第140話 昔話を聞く僕

 まだエイジア王国もアメリア帝国も建国前の時代、今では伝説となっている魔神プオールが魔族領に一つの国を建国した。プオールは自らを神と名乗り、国の名をプオール神国と名付けた。プオール神国は瞬く間に魔族領のほとんどを制圧したが、人族領に攻め入ってくることはなかった。


 プオールは数で大きく勝る人族に直接戦いを仕掛けるようなことはしなかった。プオール神国は人族領との友好関係を望み、人族領と魔族領を隔てていた魔の森の中に巨大な道を作り交易を始めたのだ。それまでほとんど交流のなかった人族領と魔族領の間で貿易が始まり、行き来が盛んになるまでにさほどの時間はかからなかった。


 人族領と魔族領をつなぐ巨大な道は「豚王の道」の名で現在も人族領と魔族領をつなぐ道として使われている。豚王とはプオールの蔑称で、プオールの姿形が豚に似ていることや、豚が貪り食うように他国へ侵略していく様子からつけられたものだ。


 互いの交流が始まって数年が経った頃、人族領の各町に魔族領の教会が建てられるようになっていた。慈悲他愛を詠う宗教プオール教は貧しい農村やスラムなどでの炊き出しや生活支援、当時ヒュムにより迫害されていた、ドワーフ、エルフ、ホビットへの支援を行い、徐々に信者を増やしていった。


 さらに数年が経った頃、人族領で各国とヒュム以外の各種族間の戦争が始まった。魔族の支援を受けた各種族はそれぞれ独立に成功し、ドワーフは現在のドワールフ王国を、エルフとホビットもそれぞれ建国することに成功した。


 このころ人族領は多数の国が生まれては滅びてを繰り返しており、政情はとても不安定であった。


 機は熟したとばかりにプオールは多数の兵を「豚王の道」を使い送り込んできた。


この時起こった人族と魔族間の初めての大戦は第一次人魔大戦と呼ばれ、プオール神国が現在の帝国領付近まで制圧したが、種族や国を超えた人族間の協力もあり、なんとか停戦に持ち込むことができた。この停戦の間に人族領南側の国々が統一されエイジア王国が誕生した。


 その後、第二、第三人魔大戦と続き、人族領は徐々にプオール神国からの侵攻を受け、人族領の国はエイジア王国とドワールフ王国を残すのみとなった。


 人族は皆疲れ果て、諦めを感じ始めたとき、勇者ギルバートが現れた。ギルバートは龍人族の魔法使いルアンナと治療師イリスを仲間にしプオールを倒すため戦いを挑んだが倒すには至らず、神剣の力を借り、プオールを精神、肉体、魔力の3つに分けて封印することになった


 この戦いで勇者ギルバートは死亡、それを悲しんだルアンナは放浪の旅に、イリスは出家することになった。


 この後も人族と魔族の戦いは繰り返されたが、エメリア一世が現在の人族領北部を制圧しエメリア帝国を建国し戦乱を治めたことで、最後の人魔大戦は終結した。


 大まかな歴史の流れとしては以上である。


「まあ、チェイス君はどうせ歴史など何も知らないだろうから一から説明したが大体こんなところだ。とにかくプオールは強くてな、剣を持って戦えばミスリルの鎧さえ切り裂き、魔法を使えば無限とも言えるような圧倒的な魔力量と完璧な魔力制御から繰り出される大規模魔法で万の敵を焼き尽くし、こちらの攻撃ではほとんどダメージを与えられず、何とかダメージを与えてもすぐに回復される。とにかく無敵とも言えるような存在だった」


「よくそんな化け物を相手に人族は対抗できましたね。どう考えても人族に勝ち目はないような気がしますが……」


「後で分かったことだが、プオールは常に弟と一緒に生活をしていたんだ。その弟を守るために常に城全体を覆う魔障壁を展開し、城の内部の兵士たちには洗脳系の魔法を使っていたらしい。そこに大きな魔力を使っていたためなかなか攻め入ることができなかったのだろう。まあ、奴はそれ以外にも魔眼を持っていたからな。遠視眼に透視眼、魔力眼ととにかく厄介だったよ。こちらの動きはほとんど奴に把握されていたからな」


 魔眼は実在したのか……実在するのであれば是非欲しいものだ。魔眼ほど少年心をくすぐるものはなかなかない。


「それで先生たちはどうやってプオールを倒したのですか? ただでさえ強いのに傷をつけるのも難しくてすぐに回復しちゃうんじゃ倒す手段がないですよね?」


「半分は神剣の力だな。神剣アーニマールは魔力を切り裂く魔剣でプオールの防御魔法を切り裂くこともできたし、アーニマールで切り裂いたところは一時的に魔力が枯渇するため修復することもできなくなるからな。そして、もう半分はギルバートの力だ。ギルバートのギフトは『世界樹の加護』と呼ばれていてな、世界樹から魔力を分け与えられていたんだ。プオールの魔力量も無限に近いと言われていたが、ギルバートの魔力もほぼ無限だったからな。無限対無限の凄まじい戦いだったよ」


 そこまで話すとルアンナは一気に酒を飲み干した。今ルアンナが飲んでいるのは蒸留酒でかなり強いお酒なのだが……


「やはりこの領の酒はうまいな。嫌な話も酒があれば楽しく語れるものだ」


 ルアンナは空になったコップに再び蒸留酒を注ぎ込んだ。


「さて、最後は肝心の封印の話だ。ギルバートは強かった。だが、神剣の力を借りてもプオールを倒すことはできなかった。いくら神剣で切りつけ、血を流してもプオールは決して倒れなかったんだ。戦いは何日にも及び、私とイリスの魔力は尽き、ギルバートは身体中傷だらけで立っているのもやっとの状態だった。私たちはプオールを倒すことを諦め、神剣の第二の能力を使うことにしたんだ。神剣は精神体を切りさき、封印する能力を持っていた。ギルバートは限界を超えて魔力を取り込み、なんとかプオールの精神を封印することに成功した。その反動でギルバートは死んでしまったが……」


「自分の命を犠牲にしてまでプオールを封印するなんて偉大な人ですね」


「強く、頭も良く、顔も良く、正義感も強く、非の打ち所がない男だったよ。ああ、女にだらしないって欠点が1つだけあったな」


「女にだらしない……まさか先生も……」


「昔の話だ。私もイリスも奴に夢中でな。そのことで何度も喧嘩をしたものだ。ギルバートはギルバートでそんなのお構いなしに町ごとに女を増やしていったがな。ああ! 今思い出してもイライラが収まらん!」


 恋するルアンナの姿が全く想像できないが、ギルバートには苦労させられてきたのだろう……


(英雄色を好むってやつだな。優秀なやつがたくさん子孫を残すことには賛成だし、もしかしたらギルバートの子孫もどこかにいるのかもしれんな。チェイスも頑張って子孫を沢山残さないといかんな)


(……そのあたりは成り行きに任せるよ)


「ちなみに精神体はどこに封印したのですか?」


「正直よく覚えていないが……多分神剣の中じゃないか? 他に封印できそうな場所も考えつかんからな」


 当てにならない話であるが、確かに神剣以外に封印できそうなところはない。


「精神体は神剣に封印したとして、肉体と魔力はどうやって封印したのですか?」


「肉体は破壊できればよかったのだが肉体を破壊すると精神体の封印も解けてしまうらしかったからな。肉体はすべてが終わった後に私が世界樹の根元に埋めに行った。魔力があふれる世界樹周辺は精神体だけでは入るのが難しい場所だ。世界樹の根元であれば、たとえ精神体が復活しても肉体にはたどり着けないと思ったからな。魔力については……賢者の石という魔道具、いや、アーティファクトというべきか……チェイス君は聞いたことがあるか?」


「いいえ、初めて聞きますが……」


「まあ、物語にも出てこんからな。賢者の石は膨大な魔力を生み出す魔道具で、これがプオールの魔力の正体だったんだ。プオールは賢者の石を体内に埋め込み無限ともいえる魔力を得ていた。私とイリスがプオールの肉体から賢者の石を取り出したんだ」


「賢者の石……とんでもないものですね」


「ああ、賢者の石はイリスに託し、奴がどこかに封印したとは思うが……今どこにあるのかは定かではない」


(神剣に賢者の石か……中2ワードが出てきたな……賢者の石ってのは手に入れれば膨大な魔力を手に入れられるってことだよな……それはぜひ欲しいな)


(あれば便利だろうけど、どこにあるかも分からないし探してまで欲しいものでもないような気もするけどね……)


「それで、その精神体を封印した神剣はどこにあるのですか?」


「ユグド教国法王が代々管理している。ユグド教国内の大聖堂内に保管してあるとは思うが、まあ、普通に頼んで確認させてもらえるわけがないし、侵入するしかないだろうな」


「よりにもよってユグド教国ですか……幼女の先生一人に行かせるわけにもいきませんし仕方ありませんね。いつ出発します?」


「エイブラムには明日説明に行くから明後日の朝出発としよう。神剣の確認のついでにいくつか宝物でも頂いてくるか」


 そんな盗賊みたいなことはしたくないが……明後日に出発となると早急に準備を整えなければならない。

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