第一章 雨の香り
「いらっしゃいませ、お客様何名様でしょうか。…4名様ですね。こちらのテーブル席にどうぞ」
「灰鹿君、これ終わったら休憩入っていいよ」
「はーい」
ここは、新太の家の近くにあるファミレスである。
新太の用事とはアルバイトのことである。
まあ、うん。言いたいことは分かるよ?
だが、これには理由がちゃんとある。いや、ほんと、まじで。
一番は時間に余裕が生まれたことである。不本意ながら、新太にとって学校の授業は復習ということになる。故に今までみたいに勉強する必要がなくなったのである。
だが、その根底にはやはり陽葵が存在する。陽葵の未来を変えるために、お金が必要になる場面がもしかしたら来るかもしれない。そんなときに何もできないわけにはいかない。そう考えたが故に今に至る。
ちなみに、面接を受けに行ったのはゴールデンウィーク中である。
「どう、灰鹿君。うちの仕事には慣れた?」
「まあ、家が定食屋なんでなんとか」
「そうね、君のお家は定食屋だったね。うん、覚えが早くて助かるよ。手伝いとかしてたの?」
「ええ、まあそんな感じですね」
「そっか。じゃあ、ご飯食べて時間なったらまたよろしくね」
「はい」
職場の雰囲気は良く、シフトはかなり融通が利き、正直ここのバイトは非常に都合が良かった。
仕事にも慣れ始め、職場の従業員とも話せる程にもなった。
だが、新太はここでバイトをしていることを未だ誰にも打ち明けていない。
それは、新太の学校がバイトを禁止しているからである。
新太はまかないを食べ終えると、再びホールに戻った。
外に出ると傘をさすまでもない小雨が、アスファルトを湿らせ、雨の香りが漂っていた。この香りが梅雨の入りを感じさせた。
時刻も22時を回れば、車も人通りも一気に過疎化していた。
暗闇を漂うジメジメとした空気をかき分けて、先の見えない道を進む。
ふと、バイト前に話していた勉強会が脳裏をちらついた。
「帰ったら聞いてみるか‥‥‥」
「ただいまー」
「あら、おかえりー、遅かったね」
「ご飯は?」
「いや、いい。‥‥‥あのさ、今度の休み2人くらい友達呼んでもいい?」
「いいけど、どうしたの?」
「あー、勉強したいから店使わせてもらいたいと思って」
一応了承した以上、確認はする。できればここで断ってもらえるのがベストなのだが……
「全然いいよー」
まあ、分かってはいたが、二つ返事で来るとは……。
こうして、新太の予定の勉強会(仮)から()が外れることになった。
もし、陽葵と勉強会なんてしたら、なんて良いのだろう。でも、勉強どころじゃないだろうな。新太はそんなことを想う。
とにかく、決まったものは仕方ない。俺も前向きに考えよう。それにあいつらのためにも‥‥‥ん?あいつらのためにも?
新太は後に気づくことになる。
そもそも最初に幹部やると言い出したのはあいつらなのだから新太が気に病む必要ないのでは?と――。
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