第152話 一般教養を教わる僕

 学園の入学式が終わるとすぐに授業が始まった。生徒たちは剣士、魔法使い、魔具士関係なく、入試の成績順でA、B、Cクラスに分けられそれぞれのクラスには担任が付いている。基本的には個人ごとに必要な講義を履修したり、試験に合格することで単位が与えられるが、必修科目の一般教養のみクラス単位での受講となり、担任が一般教養の講義を担当することになる。


 僕にあまりに一般教養がないことを危惧したエイブラムからの命令で僕もAクラスで一般教養の講義を受けることになった。一応僕はこの国一番の名門校である国立学園を卒業しているのになんという仕打ちだろう……


 今日が初回の一般教養の講義ということでAクラスの教室へと入った。エリーが一番前の席に座っているのをすぐに見つけたが、エリー以外に見知った顔はなかった。


「学園長先生ようこそお越しくださいました。さあ、こちらの席にどうぞ」


 迎え入れてくれたのはAクラス担任のジェフリー先生だ。先生は五十才程の年齢で元騎士でもあり、非常に威厳がある人である。

ご丁寧なことに教室の一番後ろに生徒より少し豪華な机と椅子が用意されていた。


「ありがとうございます。僕は後ろで講義を聴かせていただくだけなのでお構いなく」


 想像どおり椅子の座り心地はとても良かった。生徒たちがちらちらとこちらの様子を伺っているのが気になる。


「はい! 若輩者ですがしっかりとやらせていただきます」


 ジェフリー先生はもう初老と言っても良い年齢なので決して若輩者ではないと思う……あくまで僕の教育のために講義を聴かせてもらうだけなのだが、ジェフリー先生は異様に緊張している。恐らく僕が講義に参加する目的を聞かされておらず、Aクラスの視察だと思われているのだろう。


 ジェフリー先生は緊張のためか、何度も言葉につっかえながらも講義は進んでいった。今日は初回の講義ということでフレイス共和国の歴史から始まりユートピア領の歴史へと続いていった。


 フレイス共和国の歴史は以前国立学園で学んだこともあり特段問題はなかったが、気になるのがユートピア領の歴史で、異様なまでに僕の名前が出てくるのである。開拓初期のドラゴン討伐は「エリック樹海竜討伐」、シエルがさらわれたときサマケット領軍を壊滅させたことは「サマケット領制圧遠征」、オーガがユートピア領に移住したことは「リューガ族移住条約の締結」など、僕が関わった出来事のほとんどに名前が付けられており、その説明の中に僕の名前が出てくるのだ。領主のエリーやオリジン町長のエイブラムの名前は数回しか出てこないのに僕の名前は十回以上教科書に出てきている。僕の名前が出るたびにチラチラと僕の様子を伺う生徒の視線が痛い。


「先生質問してもよろしいですか?」


 短髪赤髪の男子生徒から質問が上がった。


「ああ、いいぞ、ライオネル。どんな質問だ?」


「ユートピア領の歴史についてですが、チェイス学園長先生の話がよく出てきますが、実績があまりに人間離れしていてとても信じられないのですが、教科書の内容はすべて本当なのですか? 竜討伐や領地を壊滅させるのが一人の人間の力でできるとは思えません」


 ライオネルの質問で教室がざわついた。ジェフリー先生も少し動揺している気がする。エリーだけはニコニコしながら僕の方を見ている。


「わ、私も直接見たわけではないが全て真実だと聞いている。た、大変申し訳ありませんが学園長先生から直接お話頂いてもよろしいですか?」


 ジェフリー先生が教壇を譲ってくれたので前に立ちしゃべることにした。


「確かにライオネル君の言うとおり一人でやったわけじゃないよ。竜討伐のときは逃げ足のガゼルさんが竜の引付役、今の冒険者ギルド長と副ギルド長がサポート役となり手伝ってもらったし、冒険者が何百人も討伐に参加したからね」


「では、学園長先生一人で竜を倒したわけではないのですね? この教科書は学園長先生の実績が少し誇張されているのではないですか?」


再び教室がざわついた。魔王と呼ばれ恐れられている僕にこれだけ突っ込めるとはかなり肝の座った生徒だ。


「僕も大袈裟に書いてあるとは思ったけど、書いてあること自体は本当だよ。ガゼルさんには竜を引き付けてもらったし、そのガゼルさんを守るために副ギルド長が魔障壁を使ってサポートはしたけど、竜を倒したのは全部僕だったかな?」


昔のことで記憶が曖昧であるが多分そうだった気がする。


「……それでは冒険者ギルド長や他の冒険者は何をしていたのですか?」


「ギルド長は倒した竜の解体で、他の冒険者は解体した竜の運搬を手伝ってもらったよ。段々思い出してきたけど、倒した竜の皮や鱗が固くて僕とギルド長しか解体できなかったからとっても苦労したんだ」


「では、サマケット領征伐遠征についてはいかがですか!? これもユートピア領軍は使わずに学園長先生一人で行ったように書かれていますが」


「このときはユートピア領軍を派兵すると国軍が出てくる可能性があったから僕一人でサマケット領に向かったんだったかな。正確にはオーガにも手伝ってもらったんだけどね」


「学園長先生がオーガを使役しているということですか? 移住条約締結の件もそうですが、簡単にオーガをコントロールできるとは思いませんが……」


「以前オーガの族長家族を助けたことがあってその縁で協力してもらっただけだよ。今もお互いに色々と協力はしているけどオーガとの間に上下関係はないからね」


オーガには冒険者だけで対応できない魔獣の盗伐を依頼しており、その見返りに食料や物資の提供をしている。


「しかし、いくらオーガの協力があったとしても領軍一つを壊滅させるなど不可能では……」


「うーん……大規模魔法で領軍はほとんど壊滅しちゃったからオーガは残党狩りをしただけなんだけどね……」


 ライオネルは僕に対抗心でも持っているのか僕の功績を認めたくないようだ。


「ああ、ライオネル、質問はその辺で良いのではないか? ライオネルは学園主席での入学でして、年齢が近い学園長先生のことをライバル視しているところがあり……その……申し訳ありません」


 ちなみに子爵のエリーは特別枠で順位付けはされていない。エリーを除いてこの学年のトップがライオネルとのことであろうが、恐らくこの学園の主席入学ということは今まで同年代にライバルと言えるような存在はいなかったのだろう。


「いえいえ、僕と生徒は年齢もさほど変わりませんしあまり気を使わなくても大丈夫ですよ。僕もできるだけ仲良くしたいと思っていますので」


 できれば生徒とも仲良くして新しい友達も欲しいものだ。


「では学園長先生、遠慮なくお願いします! 私と一対一の模擬演習をしてもらえませんか?」


 一瞬教室の空気が凍り付いたように感じた。中には興味深くライオネルを見ている生徒もいるが、ほとんどの生徒はうろたえているように感じる。


「そ、それは、いくらなんでも学園長先生に失礼じゃないかな!? 学園長先生! 私がこの後しっかり指導しておきますので、どうかライオネルの命だけはお助けを……」


 ライオネルよりジェフリー先生の方が失礼な気がするのは僕だけだろうか? 


「模擬演習か……面白そうだしやってみようか。ライオネル君は魔法使いみたいだし、僕も少しは先生らしいことをしたいしね。僕に勝てれば単位を上げるよ。そうだな……講義が終わった後に演習場に行こうか」

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