第21話 冒険者の末路を知る僕

 結局オークニアの町は朝食を食べて冒険者ギルドで登録するだけで出ることになった。狩りの途中に町に戻るのは面倒なので魔獣百体を討伐するまでは野宿をするらしい。


 オークの森に戻る途中、行きは見ることのなかった冒険者が狩りをしている姿をところどころで見ることができた。皆若い冒険者で恐らく十二才になったばかりの者がほとんどであろう。狩っているのは鳥やウサギなどの小動物が中心のようだ。


「町の近くなのに動物が多いんですね。イースフィルに比べても動物が多いようですけど、それも魔力濃度が高いせいですか?」


「魔力濃度が高いと魔獣だけでなく動物や植物の生育も早くなるからな。しかし、あの子らのレベルでは小動物を狩るのも苦労しそうだな」


「あの狩りをしている子たちは冒険者ですかね? かなり装備が貧弱な気がしますが……」


 狩りをしている少年たちが持っている武器は長い木の棒がほとんどだ。何人かが弓を持っているだけで、金属製の武器を持っている者は一人もいない。


「多分農家かスラム街の子どもで冒険者見習いってところだろうな。金を貯めながら冒険者を目指しているのだろうが冒険者登録ができるようになるのには時間がかかりそうだな。毎年多くの若者が冒険者になり、そして死んでいくのは悲しいものだ。食えるだけの仕事が少ないから仕方ないと言えばそれまでだが、国としては大きな損失だな」


 ルアンナが狩りをする少年たちを遠い目で見ている。ルアンナなりに思うところがあるのだろう。


 町の近くには貧弱な装備の少年が多かったが、森に近づくにつれて剣や槍を装備した冒険者と思われる集団が増えていった。ほとんどが四、五人でパーティを組み行動しているようだ。


「どの冒険者もパーティを組んでいるようですけど、オーク狩りってそんなに難しいんですか?」


「オークはDランクの魔獣だし、普通の冒険者にとって、狩るのはかなり難しいだろうな。正面からぶつかればモーリスが一対一で勝てるかどうかってレベルだ。正直私も魔法が使えなければ相手をしたくない。あの冒険者たちも町の近くにいたガキどもに比べればまだマシなレベルだと思うがほとんどのやつがF級冒険者だと思うぞ。せいぜいリーダー格のやつがE級くらいだろう。レベルが高い魔獣を相手にするわけだからかなり危険だろうな」


(確かルアンナがD級だったよな。たいしたことないと思っていたが、意外にD級でもレベルが高いのかもな)


「C級やD級の冒険者ってどのくらいいるのですか?」


「一流の冒険者と言われるレベルでC級程度だからな……かなり数は少ないだろうな。C級だけで冒険者全体の一パーセント、D級まで入れても三パーセントもいないと思うぞ。さて、そろそろ魔獣が出てくる可能性があるから注意しろよ」


 森の手前で最終の打ち合わせをしているところに、三人組の男がこちらに近づいてきた。四十代手前くらいの年齢だろうか、三人とも汚れた毛皮を着て腰に剣を装備している。恐らく全く風呂に入っていないであろうし毛皮も全く洗っていないのだろう……数メートル程の距離があってもかなり臭ってくる。


「見ない顔だが新入りのようだな。俺はザボン、E級冒険者だ。この森は危険だから色々教えてやろうか?」


 話し方は丁寧だが、にやついた顔が気持ち悪い。にやけた口元から見える歯は虫歯だらけで黒ずんでいて、半分以上抜け落ちている。冒険者というよりは浮浪者といった方が正しいかもしれない。


「せっかくの誘いだが遠慮しておく。アル君さっさと行くぞ」


 ルアンナは三人を無視して歩き出した。


「まあ、待てよ。森の中で女子供が助けを呼んでもだれも来ないぞ。素直に一緒についてきた方がいいんじゃないか?」


 男の一人がルアンナの肩に手をかけようと手を伸ばした瞬間、ルアンナの左足が男のみぞおちを蹴りぬいた。


「汚い手で触るんじゃない。私は汚いじじいが何よりが嫌いなんだ」


(ルアンナの場合、じじいが嫌いというよりは子供好き……ショタコンなだけだと思うが……)


「てめぇ、やりやがったな! ただで帰れると思うなよ!」


 そう言って残った男二人は剣を抜いた。ルアンナに蹴られた男はピクリとも動かず倒れこんでいる。


「せっかくの機会だから近接戦闘がどんなものかしっかり見ておけ。あと、悪いがあいつらを触りたくないんで剣を貸してくれ」


 ルアンナに魔剣オクト・サンクティファイことオッ・サンの本体を手渡した。


(俺の本体であいつら切るのかよ……なんか気持ち悪いな……後でしっかり拭いておいてくれよ。てか、他の人に渡しても大丈夫なのか? )


(前ルアンナが触った時に何も起こらなかったし大丈夫じゃない? )


 僕らの心配は全く杞憂に終わりルアンナが剣を触ってもやはり何も起こらなかった。ルアンナは剣を左手で持ち、右手で柄を持った。僕が視認できたのはここまでだった。


 ルアンナが動き出したと思った瞬間には、ルアンナは男二人の後ろに立っていた。男の一人は肩から脇腹にかけて切られたようで真っ二つになり、崩れるように倒れこんだ


「思った以上に良い剣だな。これはアル君に持たせておくのがもったいないぞ……さて、あと一人か」


 最後の一人は必至で謝ろうとしていたようだが、謝る前に頭と体が分かれてしまい、首から大量の血を噴き出しながら倒れた。今度もルアンナが何をしたのか全く分からなかった。


「さすが魔剣だな。ミスリルの剣など比にならん程使いやすい。アル君、これ売ってくれないか? 金貨百枚は出すぞ」


 人を二人殺したばかりだというのにルアンナはいつもどおりだ。二人もの人生が終わってしまった……そう考えると、読んでいた物語が不幸な結末を迎えてしまったような何とも言えない喪失感を感じてしまう。


(さすが、俺の本体! とんでもない力を持っているようだ。アルには宝の持ち腐れだが、剣が無くなると俺がどうなるか分からんから売らないでくれよ? )


「母の形見らしいのでいくら金を積まれてもちょっと……」


 まだ気持ちは落ち着かないがどうにか言葉は絞り出せた。


「そうか、残念だが仕方ない。しかし、アル君は人が死ぬのを見るのは初めてか? 動揺しすぎだぞ。そのうち嫌でも殺さないといけないときが来るんだから早いうちに慣れておけよ」


「動揺したというかなんというか……多分もう大丈夫です。魔獣は何度も殺したことがありますのでそれと同じと思えば……」


「無理はするなよ。しかし、ゴブリンの死体を煮て料理するほど太々しいアル君がこんなにも動揺するとはな。なんでもないときに人の死を見せられてよかったかもしれん。とりあえず剣は返すぞ」


 ルアンナは剣についた血を布で拭って返してくれた。


(人が死ぬことも殺すことも何度も繰り返せばそのうち慣れてしまう。多分アルも二、三人も殺せば何も感じなくなるだろう。今アルが感じている気持ちは今だけのものだ。それは決して忘れるんじゃないぞ)


 なんかオッ・サンがカッコいいことを言っている気がするが、今の気持ちを忘れることは僕には想像ができず、オッ・サンの言っていることを今の僕では理解することができなかった。 

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