第60話 とんでもないモノを目撃した僕

 思った以上に簡単に単位取得ができたため予定より早く家に帰ることにした。


(この調子でいけば半年以内の卒業もできそうだな。自己紹介のときに大見得を張ったから半年以内で卒業できないとちょっと恥ずかしいからな)


(変なプレッシャーかけないでよ! それより今日は僕が食事当番だけど晩御飯何にしようか?)


 クリスとシエルと暮らし始めてもうすぐ一週間になるが、掃除とご飯は当番制にしている。クリスの料理の腕はかなり高いがシエルはあまり料理の経験がないらしく簡単な料理しか作れないようだ。初めてシエルの苦手なものを発見できてちょっと安心したのは内緒だ。


 僕はオッ・サンの言うとおりに料理をしているだけだが、クリスとシエルは僕の料理の出来に大満足のようだ。


(今日はハンバーグにするか。肉を買って帰らないとな)


(オッ・サンの考える料理はおいしいんだけど肉料理が多いよね)


(魚料理も好きだが材料が手に入りづらいから仕方ないだろ。野菜だけじゃ物足りんしな)


 買い物後家に戻ったがまだ誰も帰ってきていないようだ。シエルは治癒魔法院に行くと言っていたが、クリスは家に帰ると言っていたと思うが……机の上にはまだ作業途中と思われる魔道具の工具や部品が残されている。そのうち戻ってくるだろうと思い食事の準備を始めた。


 家の一階は工房と風呂、トイレなど水が必要な部屋を中心に配置されている。台所や食堂など気の利いた設備は準備していなかったため、食事は工房で作り工房で食べることにしている。


「ああ、帰っていたのか。先に風呂に入らせてもらったぞ」


「お風呂だっ……………………」


 声の聞こえた方を振り向いているとクリスがいた……お風呂上りの格好で首にタオルをかけて短パンを履いているものの上半身裸の格好だ。胸のふくらみはほとんどないがピンク色のぽっちまでしっかり見えている。風呂上りの濡れた髪の毛と合わせて妙に色っぽい。


「ちょっと!! クリス! 何で裸なの!」


 なるべくクリスの方を見ないようにして話しかける。


「別にいいじゃないか。シエルがいるときなら気を使うけど男同士で何をそんなに気にする必要があるの?」


「男……同士?」


 恥ずかしい気持ちを押さえながらクリスの方を見てみる。顔は……どう見ても女の子だし身体つきも細身の女の子に見える……


(クリスが男……男の娘だと!? それでは俺のハーレム計画が……いや、男の娘がハーレムの一員にいるというのも悪くは……いやいや、俺は女が好きで男は……だが男の娘も捨てがたいような……)


 オッ・サンもひどく混乱しているようだ。


「気持ち悪いからまじまじと見ないでよ」


クリスが恥ずかしそうにする。頬を赤らめたクリスはちょっとかわいい。クリスの身体から目が離せず戸惑っていると後ろから声が聞こえた。


「チェイス君……これはどういうことかな? ちょっと説明してもらえる?」


 後ろからシエルの声が……いつもの優しい声であるが、どことなく感情のない冷えたシエルの声が聞こえる。恐る恐る振り返ると笑顔のシエルがいた。


「……えっと……僕にもどういうことなのか全く分からなくって……」


「とりあえずクリスは服を着てきなさい。チェイス君はそこに座って。あ、椅子に座っちゃダメだよ。地面に正座ね」


 ちなみに正座とは膝を曲げて地面に座る姿勢のことで、子供が悪いことをしたときなどは正座の姿で説教されるのがユールシア連邦での伝統のようだ。


 笑顔ではあるがシエルの迫力があまりにすごかったため、言い訳をすることもできず地面に正座した。僕は何も悪いことはしていないのだが……しばらくすると服を着たクリスが戻ってきた。


 風呂上りで髪が濡れ、頬を赤く染めたクリスは綺麗だ。


「お待たせ。シエルがこんなに早く戻って来るとは思わなかったから油断してたよ。ところでなんでチェイスは正座してるの? 何か悪いことでもしたの?」


「私が早く戻って来なかったら何をするつもりだったのかしら? クリスもそこに座りなさい」


「えーせっかくお風呂に入ったのに嫌だよ」


「いいから座りなさい!」


 シエルの迫力に負けクリスも僕の横に並んで正座をした。こんなシエル初めて見たかもしれない。いつもの優しいシエルはどこに行ったのか……


「さあて、チェイス君、クリス……何をしていたのか説明してくれるかな?」


 やっと弁明の機会を与えられた。シエルはなにか疑っているようだが僕は無罪だ。


「ええっと、学園から戻ってきたら誰もいなかったので今日の晩御飯を作ろうとしていまして……そしたらクリスがお風呂上りに裸で出てきまして……」


 事実をありのまま伝えることにした。なぜか自然と目上の人としゃべるときのように敬語になってしまった。


「なんで僕は正座させられているんだ……シエルがいるのに裸でいたのは悪かったけど……」


「そうだよ! そういえばさっき言ってたクリスが男ってのは……」


「チェイス君は少し黙ってて。クリスが男なわけがないでしょ?」


「僕は男だよ!」


「クリスまでそんなこと言って! いい加減にしないと私も怒るよ!?」


 いや既に充分すぎるほどシエルは怒っていると思います。


「僕こそ怒るよ! だいたいなんで僕が正座しなきゃならないんだ! 信じられないならほら見てみなよ!」


 クリスは立ち上がってズボンを下した。そこには確かに立派なあれが付いていた……


(なかなか立派なもので……チェイス、お前の負けだな)


 シエルは口に手を当てて顔を真っ赤にして驚いている。どうでもいいが婚約者の立場からすれば他の男のモノをまじまじと見つめないで欲しい。


「シエル……僕としてはあんまりクリスのを見て欲しくないんだけど……」


 シエルは我に返ったようにクリスのあれから目をそらした。


「えっと……ごめんなさい……私が誤解していたみたい……」


「クリスもいつまでズボンを下げているんだよ。あんまり見たくないからズボンを上げてくれ」


 クリスもはっとしたようにズボンを上げた。クリスも勢いでズボンを下げてしまったのか今はとても恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 シエルもクリスも顔を赤くしてとてもかわいい。クリスはとても男とは思えないかわいさだ。


「とりあえず夕飯でも食べながら話をしようか……すぐに出来上がるから席について待っていて」


 あまりに空気が重いため夕飯の準備を口実にその場を逃げてしまった。シエルとクリスは席に着いたが、まだ気まずそうにうつむいている。


「さあ、今日の晩御飯はハンバーグっていって、切り刻んだお肉と香草を一緒に焼いたものだよ」


 場の空気を変えるよう明るい声で料理の説明をするがシエルとクリスは相変わらずうつむいたままだ。


「とにかく冷める前に食べようよ! 話は食べ終わってから!」


 ハンバーグの美味しそうな匂いが漂っているのに二人ともなかなか料理に手を付けないため僕が先に食べ始めた


「あ、美味しい。ステーキよりこっちが好きかも」


(なかなか良い味だな。トマトソースもいい味を出している。ジャガイモがあるからトマトや玉ねぎもあるかと思って探したが案の定あってよかった。これで料理の幅も広がるぞ)


 オッ・サンは一人マイペースで料理の味を堪能しているようだ。


 僕が料理を食べたことで二人も食べ始めた。まだ二人とも顔が赤い。よっぽど恥ずかしかったようだ。


「あ、本当に美味しい。チェイスの料理はどれも美味しいけど今日のは特に絶品だね」


「本当だ。今までのチェイス君の料理の中でも一番好きかも」


 二人ともハンバーグには大絶賛のようだ。先ほどまであんなに恥ずかしがっていたことを忘れたように黙々とハンバーグを食べ進め、あっという間に完食してしまった。


「さあ、食べ終わったみたいだし、さっきの話の続きだけど、クリス……男の子なんだね……僕もずっと女の子だと思っていたよ……」


「どっからどう見ても男でしょ!? ほら! 見なよこの鍛え抜かれた筋肉を! そもそも『僕』っていつも言ってるでしょ!? だいたい女だったらチェイスの家で一緒に住もうなんて思わないよ!」


 確かに筋肉は鍛え抜かれているが細く引き締まっていて健康的な身体の女の子にしか見えない。


「僕っ子っていうか、そういう口癖の女の子だと思ってたんだけど……一緒に住む件については……確かに……」


 また三人の間に沈黙が訪れてしまった。しばらくの沈黙のあと、それを破ったのはシエルだった。


「えっと……クリス……さっきは本当にごめんなさい……チェイス君がクリスと浮気しているって思って頭に血が昇っちゃって……」


「僕こそごめん……僕もつい頭に血が昇っちゃって……シエルは僕がチェイスと二人で暮らすのを心配して一緒に住むことにしたんだね」


「だってクリスかわいいからチェイス君のこと取られると思ったんだもん」


 シエルがかわいくてたまらない! なんていい子なんだろう! 


「ところで女の子と勘違いされていたみたいだけど、僕はこのままここに住み続けて問題ないの? 二人のお邪魔になるようなら他を探して出ていくけど……」


(ここ何日かの付き合いだがクリスの魔道具作りの腕が確かなのは確認済みだ! 絶対にここに住んでもらってくれ!)


「魔道具のこととかいろいろ一緒にやりたいことも多いからこれまで通り頼むよ。むしろ男って分かってやりやすくなったかも」


「そう言ってもらうと助かるよ。チェイスの訳の分からない知識は貴重だしできるだけ仲良くしたいからね」


 なんだかんだでこの三人での共同生活は続くことになった。

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