったら遠慮せずに座って、その気分を味わったらいいぞ。いつもそこを占領してるさわがし奴は、今いないからな」

「本当にいいの? 勝手に座ったら那由他に悪い気がするけど……」

「那由他なら喜んでその席を貸してくれると思うぞ。そして結月に一日社長権とか言って、オレに社長命令と言う名のむちゃぶりをさせてくる気がする。――ははは……、なんか嫌な予感がするから、オレとしては今のうちに味わっといて欲しいかな……」

 もしそうなった場合那由他の性格上、結月にとんでもない事を吹き込むに決まっている。しかもレイジが断れない雰囲気を作り出すだろうから、よけいにたちがわるかった。

「一日社長か……。あはは、それはそれで面白そうかも。ね! 久遠くおんくん」

 期待に満ちたまなざしをしながら、ウィンクしてくる結月。

「――クッ、仕方ない。今なら結月のアイギス加入祝いとして特別サービス、オレにできることならなんでも聞いてやろう!」

 この流れはマズイと、被害を最小限に抑え込むことにする。さすがに那由他がいなければ、結月はそう無茶なことを言ってこない気がするのでまだ安心な方だろう。それに彼女と交流を深めるためにはもってこいの状況なので、ここはあえて受けて立つことにした。

「冗談だったんだけど本当にいいの?」

「フッ、男に二言はないさ」

 首をかたむけたずねてくる結月に、むねを張って応える。

「――そこまで言うなら試させてもらおうかな。それじゃあ、失礼して。わー、この椅子すごいフカフカ! それにこの景色、うん、これは本当にいい気分になるね!」

 結月は座りながら、社長気分を満喫まんきつしてはしゃぎだす。

 見た目はしっかり者の育ちがいいお嬢様みたいな感じだが、中身は案外子供っぽいのかもしれない。

「それでは久遠くん、社長命令ね!」

 そして結月は机にひじをつけながら手を組み、それっぽい雰囲気を出して告げてくる。

「なんなりとお申し付けください、結月社長」

 交流もかねて喜んで期待に応えようとするが、しかし次の瞬間結月はとんでもないことを口にしてきた。

「では質問に答えてもらおうかな。ズバリ! 久遠くんと那由他は付き合ってるの?」

「ははは、この無能な社長が一体なにを言ってるのかわからないな。目が節穴ふしあなにもほどがあるから、今すぐ眼科に行った方がいいぞ」

 まったく予想していなかった言葉に、この場の空気を無視してつい本音をぶちまけてしまう。なにを言っているんだこの子は、みたいに呆れるような感じでだ。

 さすがに結月もそこまで言われるとは思っていなかったらしく、とまどっていた。

「――ええと……、なんだかすごい言われようね……」

「ははは、冗談にもほどがあるだろ。よりによってオレが那由他と付き合うなんてまずないから。誰があんな騒がしすぎる奴と、一緒になるかって話だ」

「えー、そこまでおかしくないと思うけど? だって久遠くんと那由他の距離って、なんだかすごい近く感じたもの。お互い遠慮がないというのかな。受け入れてくれるのをわかってるからこそ、ありのままの自分をぶつけられる。そんなステキな関係みたいにね」

 結月はアゴに指を当て、首をかしげながらどこかうらやましそうに主張する。

 確かに那由他との関係はそういう感じなのかもしれない。かつてのアリスとは少し違った、パートナーという関係。なんやかんだ言いながらも、レイジは彼女との関係を心地よく思っていた。しかしそれイコール、恋愛関係になるとはまったくの別問題。パートナーとしてならこれほど組みたい相手はいないが、付き合うとなるとさすがに遠慮させてもらいたかった。今の状態ではあのテンションの高さに、到底身が持たないのだから。

「――まあ……、そこは当たってるかもしれないが、それ以上の関係になるのはないな。そんなことになったらオレがどれだけ苦労するか、考えるだけで恐ろしいよ……、ははは……」

「あはは……。そこまで言っちゃうほどなんだ……。――でも、そっか……。二人は付き合ってないのね……」

 レイジの憂鬱ゆううつそうな雰囲気を察してくれたのか、結月は納得してくれたようだ。

「――ねえ、久遠くん。もう一つだけ聞いていい?」

 それから結月は少し間をあけ、レイジを見つめながら真剣な雰囲気でたずねてくる。

「遠慮せずにいくらでも聞いてくれていいぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。――久遠くんは私について、どこまで聞かされてるの?」


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