第48話 オルレアン見学をする僕
前日はかなり盛り上がり遅くまで飲んでいたせいでまだまだ眠いが、二日酔いにはなっていないようだ。
結局僕はシエルの家に泊まらせてもらうことになったが、ロックとライスは女の人のいる店に行くと言って二人で二次会に行ってしまった。
十一才にして結婚が決まってしまったが、相手がシエルであることを考えると未だに興奮が収まらない。
「チェイス君、もう起きてる?」
色々と考えを巡らせているところに部屋のドアをノックされた。
「おはよう。もう起きてるから入っていいよ」
ドアを開けシエルが入ってきた。既に身支度を整えているようで今日のシエルもとてもかわいい。シエルは昨日の様子とは打って変わって今日は全く緊張した様子もなかった。
「おはよう。約束どおり今日は街を案内しようと思って。朝ごはんを食べたら出かけようよ」
シエルに誘われるままに着替えて朝食を食べた後、街に出かけることになった。余談ではあるが、メリッサの作った朝食はかなりおいしかった。
「じゃあ最初はどこに行こうか? チェイス君はどこか見たいところある?」
「うーん……学校を見てみたいな。学校はいくつかあるの? できればシエルが受ける予定の学校を見たいけど」
「チェイス君も学校に通うの? 私は国立学園を受ける予定だよ。受かるかどうかは分からないけど……」
「じゃあ、そこを見にいこうよ! 面白そうな学校なら僕も通いたいけど……他の国の人でも受験できるの?」
「国立学園は誰でも受験できるよ。合格するのはかなり難しいけどね。学園は工業区にあるから早速行こうか」
「じゃあ案内よろしくね。シエルは武官コースと文官コースどちらを受けるの?」
「そういえばエイジア王国の士官学校はコースが分かれているみたいだね。国立学園のコースは分かれてなくて、好きな授業を取って必要な単位数を3年以内に取れれば卒業できるんだよ。早い人だと一年くらいで卒業できちゃうみたいだけどだいたいの人は卒業までに二、三年はかかるみたい」
「好きな授業が取れるのはおもしろそうだね。卒業した後は士官の資格が与えられたりするの?」
「学園卒業の資格が与えられるだけだから、士官したい場合は士官試験を受けなきゃだめだよ。でも学園の卒業生はいろいろ優遇されるから士官するにしろ普通に働くにしろいろいろと優遇されるみたい」
(卒業後にいろいろ選択肢があるのはいいな。普通に士官してもいいし、学園卒のエリート冒険者ってのもかっこいいしな)
(エイジア王国の士官学校は卒業すれば士官できるのは魅力だけど、選択肢が狭くなっちゃうからね。王立学園なら卒業までにゆっくり進路を考えられるからいいかもね)
「コースが分かれていないなら入学試験はどうなっているの? 筆記試験だけ?」
「入学試験は筆記試験と実技試験の二つが必要だよ。実技試験は武術と魔法の好きな方を選んで、総合点の高かった上位二十人とそれぞれの試験の上位十人が合格になるよ」
筆記試験は自信がないが魔法で上位十人に入ればいいのなら試験は受かりそうだ。
「シエルは魔法の実技試験を受けるの?」
「うん。治療魔法以外にも少しは魔法も使えるから魔法で受ける予定。倍率が何十倍にもなるから受かるかは分からないけど……あ、見えて来たよ! あれが国立学園だよ」
(でっけえな! 合格者五十人ってことは数百人程度しか生徒はいないんだろ? そのくせめちゃくちゃでかいな!)
塀に囲まれた広大な敷地の中にこれまた巨大な建物が見える範囲で五棟建っている。建物自体はかなり老朽化して古めかしい感じであるが、とにかくその規模がすごい。昨日行った商業者ギルドもかなりの大きさだと思ったがそれよりも確実に大きい。
「生徒は数百人くらいしかいないのに何でこんなに大きいの?」
「国の学者の研究室や騎士団の演習場も入っているからかな? 学者や騎士が直接教えてくれるから学園のレベルはフレイス王国で一番って言われているんだ」
(本当にいろいろ学べそうだな! 俺は魔道具について勉強したいぞ!)
(僕はもう難しい理論は遠慮したいけどな……魔法だけでおなか一杯だよ)
「演習場とか見てみたいけど中も見学できるの?」
「多分学園の中には生徒じゃないと入れないんじゃないかな。騎士団が守衛をしているし、結構厳しいと思うんだ」
「そっか、残念……じゃあ次は商業区に行こうよ! 服とか買いたいし、それより家を探さないといけないや……洗礼式前でも家って借りられるのかな?」
「子供が家を借りる話は聞いたことがないから分からないけど……もし借りられなくても私の家で一緒に暮らせばいいよ!」
「さすがにそれはちょっと申し訳ないというか気を使うというか……とりあえず行ってみようか」
工業区にある学園は見るだけで終わり、商業区の不動産屋に向かった。
「いらっしゃいませ。今日はお二人ですか」
対応してくれたのは髪の毛を七三に分けたいかにも商売人といった感じの男性だった。格好はきちんとしているがどことなく胡散臭さを感じるのは気のせいだろうか……
「はい。二人です。住む家を探しているのですが紹介してくれませんか?」
「ああ、学生さんですかね! ご予算と希望地区、条件を教えていただいてもよろしいですか?」
(できれば工業区がいいな。できれば実験室も欲しいから広めの一軒家がいいぞ!)
(一応聞いてみるけどそんなのいくらするか分からないよ……)
「来年から学生になる予定で十一才なのですが大丈夫ですか? 工業区でそれなりに広い一軒家がいいのですが、賃料はどのくらいかかりますか? 工房として使えるスペースがあるとありがたいんですけど」
「ええ、お支払ができるのでしたら大丈夫ですよ。工房付きの賃貸物件は少ないので割高なのですが……その条件だと年に金貨20枚程度は必要かと思いますし、その条件ですとむしろ購入した方が良いと思いますよ」
「購入ですか……いくつか物件を見せてもらってもよろしいですか?」
「条件にあてはまるものだと……工業区の少し外れの方ですが、土地は五百平米ほどで二階建ての百平米ほどの建物があります。建物は築五十年程ですが石造りですので多少改築を行えば充分使用できると思います。お値段は金貨四百枚ですがご相談させてください」
「ちょっと高いですね……改築のことを考えると金貨三百五十枚程になりませんか? あと現地も見てみたいのですが」
「では早速見に参りましょう! 気に入っていただけましたら金額は金貨三百五十枚で結構ですよ」
(いきなり金貨五十枚も値下げできるのは怪しいな……死体でも埋まってるんじゃないのか?)
(怖いこと言わないでよ……たぶん大丈夫……だよ)
早速不動産屋の馬車で物件の場所まで向かった。物件の場所は学園から徒歩三十分程の距離で工業区の端の方であったが周りに建物は比較的少なく悪いところではなさそうだ。長い間放置されていたためか草木は伸び放題で建物も苔で外壁の色が変わっているが石造りのため作り事態はしっかりしているようだし、それなりに広い庭も付いているのも個人的には高評価だ。
「いかがですか? 一階に工房と食堂がありまして、二階が住居になっています。二階には四部屋ありますので職人の住込み部屋としても使用できますよ」
(意外にいいんじゃないのか? 外壁は魔法で掃除すればいいし、中は適当に改築すればいいだろうしな。まあ幽霊が出たり死体が埋まってなければだが)
「念のため聞きますけど幽霊が出たり死体が庭に埋まっていたりってことはないですよね?」
「さすがに死体も埋まっていませんよ。元貴族の所有していた工房だったのですが、一族郎党、住んでいた職人まで含めて全員処刑されてしまいましてあまりイメージがよくないものでなかなか買い手がつかないんですよ。もし幽霊が出ても良い魔法使いを紹介しますのでご安心を」
(幽霊が出る可能性があるのかよ……まあ…最悪除霊できるのなら問題はないか……)
「イメージが悪いだけなら……まあ……うーん……シエルはどう思う?」
「害がないならいいと思うけど……何かでても除霊を頼めばいいし、一応、除霊は治療魔法士の仕事だし、もしものときは私の先生を紹介するよ」
シエルの口ぶりから幽霊自体は普通に存在するらしい……僕もそんなに気にしないしシエルも気にしないならここに決めてしまっていいかもしれない。
「万が一のときも除霊できるならまあいいかな……でもそんなに買い手がつかないならもっと値下げしてくださいよ! 金貨三百枚なら買います!」
「分かりました。何年も売れ残っている物件ですのでその条件でお売りいたします。お支払いがすぐ可能でしたらまた事務所に戻って手続きを致しますがよろしいですか?」
「ええお願いします。お金をおろしたいので帰りに冒険者ギルドに寄ってください」
物件の権利証を書き換えて手続きが全部終わるころにはお昼を過ぎていた。
「付きあわせてごめんね。でもおかげでいい買い物ができたよ。もうお昼だしお礼にご飯でもおごるよ」
「チェイス君といろいろ行けて楽しかったから大丈夫だよ。じゃあ遠慮なくごちそうになっちゃおうかな」
(チェイス! あそこの甘味屋って店に入ろう! たまには甘いものが食いたい!)
「そこの甘味屋ってお店でいい? 久しぶりに甘いものが食べたくって」
「私は嬉しいけどあのお店とっても高いらしいよ……美味しいって評判だけど私もまだ行ったことないんだ」
今のところお金には余裕があるので値段のことは気にせずお店に入ることにした。店の中は確かに金持ちそうな客しかいないようだ。パンケーキがお勧めとのことなのでそれを二人分注文した。注文してほどなくパンケーキは運ばれてきた。
(ホットケーキのうえにクリームと果物が乗っているのか……これはうまそうだ!)
パンは甘くて柔らかく、上に乗っているクリームの甘さと果物の甘酸っぱさが合わさってとてもおいしい。一人分で大銅貨五枚の値段がするだけはある……
(砂糖も多めに使ってあるしこれだけ高いのもうなづける味だな)
(確かに美味しいけど僕は甘いものより魔獣肉の方が好きだな)
「こんなに甘いの初めて食べたよ。美味すぎてほっぺたが落ちちゃいそう」
シエルもパンケーキの味にお気に召したのかとても幸せそうな表情をしている。普段の表情もかわいいが、美味しそうに食べているシエルの顔はいつも以上にかわいい。
「シエルは本当に僕と結婚していいの? 突然だったから未だに信じられなくって」
「私は初めてチェイス君に会った時からカッコいいなって思っていたから……実は縁談の話が以前から来ていたみたいなんだけど、私はどうしても嫌だったし、チェイス君のことを好きになっちゃったからチェイス君とのことお父さんにお願いしてたんだ。結婚の話にまでなるとは思わなかったけど……なんか強引に婚約させちゃってごめんね」
(この女意外とやり手だな……将来尻に敷かれんように気を付けとけよ)
「シエルが嫌じゃないならよかったよ。僕も初めて見た時にシエルのこと好きになってたしね」
シエルは恥ずかしそうに笑った。とにかくシエルが嫌がっていないことを確認できてよかった。
食事を終えて店を出るときシエルが僕の手を握ってくれた。ちょっと恥ずかしかったが手をつないで街を歩くことにした。
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