第18話 はじめての冒険に出かける僕

「起きろ! 出発するぞ」


 寝ぼけまなこに目をこすりながら起き上がるとルアンナがベッドの前に立っていた。


「まだ日も昇ってませんけど……どこに行くんですか?」


「もう教えられる魔法はないと昨日言っただろ。あとは実践訓練あるのみだし、魔獣狩りに出かけるんだ」


「まだ何も準備できていませんけど……着替えとか食料とか……」


「そんなものはいらん。必要なものは町で買ってから行くから心配するな」


 結局着替えだけ済ませて家を出ることになった。持ってきたのは剣と杖だけだ。


 まだ誰も起きていなかったので、一応テーブルのうえに書置きを残してきた。ルアンナのことだからどうせ誰にも伝えていないだろう。




 ルアンナは既に外に出ているようなので追いかけて玄関を出たところで思わず身構えた。


 見たこともない巨大な魔獣が玄関前にたたずんでいたのだ。以前倒した熊の魔獣よりさらに大きく、緑の巨大な体は五メートルはあるだろうか、丸まっている尾が伸びれば十メートルはくだらないだろう。


 背中には広げればどれくらいなるか想像もつかないほどの大きな羽が生えている。それはまるでこの地の王者のような風格でそこにたたずんでいた。


 なぜこれほどの魔獣がいることに気が付かなかったのか、そいつを見た瞬間僕は一瞬固まってしまったがすぐに臨戦態勢を取った。一瞬で心臓が高鳴り大きな鼓動を上げるのを感じる。


「待て待て待て、私のペットに攻撃するんじゃない!」


 それに向け魔法を放とうとしていた僕をルアンナが止める。ルアンナの言葉に僕は正気を取り戻した。


「ペット? ペットですか? どうみてもドラゴンにしか見えないのですが……ペット?」


 確かによく見ると首から背中にかけて手綱がついている。


「ドラゴンがペットでもいいだろ。中型のドレイク種、グリーンドレイクドラゴンだ。しつけはきちんとしてあるから安心して乗れるぞ」


「乗ると聞こえましたが……ドラゴンに乗るんですか?」


「遠くまで出かける予定だからな。徒歩や馬では時間がかかりすぎる。とりあえずさっさと出発するぞ。ドラゴンが飛んでいるのを見られるといろいろと面倒だから暗いうちに目的地に向かうぞ」


(これがドラゴンか……カッコいいな……しかしこの世界の名前は単純でカッコよさを感じんぞ……緑色のドレイク種のドラゴンだからグリーンドレイクドラゴンか……)


(分かりやすくていいと思うけどね。グリーンドレイクドラゴン、カッコいい名前だと思うけどな)


(そもそもドレイクもドラゴンという意味だからドラゴンドラゴンって言ってるのと変わらんと思うが……) 


 細かいところはどうでも良いと思うのだが……オッ・サンはこだわりが強すぎると思う。


「早く乗れ! ぐずぐずしていたら夜明けまでに到着せんぞ」


 ドラゴンに近づくとルアンナが抱えて背中に乗せてくれ、そのままルアンナは僕を抱え込むようにドラゴンの背中に座り手綱を握りこむと僕たちを包み込むように魔障壁を展開した。


「さあ、出発だ。南に向かって飛んでくれ」


 ドラゴンはルアンナの言葉を理解しているのか、大きな羽をはばたかせ飛び上がった。まだ夜明け前の空をほとんど音もたてずにすさまじい速度で飛んでいく。後ろを振り返った時には屋敷は全く見えなかった。


(なんでこの巨体が浮くんだ!? てか速すぎるだろ!! ありえんくらいの速度が出ているぞ! それなのになんで飛行音がこんなに静かなんだ!? )


(羽もほとんど動いていないし、魔法で飛んでるんじゃないの? )


(それが簡単にできれば苦労せんわ。謎すぎるが一考の価値はあるな)


 それだけ言うとオッ・サンは黙りこんでしまった。ドラゴンの飛行理論を頭の中で考えているのだろう。


 オッ・サンの言うとおり魔法で空を飛ぶのは非常に難しい。


 物を浮かせるのはさほど難しくはないのだが、人間が浮かぶのはかなり難しい。浮くためには体に運動エネルギーを与え続けなければいけないが調整が難しいうえにかなり痛い。足の裏に運動エネルギーを与えて高く飛び上がることは可能だが、運動エネルギーを調整して浮いたままでいることは不可能と言ってもいいくらい難しいのだ。


 それにしてもドラゴンの飛行スピードは驚異的だ。オッ・サンと話しているうちにもどんどん景色が移り変わっていく。前方に町の明かりが見えたと思えば一瞬で通り過ぎてしまう。一体どれほどのスピードが出ているのか考えるのも恐ろしい。ただ、移動による揺れはほとんどなく、ルアンナが張った魔障壁のおかげで風が体にあたることもなく、寒くもないため、馬車による移動よりはるかに快適だ。




 一時間ほど飛んだところで森に降り立った。まだ周囲は暗く森の全貌は分からないがかなり深い森に感じる。


(イースフィルとは空気中の魔力濃度が段違いだな。魔獣っぽい反応もそこら中にあるぞ)


「ここが魔の森ですか?」


「いや、違う。ここはノストルダム侯爵領にある通称オークの森だ。大量のオークが取れるため、エイジア王国の肉倉庫とも呼ばれるが、わりかしどこにでもある普通の森だ。世界樹の根が森の中にあるから魔力濃度はかなり高いがな」


 ちなみにイースフィル領もノストルダム侯爵領内にあるのでそれほど遠くには行っていないようだ。


(周りにあるのはオークの反応か? 本当にあちこちに反応があるぞ。オークもうまそうだな……)


 オッ・サンは僕の誕生日に食べた魔獣の味が忘れられないのか、オークを食べたくてたまらないらしい。


 ちなみに世界樹とは魔の森の中心部に立つ巨木のことだ。ルアンナの話では、はるか雲の上まで伸びているらしい。


 世界樹は魔力を作り出すことができる木であり、休むことなく大量の魔力を放出し続けている。そのため世界樹の周囲は大量の魔力に満ち溢れており、魔の森と呼ばれる未開拓の森が広がっている。


 魔の森の魔力濃度は世界で最も高い場所であり、当然多くの魔獣が生息している。ドラゴンにデモン、ユニコーンにフェニックスなど物語でしか聞いたことがないような魔獣も生息しているらしい。魔力濃度の高い土地は農作物が育てやすいために各国が競って開拓を試みているが魔の森を開拓できた国は歴史上まだ存在しない。


「世界樹の根というのは初めて聞きましたけど?」


「世界樹のことは教えただろ? 世界樹は世界中に根を伸ばしていてな、大抵は地中深くにあるため、細い根はさほどの影響は与えないが、たまに地表に根が出ているところがあるんだ。当然その周辺は魔力濃度が高くなっている。ここもその一つだ。あとは歩きながら話すぞ。朝めしの時間までにはオークニアの町に着きたいからな」


「オークは狩らないんですか?」


「狩るのは後でだ。狩ったところで町まで運ぶのが大変だから、運び屋を雇ったりそれなりの準備が必要になる。それに狩りは冒険者登録をした後の方が都合がいい」


(冒険者登録だと!? 男の子が燃える展開ナンバーワンじゃねえか! 魔獣討伐に宝探し、盗賊退治もいいし、貴族の護衛で知り合ったお姫様と恋に落ちるって展開も悪くない……夢が膨らむじゃねえか)


(冒険者もいいけど僕は魔法騎士団に入りたいな。ウィリアムみたいに銀色のマントに黒いローブを着て敵の騎士団と戦うのもカッコよくない? )


 ルアンナを紹介してくれた魔法騎士団副団長のウィリアムの銀のマントがカッコよすぎて一目で憧れてしまったのだ。なんでも団長が金色、副団長が銀色、その他の魔法騎士が青のマントを羽織るらしい。


(確かに魔法騎士団も捨てがたいな……ここは人生経験豊富なルアンナに聞いてみよう)


「先生は冒険者と魔法騎士団どちらになるのが良いと思います?」


「なれるのであればどう考えても魔法騎士団だろ。冒険者など誰でもなれる最底辺の職業だぞ。なぜか男の子は冒険者にあこがれるようだが……」


「冒険者になって世界中を旅するのってかっこいいじゃないですか。『ユグドラシルの勇者』みたいに世界を救う冒険者もカッコいいですし憧れますよ」


「あー、男の子が冒険者に憧れるのは『ユグドラシルの勇者』が原因か……事実はそんなに良い話ではないんだがな……まあいい、とにかくその二つなら魔法騎士団にしておけ。冒険者などいつでもなれる」


 ルアンナは冒険者にあまり良いイメージを持っていないのか冒険者になることには反対のようだ。クロエもリリーも冒険者に良いイメージは持っていないようであったし、女性受けはあまりよくないのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る