第28話 愛と狂気(後編)
突然、どこかから爆発音が聞こえた。会場がどよめき、音楽隊が演奏をやめる。
続いてもう一発。ホールの大扉が開き、甲冑を着た牢番がうろたえた様子で転がり込んできた。
「た、大変です! 地下牢で何者かが大暴れしています。地下牢の柱を折り、城ごと我々を潰す気なんでしょう。両国の重役が集まっている今日を狙っていたようです。今すぐ避難を!」
もう一度、爆発音が聞こえると会場内はパニックになった。我先にと出口へ人が押し寄せ、押し合いへし合いもみくちゃになった。
「静まれ!」
魔神カエルムの声がとどろく。吸いこまれるように会場内のざわめきが消えていった。魔神カエルムは牢番を呼び寄せ、静かに訊いた。
「この城を陥落させようという情報は確かなのか?」
「はい。この耳でしっかり聞きました。どうやらモグラの妖霊を宿した妖族が地底から地下へ侵入し、〈
カエルムは黙り込んでいた。牢番が急ぐように急かしてくる。カエルムは少し怪しいと思ったのかすぐには従おうとしなかった。
「名前は?」
「オーナスと申します。新米ですので魔神様とこうしてお話しするのは初めてでございます」
顔は見えないが、声から察するに俺達よりも若そうだ。カエルムがオーナスのことを怪しんでいる間にも新たな爆発音が聞こえてきたので、再び会場内で悲鳴が上がった。
「魔神様、ご決意を! 奴らは本気です。どうか!」
「わかった。一緒に行こう」
カエルムは立ち上がり、牢番に従った。全員の視線が自分に集中していると気づき、カエルムは紳士の振る舞いで頭を下げた。
「折角の会の最中だというのに、我々の管理が行き届いていなかったことを謝らせてもらいたい。皆どうか、この部屋に残っていてくれ。今出ればそれは囚人達の思うつぼ。爆発は必ず私が止めます。どうか、私を信じて」
会場内はまだ動揺に包まれていたが、彼の落ち着いた様子を見て平静を取り戻した。
満足げに参加者達に微笑みかける魔神カエルムを見て、国王ラウルムが気になった様子で立ち上がった。
「魔神カエルムよ、その……足に怪我でもされているのか?」
「怪我? まさか。一体どこで?」
「いいえ。怪我ではないのなら結構です」
「心遣いを感謝するよ、国王様」
ラウルムの目が一瞬俺を捕らえた。
目配せ? いや、なんで?
早くと急かす牢番に連れられ、カエルムは会場を後にした。
「イグニス、行くわよ」
「え?」
「わからなかったの? あの牢番は先生よ。オーナスって名前もサノーを逆から読んだだけだもの」
そうか。サノーは音魔法が得意だから、声を若くするくらいは朝飯前だったんだ。
フロースの手を取ってホールを出、足音を消して走り出した。幸いにも過去の誕生会の記憶のお陰で魔神城の間取りについては覚えていた。
牢番が気を遣いながらカエルムを先導している。サノーが上手くやってくれているお陰で俺達は気づかれずに済んでいた。
廊下を抜け、石造りの無機質な階段を下り、更に迷路のような道を進む。
もう一つ階段を下りるといかにも頑丈そうな扉が見えた。
あの先に囚人達が捕らえられているらしい。カエルムが扉に手をかざしていると、また爆発音が聞こえた。
音の方向は扉の向こうではなくこちら側。そこで自分が嵌められたということに気づいたらしい。
魔神カエルムは怒りをあらわにし、牢番に対して雷を放った。ガクンと膝を折り、牢番は動かなくなった。
死んだのか? 嘘だろ、サノー!
カエルムが振り返り、俺を睨みつけた。不安定に揺れるランプに照らされ、カエルムの顔に不穏な陰が差していた。
フロースが秘術を使うために瞑想を始める。
俺は火剣を作り出し、凶悪な〈
「どういう風の吹き回しかな?」
「魔神カエルム、俺はもうあんたをこれ以上野放しにするつもりはない」
「ハハハ、これは笑える。最高に面白い冗談だよ。いいだろう。そこまで吠えるのなら相手してやろう。ズタズタにしてあげるよ。烈火の獅子の牙も、君のプライドも!」
雷の剣を取り出し、ヒュンと振る。雷魔法? 話が違うぞ!
カエルムが石畳に剣先を叩きつけると、雷が地面を這って迫り、俺は吹っ飛ばされた。
カエルムは愉快に笑っている。クソ、あれだけフロースと練習してきたっていうのに作戦が台無しだ。もう、捨て身覚悟で突っ込むしかない!
火剣でなぎ払うとカエルムは呆気なく吹っ飛んだ。ルビーの目が見開かれ、俺に雷の剣を構えて振りかぶってくる。警戒したが、動きがそれほど速くなかったんで簡単に受け止めることが出来た。
剣で押し返し、よろめいたところへ思いっきり体当たりする。カエルムは地面に転がり、手に握っていた剣をあっさりと離した。
火剣を炎に変え、俺は火力を致命傷にならないギリギリまでの強さにしてカエルムの体に放った。情けない声を上げ、痛みから逃れるように凶悪な魔神様は意識を手放した。
終わった、のか? なんだよ、使ってくる魔法が違って驚いたけど、フロースが言ってたよりずっと弱いじゃないか。
正直拍子抜けだが、まあ、倒すには倒したんだし、いいか。
牢番がムクリと起き上がる。喉にかけた音魔法を解き、サノーはへーへーと本来のジジくさい声を出しながら兜を取った。
「サノー、無事だったのか」
「この甲冑には死を退け、傷を癒すまじないを込めておるからのう。わしの発明品じゃ。こんなものがあったら永遠に戦争が終わらんわい」
ホッホッホと腰に手を当てて陽気に笑う。
「さて、フロースの瞑想が終わる前にわしは儀式の準備を進めなければならんのう」
サノーは音場の結晶を取り出し、カエルムに向かって投げつけた。狭い空間で嫌な音が反響する。
俺は思わず怯んでしまったが、フロースにはあまりにも集中していてそれすら聞こえていないようだった。
準備が終わったらしく、フロースの体が紫色に輝き始める。熱を持っているのか、ベールの下で汗が転がるのが見えた。
息を弾ませ、フロースは手の中に力を集めた。体の光が手の方へ集中する。共鳴するようにカエルムに刻まれた文字が紫色に染まった。
「求めるは、過去を伝えし無影の語り部……風よ、集え。吹きあれよ!」
手から放たれた光は狙いを外すことなく直進し、カエルムに命中した。カエルムの体から煙のような物が立ち上り、フロースの用意した小瓶に吸い込まれていく。
全て吸い込んだのを確認すると、フロースは小瓶に蓋をした。中にはしっかりと透明な液体が詰められていた。
「これで、終わったのね……」
集中を解いたフロースが呟いた。大魔法を使った反動でフロースは放心状態だった。
後ろに倒れそうになったフロースをサノーが支える。割れないように小瓶を受け取り、そのままゆっくりと石畳に座らせた。
「二人ともよく頑張ったのう。カエルム卿の傷を癒して差し上げねば。〈
サノーが得意の祈魔法を施し、治療を始める。しかし、途中で何かに気づいたらしく顔を険しくした。
「どうかしたのか?」
「妙な文字列が見えるんじゃ。C、R……。最後の方がハッキリしておる。えっとこれは……もしや……」
誰かが石畳を駆け下りてくるのが聞こえた。
青い影が俺達の横を抜け、カエルムに覆いかぶさった。妖王ラウルムだ。
「貴様ら、一体何をした!」
「え? だって、そいつは……」
「コルヌ、可哀想に。こんなに酷い傷を負わされて」
国王ラウルムに睨まれ、俺達は凍りついた。狼の胸の下でカエルムの体が縮んでいく。
顔立ちは幼くなり、額から短い角が二本生えてきた。足もひづめの形に変形していく。
ああ、なんてこった! 罠にかけようとしていた俺達がカエルムの罠にかかってしまったんだ。
サノーしまったと頭を抱えた。呪いを見破る審美眼も、兜のせいできちんと働かなかったらしい。
「イグニス、それでもコルヌの兄か? お辞儀をする時に微妙に足を引きずったのが見えただろう。あれは鹿足の癖だった。お前なら見破ったのだと思っていたのに」
「ごめん。コルヌのことはあんまり思い出せてなくて」
「そんな言い訳が通用すると思っているのか! コルヌの体は俺達妖王族のように頑丈には出来ていないんだぞ。もしものことがあったらどうするつもりだ!」
コルヌの首元から黄色い光が現れる。光は石畳に着地するとウサギの形に変わった。
背中には小さな羽が生えていて、色を除けばペンナそっくりだ。
ウサギはキュンと一声鳴くと、ピョンピョンと石畳を駆け上がってきた。
「星ウサギ様?」
ラウルムが呟く。フロースが全てを理解したと顔を強張らせた。
「お父様は魔神室だわ。今なら話が出来るはず。急いで!」
衰弱したフロースを抱きかかえ、石畳を駆け上がった。サノーも甲冑をガシャガシャ言わせながら追いかけてきた。
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