第一章 勉強会Ⅰ
雨音が鼓膜をはじく。
連日、雨が降り続く中、灰鹿家にインターホンが鳴り響いた。
今日は勉強会当日であった。重い足を引きずりながら、新太は、玄関の戸を開く。
「「お邪魔しまーす」」
大輝と梗平の顔が順に見える、までは良かった。
「あ、お邪魔しま~す」「……お邪魔します」「お邪魔します」
「んんん?」
陽葵・雪奈・千種の三人がそこに立っていた。
「一、二、三‥‥‥四、五、六。うーん……」
うーん、おかしい。俺が知っているのは三までのはず……。
新太はもう一度数えてみる。
「一、二、三‥‥‥」
やはり新太が知るのはここまでだ。残りの数字は新太の記憶には無かった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ‥‥‥」
数え方を変えてみてもやはり知らない数がある。というかこの先の数え方を知らない。新太が数えてる途中に声をはさまれる。
「おーい、あらたー、どうした?そんなアホみたいに数かぞえて、人数なら俺らが呼んだ人数ちょうどいr!?」
新太は思いっきり大輝の顔面を鷲掴みにする。
「主犯は貴様か?」
「あへ?ひっへはかっはっへ?ほひほよふ――ゆびばべりほんでほへはひにはなばはくぅ!!!」
(あれ?言ってなかったっけ?女子も呼ぶ――指がめり込んでこめかみに穴があくぅ!!!)
「言ってねぇよ?何の音沙汰も無かったわ!」
新太は渾身のアイアンクローで大輝を沈めた。
「ギャバンッ!」
「よし、このゴミは後で信濃川に捨てておくとして‥‥‥」
「いや、ゴミは川に捨てちゃだめだろう」
うん、それはそうなんだけど、突っ込むところそこ?自分で言うのもなんだが。
「それよりも、俺が聞いてた話では三人だけだったんけど?」
「ああ、それは直前まで言わない方が面白いんじゃねってそこのゴミが」
なるほど。後でもう一度絞めておこう。
「……はぁ、なるほど。なんか分かったわ」
雪奈が呆れてため息交じりに言う。
「ごめん、迷惑だったかな?」
陽葵は心配そうにこちらを見る。服に雨に濡れた痕跡が見られた。
きっと、遠いところから傘をさしてここまで来たのだろう。
そう思うと心苦しくなる。
「……はぁ、まあ人数的には問題ないんだけどね?」
人数的にはね?男子が来るならまだしも女子が来るなら話は別だ。こっちも色々準備しなければならない。心の準備とか、心の準備とか、心の準備とか。あとここr――
まあ、こうなってしまったら仕方ないし返すわけにもいかない。
親には三人と伝えていたが、まあ、おそらくあの親なら問題ないだろう。
「……うん、まあ遠いところからお疲れ様。いらっしゃい」
まだ若干整理が追い付いていない新太だったが、やむなく5人を迎え入れた。
こうして、なんだかんだ叫んだところで、ようやく勉強会が開催された。
どうやら勉強会というものは各々のやりたいことをすればいいという感じで、分からない問題を聞きあうというものらしい。これ集まる意味ある?
新太は数学の教科書を開く。
あ、この問題見たことあんな‥‥‥。
今回のテスト勉強は、新太にとっては記憶の照合であった。
そのことに、少し寂しさを感じてしまう。一緒に勉強していても、どこか違うことをしている、そんな疎外感を新太は抱いていた。
あれだけ嫌だと思っていた時間でも、その時間が存外、意味のある時間であったのかもしれない。そんなことを思ってしまうのもこの奇怪な状況のせいなのかもしれない。そんな気を紛らわせるかのように新太は梗平に問う。
「そういえば、何でこのメンツなんだ?」
「ああ、まず幹部がいたほうが良んじゃないかって話になって、女子幹部に声をかけて内野以外が空いてて、頭良いやついたほうが良いと思って吉田さん」
「なるほどな」
確かに、吉田さんはクラスの中でもかなり頭が良い。新太と大差ない雪奈、新太よりも少し下くらいの陽葵、論外の二人。このメンツから見ても吉田さんは適任だろう。
「それにしても、よくOKでたな」
「えぇ、まあ私もこういうの一回してみたかったから」
少し照れながら千種が話す。女神かな?
俺には分かるぞ、このクズどもの下卑た心がな。吉田さんは不可侵にして至高。こいつ等なんかしたらマジで追い出してやろう。
「ちぃちゃん、ここ分からないよぅ!」
新太が頭の悪いことを考えているのを遮るかのように、陽葵が千種に泣きつく。
「どれですか?」
周りを見ると皆勉強に集中している。
新太もそろそろ真面目にやろうかと考えていると、集中できていない人物が二名ほどいた。大輝と雪奈である。大輝はいつものことだが……
「雪奈?」
「……いや、アンタの家って定食屋だったんだね」
「アレ?言ってなかったっけ?」
「聞いてたけど、今日来てみて改めてそうなんだなって思っただけ」
まあ、そりゃ店の中だからな。なに?不思議ちゃんなの?
「陽葵も今度は客としてこようかなー?」
「別に構わ‥‥‥ん?」
新太は、何かに気付いたように陽葵をジーっと見つめる。
「な、なに?」
(陽葵がいる+俺の家)×一緒に勉強している=最高ってことですか?
そんな頭の悪そうな方程式が新太の頭の中を駆け巡った。
「新太どうしたー?」
「知恵熱か?」
「何で泣いてるんですか!?」
「新太君?」
「ここが‥‥‥俺のエルドラドだったようだ」
「違うぞ、しっかりしろ?ここはお前ん家だぞ」
なんだよ、やるじゃん勉強会。
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