第130話 悪夢を見る僕

 腹部に剣が刺さった血まみれのモーリスが僕の方を無言で見ている。その後ろでは同じく血まみれのクロエと剣を構えたニックスがいる。クロエはうつむきながら何か声をだしているが聞き取れない。


 僕は体を動かすことが全くできないでいる。


ニックスもうつむきながらぶつぶつとしゃべっている。ニックスの低い声はこちらにもしっかりと聞こえた。


「なぜ父様と母様を殺した……絶対お前を許さない……」


 ニックスがしゃべり終わった瞬間、ニックスが僕のお腹に剣を突き刺した。お腹からはあふれるように血が流れていく。


 ニックスの顔を見ると、顔がなくなっていた。頭がない胴体だけの姿でそれは僕にしゃべりかけた。


「……………………………………わりではない、既に……は目覚めている」

 



 ……目の前にはシエルとリリーがいた。シエルは僕の右手を握り、リリーは僕の額を布で吹いている。


「だいぶうなされていたけど大丈夫? なかなか目が覚めないから心配したよ」


 お腹に手を当てるが刺された様子はない。夢だったようだ。


僕らはイースフィルの隣領にある農村の宿に泊まっていることを思い出した。


イースフィルを出た僕らは、ノストルダム侯爵領の候都オークニアに向かうことにした。小さな町より大きな町の方が人ごみに紛れやすいと判断したためだ。


「汗をかかれたみたいですし着替えましょうか。起き上がれますか? お体をお拭きします」


 ベッドから起き上がり椅子に腰かけた。体は動かせるがまだ頭が働かず返事をすることができないでいた。


 リリーから貰った水を一気に飲み干した。体中に水分がしみわたるのを感じる。徐々に頭も働きだしたようだ。


「ありがとう。あとは自分でできるから大丈夫だよ」


 リリーが僕の服を脱がそうとしていたのでそれを止めた。昔を思い出して懐かしくも感じたが、さすがに着替えを手伝ってもらう年齢ではない。


 幸いルーナはまだ寝ているようだ。


(だいぶ精神的にきているようだな……晩飯もあまり食えなかったしな……)


(あんまり気にしないようにしているつもりだけど難しいみたいだね)


(精神なんか簡単にコントロールできるものじゃないからな……苦しいときはちゃんと吐き出した方がいいぞ)


 モーリスが死んだことから立ち直れていなことは確かだが、原因がそれだけなのか自分でも分からない。僕が見ている夢についてはオッ・サンと共有できていないらしい……


「本当に大丈夫? 呼びかけても起きないし、結構長い間うなされていたよ?」


「あんまり良い夢じゃなかったなかったみたい……もう大丈夫だよ」


 シエルは心配そうにこちらを見ている。


「……一人で寝るのが辛かったら今日は一緒に寝てもいいよ?」


「大丈……いや、やっぱり一緒に寝てもらおうかな……」


 冷静に考えるとシエルが一緒に寝てくれる機会など滅多にないことである。


「……いつものチェイス君で安心したけど、手は出しちゃだめだからね?」


 なかなか難しい注文だ……シエルの体を見ていると、手で胸元を隠された。


「アルヴィン様、目線がいやらしすぎます。私やルーナ様も同じ部屋にいることをお忘れなく。私はあちらにいますので何かありましたらお呼びください」


 そういってリリーは自分のベッドに戻っていった。


 二人でベッドに入ったが、一人用のベッドなのでやや窮屈だ。シエルは僕の方に体を向けて頭をなでてくれている。


「辛かったらもっと頼ってもらってもいいし泣いてもいいんだよ。チェイス君は全然表情に出さないからこっちが心配になるよ」


 イースフィルを出てからは、なるべくいつもどおりすごしていた。気を使われるのは嫌だったし、シエルとリリーに弱みを見せるのも嫌だったからだが、かえってそれが気を使わせてしまったのかもしれない。


「うん……ごめんね。じゃあちょっと甘えさせてほしいな」


 シエルの方を向き、顔を胸に埋めるようにシエルに抱き着いた。決していやらしい気持ちがあったわけではなく顔のところにたまたま胸があっただけだ。


 抵抗しようとしたのか一瞬シエルの体が強張ったのを感じたが、すぐに力を抜いて右手で僕の頭を包み込むように撫でてくれた。


「チェイス君は良い子だね。全部一人で抱え込まなくてもいいんだよ。お父さんのこともチェイス君が悪いわけじゃないからね」


 なぜか涙が溢れ出してきた。決して悲しいわけじゃない。一人じゃないんだと心が満たされていくような感じが嬉しくて涙が出てしまう。すぐに心地よい眠気も襲ってきた……







「おはようチェイス君。調子はどう?」


 目を覚ますと目の前にシエルの顔があった。眠らず僕の様子を見ていてくれたのか、少し目が赤い気がする。


「シエルのおかげで調子はいいみたい。シエルこそ夜中ずっと見ていてくれたんでしょ? 大丈夫?」


「チェイス君と一緒に寝ていたから大丈夫だよ。今日は移動するのを止めてもう一泊する?」


 言われてみれば部屋の中には窓から光が差し込んでいる。だいぶ長い時間寝てしまったようだ。


「なるべく早くオークニアに着きたいし出発しようか。リリーとルーナもそれでいい?」


「はい。いつでも出発できるよう準備していますので」


「………………」


 ルーナは毛布をかぶってベッドにうずくまっている。声をかけてもこちらを見るそぶりも見せない。


「ルーナ様、アルヴィン様がお尋ねされていますよ。返事くらいされたらどうですか?」


「リリーいいよ。ルーナも環境が変わって戸惑っているだろうし……ゆっくり僕にも慣れていってくれたらいいから」


 リリーは不満そうにしているがなんとか納得してくれたようだ。


「じゃあ、早速出発しようか。肉も残ってないし、魔獣も狩りたいしね」


 農村で食料調達ができればと考えていたが、現在売れる程の食糧が残っていないらしい。馬車の中にある食料は保存用の黒パンが少しあるだけで数日分の食糧になるかどうかの量だ。候都のオークニアまではまだ何日もかかることを考えると少しは食料を確保しておきたい状況である。


荷物をまとめて外に出ると雪が降っていた。道にも薄っすらと雪が積もっているが、馬車や人、動物が通ったような跡は全くついていない。


 今通っている道もあまり整備が行き届いていないらしく、一応踏み固められてはいるものの、枯れた雑草があちこちに散乱していたり、ところどころ陥没しているような状況だ。


道の西側には森が、東側は山が広がっている。空には何匹もの巨大な鳥が飛んでいるのが見える。


「リリーあの鳥何か知ってる? 結構大きそうだし食べられないかな?」


「恐らく雪鳥、スノーバードの一種だと思います。小動物を狩ることはあるそうですが、人間を襲うことはほとんどないそうです。魔獣ですので美味しいとは思いますが、食べたという話は聞いたことがありませんので……」


 リリーはイースフィルにやってくる商人との取引も担当していたため、イースフィル周辺の事情にも詳しいのだ。


「お腹も減ったし一匹取ってみようか。名前は美味しそうだし……」


 空を優雅に飛ぶ雪鳥の一匹に狙いを定め土魔法を放つ。頭を吹き飛ばされた雪鳥はふらふらと回転しながら落下した。


「よし! 命中! 早速解体して食べてみよう」


 ルーナが大きな目をぱちくりしながら僕の方を見ている。僕に向ける反応としては初めて見る顔だ。イースフィルには僕意外に魔法を使える者はいなかったしルーナは初めて魔法を見るのだろう。


「ルーナは魔獣を食べたことある?」


「……食べたことない」


 ルーナは消え入りそうな声で答えてくれた。初めて僕の問いかけに答えてくれたかもしれない。


「魔獣のお肉はとっても美味しいんだよ。ルーナにも上げるから、ちょっと待っていてね」


 地上に落ちた雪鳥は首から噴き出した血で雪を真っ赤に染めている。羽は雪のように白くキラキラと光を反射している。


 羽も売れそうなので綺麗にむしりとり、残った羽毛を炎魔法であぶって綺麗にした。羽を広げると体長2メートルほどはありそうな巨鳥で肉もかなりついていて食べ応えがありそうだ。


「あとは私が調理しますので休まれてください。こんな大きなお肉を料理するのはアルヴィン様が出ていかれて以来です」


 僕がいたときは狩った魔獣の肉を食卓に出していたのでいくらでも肉が食べられたが、いなくなってからは元の食生活に戻ってしまったのだろう。硬い黒パンと薄い味の野菜スープが中心の食事……懐かしいがもう食べたくはない食事だ。


 すぐにリリーが火を起こし料理に取り掛かり、厚切りの鶏肉を焼いたものとスープが出てきた。


「味付けは塩だけですが、肉から良い味がでているので美味しく頂けると思います」


「早速食べようか。ルーナお肉にかぶりついてごらん。とっても美味しいから」


 ルーナがお肉にフォークを突き刺しかぶりついた。


「美味しい! ルーナこれ大好き!」


 ルーナが初めて笑顔を見せてくれた。もともとぱっちりとした目を見開いて笑うルーナの笑顔はとてもかわいく、モーリスがデレデレになっていたのも分かる気がする。


「美味しいでしょ? 今お兄ちゃんたちはユートピア領ってところを目指しているんだけど、そこに行けばもっと美味しいものがいっぱい食べられるよ。父様からルーナが大きくなるまで面倒を見てくれって頼まれたから、お兄ちゃんと一緒に来てくれるかな?」


「うーん……でもルーナは母様と一緒にいたい……」


「クロエ様はモーリス様と遠いところに行っちゃいましたからしばらくは会えません。アルヴィン様がモーリス様とクロエ様の代わりに面倒を見てくれるからご安心ください」


「ルーナも一緒に行きたかった……」


 ルーナが少し涙ぐみながら答えた。


「いつかまた会えますよ。それまではルーナ様も良い子でいましょうね」


「うん……分かった……」


「じゃあアルヴィン様によろしくお願いしますって言いましょうか。まだ挨拶をしていないでしょう?」


 ルーナは少しもじもじと恥ずかしそうにしている。この姿もなかなかかわいい。


「ルーナ・イースフィル三才です。よろしくお願いします」


 ルーナは顔を真っ赤にしながら自己紹介をした。


「ルーナよろしくね。僕はアルヴィン・チェイス・ユートピア。今は別の家名を名乗っているけど、ルーナのお兄ちゃんだよ。父様の代わりにルーナの面倒を見るから、何かあったら遠慮なく言ってね」


「私はチェイス君の婚約者のシエルだよ。お母さんの代わりにはなれないと思うけど……お姉ちゃんだと思って仲良くしてね」


「兄様と姉様?」


 ルーナが少し遠慮したような口調で呼んでくれた。


「ちょっと堅苦しいな……お兄ちゃんとお姉ちゃんって呼んでくれた方が嬉しいな」


「じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんって呼ぶね。お兄ちゃんはニックス兄様がいたけど、お姉ちゃんはいなかったから嬉しいな」


 どうにかルーナも心を許してくれたようだ。モーリスとクロエが死んだことはいつか話さなければならないだろうが、もう少し大きくなってからでもいいのかもしれない。

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