第86話 ペガサスを狩る僕

 オリジンの町と首都オルレアンは行き来に馬車で十日以上の時間がかかる。移動手段の確保は今後のユートピア領発展のためには欠かせないものである。


「ということで、ペガサスを狩りに行こう。ペガサス牧場が作れれば移動手段が簡略化できそうじゃない?」


「それは本気で行っているの? オリジンの開発で忙しい中、そんなことしてる暇ないんじゃない? エイブラム様にばれたら殺されちゃうよ」


「もしペガサス牧場が成功したら移動時間の短縮になるし、エイブラム様も喜ぶと思うんだ。バイコーン牧場もあるみたいだし、魔獣だからって飼育できない訳じゃないと思うし、やるだけやってみようよ。エリック樹海の奥にはペガサスもいるって噂だし、調査も必要だから行ってみよう!」


 クリスを無理やり説得し、机の上にはエイブラムに宛てた書置きを残してエリック樹海の奥地へと向かった。


「久しぶりの狩りだから楽しみだな。今回は生け捕りにしないといけないから少し難しいね」


「そもそもペガサスに人が乗るって話は聞いたことがないけど……」


「どうだろう? ワイバーンにも乗れるらしいし多分大丈夫なんじゃない?」


 ワイバーンを育て騎乗している地域も一部あるらしいし、魔法の師匠ルアンナに至ってはドラゴンを乗りこなしていたのだ、ペガサスごとき乗れない訳はないと思う。


 ペガサスについて話しながらも僕たちは樹海の奥へと進んでいく。樹海の奥に行くにつれてみたことがない大型の魔獣や上位種らしい魔獣も増えてきた。


「樹海の奥の方は魔獣の個性も豊かだよね。ゴブリンだけはどこにでもいるのがちょっと面白いけど」


「ゴブリンっていってもホブゴブリンが多いから倒すのが面倒で仕方ないよ。食べても美味しくないし素材も取れないしいいとこなしだよね」


「ゴブリンもスープにすると結構おいしいんだよ。そもそもなんでホブゴブリンって言うのかな? 他の魔獣と違ってゴブリンだけは名前から姿形が想像できないよね」


「昔話ではゴブリンの大きいのがホブゴブリンとして書かれていることが多いし、その影響だと思うよ。ホブゴブリンって名前を聞くだけでみんな姿形をイメージできるしね。あとゴブリンはそんなに種類が多くないから細かく分ける必要がないんじゃない?」


 ゴブリン以外の魔獣の場合は体の色や特徴、種族を元に名前を付けているため、名前を聞いただけでどのような魔獣か大体の想像が付く。


「確かに……物語の中でも現実でもゴブリンはいつもやられ役でかわいそうだよね」


「城壁の外に住む人たちにとっては昔からゴブリンは驚異だったからね。大した力はないけど、根絶やしにしないとすぐに増えるし、男は殺して女子供や家畜はさらうし、何より見た目が気持ち悪いし、いいところが何一つない魔獣だよ」


 ゴブリンは異種族交配ができる珍しい魔獣で、しかも生まれた子供は全てゴブリンになるというとても厄介な魔獣である。


「だいぶ進んだし今日はそろそろキャンプの準備を始めようか。ちょうど開けた場所になっているし、水場も近いし……今日の夕食はゴブリンスープでいい?」


「ゴブリンスープは確かに美味しかったけど、昨日も一昨日も食べたから別のにしようよ……ほら! あそこに飛んでいるカラフルな鳥! あれにしよう!」


 僕は毎日ゴブリンスープでもいいくらい好きなのだが仕方がない。クリスが指さした先にいた鳥を狩って調理することにした。


「それにしても本当に樹海は広いね。三日も進めば最奥に着くと思っていたけど……ペガサスが発見できればいいけど、万が一にも見つからなかったらエイブラム様に何て言われるか……ああ……考えただけでも恐ろしい……」


 クリスは本当にエイブラムのことを恐れているようで顔色が蒼くなっている。


「ペガサスは白いし大きいし、空も飛ぶから見つけられると思うよ。こんな目立つ生物見つけられないわけないじゃない」


「目立つのに生き残っているってことはそれなりの理由があると思うけどな……とても逃げ足が速いとか強いとか……)


「とにかく探すだけ探してみて見つからなかったらその時言い訳を考えよう」


 夕ご飯が終わった後は特にやることもなかったので、その日はすぐに眠りについた。

 







「チェイス! チェイス! 早く起きて! すごいよ!」


 翌朝、興奮したクリスに起こされ、クリスの指さす方を見ると、何十匹ものペガサスが空を旋回するように飛び回っている。


「ペガサス! 噂どおりの姿だね……」


 真っ白な体で大きな羽を羽ばたかせ天を舞うペガサスは朝日を受けてキラキラと光っている。


「なんで僕たちの上を旋回しているんだろう? 餌と思っているのかな? 襲い掛かってくる気配はないけど……」


「多分水場に行きたいけど、いつもと違って僕たちがいるんで警戒しているんじゃないかな? ペガサスは基本的に草食だと思うし」


「草食の魔獣っているの!? 全部人間を襲うと思っていたけど」


 父モーリスからは魔獣は全て人間を餌として認識しているため、会ったら必ず襲われると教わった気がするが……


「雑食の魔獣も多いし、ほとんどの魔獣は人間を襲うけど、人間を襲わない魔獣もいるよ。バイコーンも草食だしね」


 言われてみると確かにバイコーンは草しか食べないし人間を襲ったという話は聞いたことがない。ペガサスも草食の魔獣なら飼育も簡単かもしれない。


「じゃあ、頑張って捕まえようか! まずは何匹か捕まえてみて、うまく飼えそうなら冒険者を連れてきて沢山捕まえよう。とりあえず雷魔法で落とそうかな」


 頭上を飛ぶペガサスに向かって、雷魔法の雷弾を放つ。命中した一匹が旋回するように落ちてくる。他のペガサスは羽をばたつかせながら四方八方に飛び散っていく。


「よし! クリス! 手綱をつけて! 僕はもう一匹落とすから!」


 落ちたペガサスをクリスに任せ、逃げ惑うペガサスに再び雷弾を命中させ、なんとかもう一匹確保した。手綱を付け、ペガサスが逃げないよう首に縄をかけ、木に括り付けた。クリスの作業も終わったようだ。


「後はペガサスが回復するのを待つだけだね。それよりちょっと思ったんだけどペガサスの体とっても軽くない?」


「うん僕も思った。身体は大きいのに一人で動かせるくらい軽いし……」


 首に手綱を付けようとした際、思った以上に軽く頭が持ち上がったのでちょっと心配になった。


「僕らが乗って飛べるのか心配だね……ああ……もし飛べなかったらエイブラム様になんて言われるか……」


 クリスは心配しすぎだと思う。


 ペガサスは雷魔法の痺れが徐々に取れてきたようで、立ち上がり翼を広げて逃げようとするが、首にかけられた縄を引きちぎることはできないらしく逃げようと足掻いている。縄を引っ張ると簡単に引き寄せることができた。


「やっぱり軽いね……とりあえず乗ってみようか」


 ペガサスに抵抗されながらもなんとか乗ることができたが一向に飛び立つ気配がない。


「飛ばないね……やっぱり人を乗せては飛べないんじゃない?」


「なんかそういう気もしてきた……でもせっかく捕まえたんだし二匹とも連れて帰ってみようよ。訓練したらもしかしたら飛べるようになるかもしれないし!」


 とりあえずはペガサスに騎乗して飛ぶことは諦めて、ペガサスの綱を引きオリジンに連れて帰ることにした。

 








 オリジンに到着した僕らを待っていたのは憤怒の表情をしたエイブラムであった。


「お前らよく帰って来られたな。お前らがいなくなったことでどれだけの予定が狂ったと思っているんだ?」


「ちゃんと書置きを残して言ったじゃないですか! それにちゃんとペガサスを連れて帰ってきましたよ! しかも二匹も!」


 エイブラムはペガサスの方に一旦目を向けたがすぐに僕たちの方に目線を戻した。クリスは余程エイブラムが怖いのかガタガタと震えている


「それで、そのペガサスに乗って飛ぶことはできるのか? もしそれができるのであれば今回のことは許してやろう」


「今は人を乗せては飛べませんが訓練すれば飛べるようになるかもしれませんよ」


「そうか……では博識な俺が教えてやろう。ペガサスに乗って飛ぶ計画は各国で今までに何度も試されたが一度たりとも成功したことはない。なぜだかわかるか?」


「人間を乗せて運ぶほどの飛行能力がないからですかね?」


「半分正解だ。ペガサスの飛び方は特殊らしくてな、仕組みは分からんが自分の体重を軽くする魔法を使用して飛ぶとのことだ。軽くできるのは自分の体だけのようで、重い荷物や人を乗せて運ぶことはどうやってもできないというのが、ドルチェ共和国のクラウン博士の研究結果だ」


「つまり……いくらペガサスを鍛えても飛べないと……」


 クリスは今にも倒れそうなほど顔面が蒼白になっている。


「ああ、そういうことだ。つまりお前ら二人は完全に無駄な時間を十日近くも過ごしたということだ。さて、この落とし前はどうつけさせてもらおうか……」







 結局この後しばらくは十日分の仕事の遅れを取り戻させるために休みなしで働かされることになり、予定していた工事がひと段落するまでの間に体重が五キロ近くも落ちてしまった……


 ペガサスを移動手段にする計画は叶わなかったが、ペガサスの肉がかなり美味しく、更に羽や毛皮が有効活用でき、飼育や繁殖も比較的容易であることが分かったため、食肉としての繁殖のため牧場づくりを計画中だ。


 ペガサス肉がオリジン名物になるのはもう少し後の話である。

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